脱走者

 新チームが結成してから一か月、フィーリアは位能力(スキル)を上層部に目がとまり、武装渡り鳥へと配備された。武装渡り鳥になれば、ある程度の武器や防具が武装科学研究所から支給され、装備することができるようになる。


 危険なものからそうでないものまでと様々だが、一か月の前の一件以来、対策が強化され、マモノの脅威を改めて自覚したことによって、一般渡り鳥にまで武装するようになった。

 渡り鳥隊にすべてに武装――戦争に赴くような姿で飛行する日が増えだしていた。


 野良だけは、武装という項目はなく、知らされることはなく、フィーリアから報告を受けるまで知る由なかった。


 さて、リクルは今日、野良としての仕事を単独で任されていた。

 チームで行動することが目的で結成されたのだが、仕事の内容上、機密事項に係わることのため、仲間を同席することができないとのことだった。

 仕方がない、フィーリアたちは留守番してもらい、リクルひとり、機密事項の仕事へと向かった。


 F225に到着するなり、二人の渡り鳥を見かけた。二人とも野良で正式に面識したことは一切なかった。

「……」

 二人とも無言。野良だけあって他人同士。話しかけることもなく、ただ仕事以外関心がない様子だった。

「どうやら集まったようだね」

 髭を生やした早老の男がやってきた。ゆりかごに乗せられ、武装渡り鳥が三人のチームで渡ってきていた。

「今から、君たちに依頼したいことがある。それは、”脱走者”の捕獲を命じる」

 脱走者。その言葉を聞いて、緊張が走った。

「つい昨日だ、元渡り鳥で殺人、強盗の罪で牢獄に入れられていた。死刑が確定しており数カ月後には執行する予定だったが、どういうわけか脱走してしまった。脱走した原因は”位能力スキルが関係している。そいつはそれを使って脱出したようだ。位能力については、牢獄では決して使えないように魔力を暴走する装置を使って、封じていたのだが、どういうわけか効かなかったようだ。結果、F区域からB区域へと逃亡したのを渡り鳥から発見され、報告を受けておる。他の渡り鳥に見つかる前に的確に捕獲してきてほしい。もし、逃げ出そうとしたりさらなる犠牲者が出た場合、殺しても構わん。以上だ」


 早老の男はそう説明を終えるなり、ゆりかごに乗った。

「健闘を祈る」

 そう言って飛びだってしまった。

 残された野良三人。B区域にいることしか知らされていない。姿かたち、翼の色、スキルについての情報は一切なく、困惑していた。

 そこに、先ほど早老の男の付き人がやってきた。武装渡り鳥の男だった。

 無言で手渡された資料には、逃走した人物の素性と履歴が書かれていた。

「ちょっと待ってください」

 立ち去る男に向かってリクルは呼び止めた。「逃走者の毛髪か服かないでしょうか?」と、伺うと男は胸ポケットから逃走者の毛髪が入った袋を取り出し、無言で配った。

 そして、早老の男を追うようにして、飛び立った。


 残されたリクルたちは、それぞれ逃走者を探しに飛び立った。

 最後、残れたリクルは毛髪を見つめながら、静かにため息を吐いた。

「面倒やな」


 リクルは位能力スキルを発動した。誰もいないことを確認のうえ、ビニールから毛髪を取り出し、毛髪に息を吹きかける。

 〈断片記憶(オモイデノキオク)〉。

 持ち主の念を感じ取り、位置を把握する能力。普段は、宛名がない手紙や荷物を配達する際に使用している。名前の記入がなくてもこれで場所を割り出すことができるからだ。

 他に、取り逃がしたマモノの位置を把握することもできるなど、いろいろと応用ができる。


 〈断片記憶(オモイデノキオク)〉から割り出された先には報告があったB区域ではなくI区域だった。まるっきり別の方角だ。

 二人はBへ向かっていったが、位能力のこともある。

 きっと戻ってくるか鉢合わせになるかもしれない。

 二人と面識をあまり得たくないリクルは、Iへさっさと飛び立った。

 いつもならゆりかごという乗り物を引っ張っていくのだが、今回は配達を仕事したものではない。捕獲だ。転移魔法を示した巻物スクロールで相手に直接叩き込めば、印を書き込み、そのまま転移先へ自動的に送ることができる。

 三枚ほど所持し、たとえ失敗しても殺しても構わないという上からの指示なので、そのつもりでいる。


 空を渡ってI区域に近づく。

 途中、マモノと遭遇したが、新しく手に入れたミスリル弾薬や大太刀で位能力を使わずあっさりと済むようになった。仕事がはかどるようになり嬉しい気分だった。


『ザ……ザザ……ザ…』

 砂嵐混じったような音声が無線から流れる。

 その音の先はI区域からだ。この辺一帯は、マモノの出現規模は少ないうえ、航路から離れているため一般渡り鳥が通ることは滅多にない。

 それと、この近くに大陸がある。

 かつてマモノの侵略と科学技術を生み出した死の毒によって、大陸から人が消えたとされる島がある場所だ。つまり、廃墟しかないこの場所は通称、禁断の大陸と言われているところだ。

「こんなところまで、だれが来るのだろうか…」

 無線をつなげるが、応答はない。

「二人来ているかと思ったけど、誰も来ていないなぁー」

 風を切る音がするだけで周りは何もない。

 桃色に染まった空がどこまでも続いているだけ。


「長くいると、死の毒を吸い込んでしまう。早いところ、捜索しよう」

 毛根に再び息を吹きかけ、〈断片記憶(オモイデノキオク)〉で居場所を探る。

 すると、すぐ近くで反応があった。すぐ目の前にいる。

「な、んだと!?」

 目の前には桃色の空が広がっているだけ。だけど、わずかながら息遣いが聞こえる。

(〈空間停止(ゼロタイム)〉!)

 時間を止め、大太刀を抜き、目の前に振るう。

 すると感触があった。肉を切るような感触だ。だが、奥へは進まない。おそらくなにかしらのスキルでガードしている。

 一旦時間を解除し、瞬時に離れる。

 すると、「いてぇ!」と悲鳴をあげながら姿を現す一人の男。


「あ~れまー♪ どうしてわかったんですかね?」

 低く声が聞き取りずらい。

「でも、俺の位置が分かっても正確な場所まではわかりますかね? 久しぶりの客人です」

 男が何かを話しているが、耳が拒絶反応を起こす。この男の声はとても耳障りで、聞こうと思えば、船に酔ったような気持ち悪くなる。吐き気がするレベルだ。

「さてさて、どうやら、俺の声に痺れてしまっているようですね。いったん失礼します…」

 姿が消えた。

 一瞬で見えなくなった。

(どこだ!)

 周りを見渡すが、姿かたち見当たらない。

 これが、敵の位能力スキル。

 おそらく、透明化か転移系のスキル。羽ばたく音でさえ悟らないほど敵の移動能力は高い。音を拾いたくても、敵の声はひどく醜い。聞くことはできない。

 それに、誰もいない場所で殺人犯を捉えるという危険な任務(ミッション)。上層部が野良を使った理由がよくわかる。

 野良なら、後始末が簡単だからだ。

(面倒やな。姿を消す能力者。たとえ捕獲してもスクロール使わず逃げられてしまう恐れもあるうえ、透明になるということは、あちらにとってこちらの策略はお見通しということだ)


 銃をカバンにしまい、大太刀のみ片手で握る。片方を素にすることで対応がいくらか組めることができるからだ。〈断片記憶(オモイデノキオク)〉を使おうにも、相手に証拠である毛髪自体を打ち消されてしまったら、お手上げになってしまう。

 使いたくはなかったが、仕方がない。

 〈断片記憶(オモイデノキオク)〉で、位置を把握したうえで、スクロールを一枚取り出し、そして構える。スクロールの裏から手を当て、ある場所に向かって打ち出す。

 ベルミの位能力〈一閃斬撃(ヒトツメノキリ)〉とフィーリアの位能力〈百発百中(ノーターゲット)〉を組み合わせた協力能力。

 すなわち「〈確定斬撃(ノガレラレナイ)〉!」

 決まったと言わんばかりに声を出す。斬撃は緑色に発し、そして敵に向かって直撃した。

「ぐわわぁあああ!!」

 イマイチ聞き取れないが、悲鳴をあげているのだろう。

 透明化の能力が切れるなり、正体を露にした。

 それは、体全体を鞭のようなものでたたかれ肌は赤く染まり、服を着ていたと思われた部分は人の皮膚で作られたものだった。

 思わず吐き気がするが、食い止め、奴の背中にスクロールをはめ、転移先へ送ろうとした矢先、音が睨み、生きを返すかのようにリクルの大太刀を奪い取り、左肩を突き刺した。

「お前も同罪だ!」

「クソ野郎!!」

 スクロールに手を当て、すぐに転送先へと送った。光の粒子に包まれ、男はいなくなった。あたりは静まり、再び風が切る音だけが流れ始めた。


 帰る途中、気になることが頭に横切った。

 ”連続殺人”、”強盗”といった罪に刑務所に送られていた人物がどういう経緯で脱走したのか不明のままだ。本人の口からはきくに堪えないほどの声。なにかしらの装置がはめ込まれているのかそれとも誰かによって声帯を破壊されているのか。

 それに、相手のスキルは透明化だった。だけど、腑に落ちない。透明だったらそのまま透明でいれば、逃げることも隠れて殺すこともできたはずが、奴はそんなことはしなかった。

 転送してしまったし、事実を聞くことはできない。でも、この脱走事件は簡単な終わり方ではないはずだ。リクルは帰宅途中、この犯人についての情報がないかを調べたが、名前と経歴以外の情報は一切得られなかった。


「過去の履歴から、殺人は2件起こしている。」

 資料を見比べながらネットで彼の詳細を洗い出す。

「殺人犯。死刑囚。〈カリスマ〉。年齢26歳。殺人は12才のとき、2歳下の近所の少年の身体をバラバラにし、マモノの餌として証拠隠滅。口頭で発覚。次の殺人は25歳。渡り鳥の二人の隊員を殺害。スキルによる殺害で近くで警備していた武装渡り鳥によって包囲され、逮捕された。

 彼――カリスマは、死体をマモノの供物として捧げるなどカリスマ性を披露していたことから、自称カリスマと名乗ったことからこう呼ばれるようになった。本名は不明。孤児院の出身。両親はマモノによって幼いころに失っている。

 渡り鳥に両親を見殺しにされたことで渡り鳥に恨みを抱いていた様子。

 捕まった後の詳細は極秘として、その後、ニュースで報道されたことはなかった――と」

 殺人歴があるにしては、詳細が少ない。それに、渡り鳥に対して恨みがあるとはいえ、リクルに殺意があってもおかしくはなかったはずだが、カリスマは楽しんでいた。ただ、捕まえてごらんと言わんばかりに挑発する鬼ごっこのようだった。

「極秘…上層部でなにかうごめいているような気がする」

 ネットを切り、早々立ち上がり、リクルは帰宅した。


 任務は終了し、我が家に戻ったリクルに、痛みが発した。鎮痛剤を投与していたが、効果が切れてきたようだ。薬も在庫切れだ。

 すぐに医者に診てもらい、検査したところ「痣のようなだ。痛みが続くのなら、痛み止めを出しておこう」と薬をもらい、その日は帰った。

 刺された箇所は痣だけになっていた。痛みはまだ続くが眠りを妨げるほどの痛みはない。だからといって心地よいわけでもない。

 痣のことは、明日、ベラミたちに聞いてみようと眠った。

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