失われた大陸 〈3〉

 三分の二まで地図が埋まるころ、まだ崩壊しきっていない建物があるのを発見した。

「あそこで休憩しよう」

 リクルの提案に二人は頷いた。

「もうヘトヘトだよ~」

「そこにマモノがいるぞ」

 真剣そうな顔つきでベラミが言う。フィーリアは肩をビクッと飛び跳ねた。きょろきょろと周りを見渡し、大きく息を吐いた。

「冗談はやめてくださいよ!」

 ベラミに訴える。ベラミがにっと少し口元が笑う。

「まだ元気があるじゃないか」

「ちぇー」

 まるで遠足気分だ。ここがマモノの巣窟でなければピクニック気分でいたであろう。


 建物に近づいてみると、そこはかつて集合住宅の跡地のようだ。一部壊れている程度で、大丈夫そうに見えるが、柱が崩れてしまっている箇所がいくつかがあり、上の階に上るのは危険すぎる。

 周囲を探索しつつ、安全そうな場所を探す。

 集合住宅地を抜けると、小さな建物が一件だけ建てられていた。

 半壊はしていたものの、柱は無事なようで、少し休憩程度なら、大丈夫そうだ。

 石に腰かけるリクル、壊れた木の椅子を背もたれに使うシンジ、カバンから椅子を取り出して座るフィーリア、立ちっぱなしのベラミの四人がそろった。

「座らなくていいの?」

「ああ、すぐに動くためにも座るのは任務終了後だ。それにしても、椅子を持参してくるとは、フィーリア、ある意味で尊敬するぞ」

「ある意味ってどういういう意味よ!」

「さあてね、リクル、進捗を頼む」

 お、おおうとあいまいな返事で答え、今まで探索してきた結果を出し合った。

「地図を広げてくれ、フィーリア」

 地図を広げる。中央部分以外はほぼ埋まった状態になった。まだ見切れていないところがあるが、そこは崩落してあったり、穴があったり、崩れていたりとマーキングで書き込める範囲でも限界だったため、埋めることができなかった部分だ。

「大体は、埋まりましたね」

「あとは中央だな」

 中央だけぽっかりと開いている。そこは空洞があったところだ。

 大きなマモノが潜んでいるかもしれない。

 大きなマモノでは太刀打ちなんてこのメンツじゃ無理だ。シンジに至っては戦うことすらできないから。

「ベラミはどう思う?」

「俺の意見では探索はしない方がいい。ただ、転移のスクロールで島の端っこにマーキングしておけば、もし何かあってもすぐに脱出が可能だ」

 転移のスクロールとは、転移の魔法をスクロールと呼ばれる巻物に書かれたものだ。スクロールを開けば、魔法を唱えたと同じ意味で発動する。仕掛けは単純だが、魔法を唱える(以下、呪文)とは違い、使用者の魔力に関係なく規模は固定されているという点だ。

 用意した転移のスクロールは各一人ずつ持っている。単独用に作らせたものだ。一人しか使えないため、周りを巻き込んで移動することができない。呪文と違って、範囲を指定することができないという欠点を持つ。

 ベラミの作戦では転移スクロールをあらかじめ転移先を決め、危なくなったらこれで脱出しようという案だった。

「いい考えだ。作戦に練り込もう。フィーリアはどう思う?」

 フィーリアに振る。

 フィーリアは考えつつ、指を口元に当て、地図を見つめる。

 地図を指でなぞるかのように線を描き、「私の案はこうです」と説明した。

「私が持ってきた結界杖を使います。結界杖は結界となる軸を刺す事で、発動する大魔法です。結界と同じように作用し、もしマモノが現れても防ぐことができるはずです」

 つまり、逃げる前提でマモノを足止めすることができるという一種の罠。

 結界杖は、結界と同じで、軸となる(マーキング)をつけることで、そこを角の中心と捉え、他の結界杖をつなぎ合わせるようにして初めて、結界として作動する。

 本来は、複合術(複数重ねた魔法のこと)で作られる結界装置。

 科学はこの複合術をマネて結界杖やマーキング、術者の代わりに機械を使って結界を張るという。

 たしかに、この結界杖を使えば、マモノを足止めすることができる。

「なるほど、逃げる前提の話だよねこれ」

「そうです。それに、捕らえることだって可能です」

「…いい考えだ、この作戦も練り入れておこう」

「リクルはどう思いますか? 人に訊いていないで、答えてくださいよ」

 振られた。確かに最後になった。

 仲間に作戦をゆだねてばかりではリーダーが務まらない(強制だったが)。

「私の作戦はあまりにも確率は低く、あてずっぽすぎるものです」

 改めて言い直す。

「勝率は低いですが、確実にマモノを足止めし、確実に仕留めることができます。死ぬ可能性の方が高いので、あまりお勧めはできないのですが、それでも聞きますか?」

 二人は沈黙したが、ベラミが「聞かせてくれ」と答え、フィーリアが「仲間ですから、ぜひ」と答えたので、リクルは話した。

「位能力スキルを複合するのです」

「複合!? 魔法ならともかく、位能力スキルで複合なんて聞いたことがないぞ!」

 武装渡り鳥に所属していたベラミからありえない言葉が出た。

 なぜなら、位能力スキルを複合…合体する技術はすでに存在している。古い時代から使われている技術であり、他者と位能力スキルを組み合わせる技術として、危険と隣り合わせだが威力は絶大だと先生が教えてくれたことがある。

 ベラミが所属していた武装渡り鳥なら少なくてもその話を聞いたことがあるはずだと思って、放したのだが、予想外なことが起きた。

「そんなことは可能なんですか? そもそも位能力スキルは、他人に同じ位能力スキルを使うことはできない。使用者が死ななければ別の人が引き継ぐことができないと聞いたことがあります」

 それを、他者と一緒に扱うとは、信じられないという衝撃波(想像の)を生んだ。

 位能力スキルの複合などバカげていると。

「可能だ」

 リクルはできると判断を下した。

 数か月という短い期間だが、二人とも能力を鍛えているし、何度か使っている。仲間が使っているところを何度も見ているはずだ。

 癖も知っている。タイミングも知っている。発動時に隙ができることも知っている。

 そのうえで、複合という技術を使えば、見たことがない奇跡が起きるかもしれないと判断して、話しを進めた。

「複合技術は古の時代から存在している。現に、その記録も図書館へ行けばあるし、読める」

「でも、成功するかどうか怪しげなんでしょ」

「たしかに、でもお互い数か月間だけど、癖やタイミングといったところは気づいているはずだ。だから、あえて三人で組み合わせた技を使ってみたいんだ」

 ベラミが細目で睨んだ。

「単純に、やってみたいだけでしょ」

 無言でうなずく。

「バカか!? こんなところでやる意味ないだろう!」

「でも、やってみたいじゃないか! ただ探索しただけの成果じゃ、報酬は少ないはずだよ。ここは結束して複合技術を生み出しましたという未来へ前進する報告を出したいんだよ!」

「知るか!」

 ベラミが怒って、外へ出て行く。

「…後をついていきます」

 心配したフィーリアがベラミの後を追いかけた。


 静けさに包まれたなか、ベラミが壁にもたれ、空を見上げた。

 空の色は紫色。月の光はない。今の時刻は、とっくに夜のはず。それが、こんなにも紫色に染まった空を見つめるというのはここは、自分が知る世界ではないと悟った。

「…ここにいたのですね」

 心配して後を追ってきたフィーリアが駆け寄った。

「なにしにきた」

「心配したからです」

「俺なら大丈夫だ。シンジたちを見ていればいい」

 大丈夫…そんな言葉がどこから出てくるのだろうか。ここはマモノがいつどこから襲ってきてもおかしくない場所だ。仲間から離れて一人で行動するなんて命を投げ捨てるようなものだ。

「…だからって放っておけません!」

 大きくため息を吐いた。ベラミはカバンから菓子パンをとり、半分に折ってフィーリアに投げた。

 フィーリアはキャッチし、それを見た。

「これはなんですか?」

「菓子パンだ。安く手に入る非常食だ。俺が好きな食べ物のひとつだよ」

 見た目はクッキーのような形をしている。割ってみると粉のように落ちる。口に入れるとかすかな甘みと優しい舌ざわりが伝わってくる。

「どうして、これを…」

「なんとなくだ」

 少し照れながら視線をフィーリアから遠ざけた。

「…あいつ、どう思う」

 あいつとはシンジのことだろうか。

「今のところ、何も語らないのでさっぱりです」

「そうじゃない。リクルの方だ。あいつ、無茶なことばっかり言いやがって。恵まれた位能力(スキル)だからといって調子こいている。俺はあいつが嫌いだ。俺が昔、死なせてしまった友に似ている。むちゃくちゃなことばかり言って、突っ込んで死んだアイツにそっくりだ…」

 過去を語るかのようにベラミが辛く苦しそうに言い放った。ベラミが語る昔の友――リクルと似ている。リクルがリーダーに進めたのはベラミだ。過去の友と重ねているのだろうか、前にいたチームではリーダーだったなのに。それを自分がやらず、見知らぬ人リクルに託すなんて、よっぽど訳がありそうだ。

「その話、聞かせていただけませんか?」

「長くなるが」

 話しをしてくれるようだ。

 フィーリアはお願いといい、ベラミが静かに語り始めた。

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