気笛の音 〈後半〉
下降してきた。一直線にリクルに向かって突進してきた。
”停止空間(ゼロタイム)”を発動した。
自身を含めた一定範囲内の時間を停止する能力。時間を通常に戻すとき、その場に戻らなければ、ダメージを負うリスクがある能力。
これを使って、巨人の攻撃を払いのける。
ザシュっと一撃を切り捨てる。大きな剣で腕を切り落とすのだが、剣の耐久力が巨人よりも下回り、砕けてしまう。
(やはり、上物でなければ…ダメか)
安物の市場で買った剣。職人が作ったものじゃないから柔だ。マモノ相手ならと使っていたが、これほどの巨大で最悪なマモノと戦う羽目となると思えば、少しでも奮発して高いものを買えばよかったと後悔する。
いまさら、遅い。
目標を変え、リクルは拳銃で巨人の眼に向かって発砲した。
銃声の音は時間停止のため鳴り響かない。
が、これも眼には効かない。むしろ鋼鉄よりも硬質なものだろうか、弾丸が弾かれた。大まかな生物であれば、目玉は脆く、狙いやすいうえ、敵の行動を一時的に動きが鈍くなる。また、相手の視界を奪うこともできるが、なにひとつ手ごたえがなくなってしまった。
元の位置に戻り、時間を解除する。
巨人の腕が降ってくる。正確には振り下ろした。
武器じゃ通じない。
どうしようもない。
っあ、終わったな――そう確信したとき、フィーリアが弓を構え、矢を力強く放った。
「フィーリア!」
無駄だと思った。だが、巨人の眼に命中した。
巨人が慌てて目に腕を戻す。銃弾でも効かなかった巨人の瞳を打ち抜いた。
「きみも、能力者なのか…?」
「名手フィーリアと名乗りましたよね、そうです。位能力スキル〈百発百中(ノーターゲット)〉。狙ったところは外さない能力」
狙ったところは外さない。
矢が通じて、弾丸が通じなかった原因は謎だが、死を覚悟していたが、フィーリアのおかげで助かった。
「こちら、リクル・オリヴァ。マモノ2匹出現。抗戦中。一匹はクジラのような姿をした大きなマモノ。豪華客船の汽笛ほどの音を上げて旋回中。もう一匹は巨人。半魚人の姿をしている。どちらも狂暴かつ、航路に確実に問題が起きる。すでに数人の犠牲者が発生。武装渡り鳥のバーンが死亡しているのを確認。他の犠牲者は不明。」
『了解。こちら武装渡り鳥。応援に向かっています。二チームで移動中。あと数キロ程度なので、足止めをお願いします』
「了解です」
無線を切り、フィーリアに顔を向けた。
「相手の動きを封じれますか?」
「そのつもりです。矢の数が足りるかどうかわかりませんが、あと八本ならあります。すべてミスリル製の矢です」
ミスリルの矢。そうか、だから通じたのか。
リクルが銃に込められている弾薬は鉛だ。安価で購入ができ、世界中に流通している。渡り鳥でも広く使われている弾薬だ。
ミスリル製の弾薬は手に入りにくい。矢を作るよりもコストが高く、一発ミスだけで家を買うだけのお金をドブに捨てているようなものだ。
強敵と戦わない限り使う機会がないと思っていたが、そうか、ミスリルなら効くのか、お客(フィーリア)を通じて、ミスリル製を利用する価値は向上した。
「フィーリア、巨人だけでも足止めする。クジラの方は私がやる」
「どうやってですか? 私には自由を駆け巡る翼もありません」
「私が引く。接近戦の剣は折れてしまった。地道に銃と弓矢で排除するしか他がない」
物資が少なすぎる。
前もって、準備しておけばよかった。
森の民エルフを運ぶだけの仕事だと思っていたから、おおよその武器を置いてきていたのが仇になった。
巨人の周りをまわりながら、弱点を探しつつ銃弾を撃つ。玉の数はまだたくさんあるが、矢の数は少ない。応援が駆け付けるまで、弱点をあぶりだすしかない。
そうこうしているうちに、応援部隊が駆け付けてきた。
「もう大丈夫だ。仲間の仇! 全員抜刀!」
美青年が名乗りながら次々と武器を抜いていく。
「オル抜刀!」
「セガ抜刀!」
「ニール抜刀!」
「ブレイン抜刀!」
「リュカ抜刀!」
「カイ抜刀!」
「ベルミ抜刀!」
黒い翼をもつ武装渡り鳥。彼らの力がどのくらいのものかお手並み拝見です。
「いくぞー!」
オルが真っ先に剣を振るいに行った。続きて、セガ、ニールと後を追う。
クジラが彼らに目をつけ向かった。
「あの人たちならきっと…」
「だめだ、勝てない」
リクルはわかっていた。あの戦い方では無駄死にするだけだ。
「うわー!」
「たすけてー!」
オルの両腕が吹っ飛び、後ろにいたセガにぶつかり、態勢を崩し、墜落を開始した。
ニールが仲間を無視して突っ込むがクジラが大きな口を開け、丸呑みされてしまった。
「ニール!」
黒髪に黒い瞳をもつ軍服の女性が叫んだ。
あたふたしていたセガとオルがニールと一緒に食われたのだ。
「全員、遠距離攻撃に変更。仲間を救出するぞ」
「了解です!」
遠距離用の弓矢や銃に替える。
「あれが、武装渡り鳥? なんかの冗談?」
リクルから声が零れ落ちた。
聞いていた話と比べて、弱かった。
まだ、野良のほうがまだ戦力(マシ)だ。
これでは多くの犠牲者が出てしまう。
「ぐぎゃーー!」
「助けてください!」
次から次へと襲われ、喰われていく。
二匹のマモノに手を打ち所がなくなっていく。
「このままでは、全滅です」
「だったら、どうしますか」
「野良が少なくても三人が来てくれ場、一匹はなんとかできるでしょう」
「そんな…」
これほどの強いマモノは見たことがない。ましてや、武器が通じない相手にどう勝つというのだろうか、伝説の渡り鳥だったら、倒せたのだろうか。
「おい!」
黒髪の女性がこちらに急接近し、声をかけた。
「お前ら、位能力者だな。この状況で生きていられるのは能力者だけだからな」
この女性、するどい。
「君も、能力者のようだな。どんな能力を使う?」
「野良に言われたくはないが、ここは協力しよう。」
武器を仕舞い込み、リクルに話しを持ち掛けてきた。一匹をどうにかするという提案だった。
一瞬迷ったが、武装渡り鳥と協力できるのは、このときしかない。そう思った。手を伸ばし、握手を交わした。
「俺の名はベラミ。〈一閃斬撃(ヒトツメノキリ)〉が使える。対象を切ると、一閃を描いたように切断し、貫通する能力だ。これなら、奴を足止めすることができる」
「強い。なら、それで――」
「そう思ったが、二人がてこずるあたり、効かないのだろう? その折れた剣が証拠だ」
そこまで見切っているのか、侮れない人だ。でも、正直でまっすぐだ。不思議と、嫌な気持ちにならない。
「そこまでわかっているのですか。やれやれです。私はリクルと申します。人には言えないのですが、この状況、仕方がありません。〈空間停止(ゼロタイム)〉。自身を中心に一定範囲の時間を停止させ、自身だけが動ける能力」
「強いな。羨ましい能力だ。それがあれば、俺の一閃も容赦なく使える!」
「残念ですが、それはできません。」
「なぜだ? 便利な能力に見えるのだが」
折れた剣を見せながらリクルは語る。
「自分にしか使えない能力です。それに、転移能力とよく誤解されますが、発動したとき、同じ場所に戻らないと死んでしまう呪いでもあります。諸刃の剣です。戻る場所に残骸や罠があれば、私は戻れず死ぬだけです」
リクル自身が思う。両刃の剣。能力としてみれば最強なのかもしれない。けど、転移とは違う。敵に場所を発覚され、罠でも仕掛けられたら、戻れず死ぬしかない。
そんな能力だからこそ、他人に知られることなく、暮らしていた。もし、弱点を見切られたとき、最後だと確信していたからだ。
「そんなことないです」
フィーリアが声を上げた。
「そんなこと一切ありません。」
「…はなし、聞いていたか?」
「リクルさんの能力は強いです。現に、マモノに近づくだけでも死と隣り合わせの状況で、確実に仕留めることができるのですから。すなわち、場所さえ確保できれば、相手を確実に殺せる能力ということですから」
褒められたのか、なんだか少しばかりか嬉しい気持ちだ。
「なるほど、リクルのことはわかった。それと、このことは他人に言わない。お互い、弱点を話したようなものだからな」
ベルミは納得した感じでそう説明した。
ベラミだけスキルの弱点は見えないのが、後足損したような気分だ。
「フィーリアです。〈百発百中(ノーターゲット)〉。確実に的へ射貫くことができるスキルです。弱点さえ、わかれば私のスキルで倒すことができます」
「へぇーすげーな」
フィーリアは嬉しそうに赤面した。
同じエルフから褒められたことがないような感じだ。
「…それで、どうしますか」
「戦略はすでに確定した。リクル、君の力で敵の弱点を探せ、俺が囮になって敵を切断する。その隙を逃さず、矢を放ってくれれば、少しばかりか勝てるかもしれない」
「ごめんなさい。私、矢の本数があまりないのです。せっかく立ててもらった戦略を崩してしまうと思い、いま報告しました!」
「そうか…なら、建て直す。」
仲間がもう三人しか残っていない。
二人は残っていたが巨人の平手打ちで木端微塵に砕かれてしまった。
「――では、お願いします」
「面倒やな」
「あなただけが頼りです。弱点が分かり次第、フィーリアの攻撃を重ねて俺の斬撃を与えるから、後のことは任せてくれ」
そう言って別行動をとった。
機敏よく動き回れるベルミ。戦闘経験は豊富だ。彼女の名前は聞いたことがある。南の英雄ともいわれた巨大なマモノを倒したことがある人物だと。
「フィーリア、君は私が引っ張る。その間、待機してくれ」
「――いえ」
「なにを?」
つないでいたゆりかごのローブを外し、ひとり残る。
「私は、ここで待機しています。もし、なにかあれば、ベルミさんが助けてくれるはずです。ですから、お願いします」
(――くッ クソーー! 面倒やな。使いたくはなかったが、仕方がない〈空間停止(ゼロタイム)〉!)
周りの時間が止まる。
その隙に折れた剣を持って、敵に急接近し、弱点を探る。
腹、ひれ、腕、足、尻尾、頭、耳、鼻、目、頭部と、軽く剣で刺しながら探るが、深くえぐれる箇所がなかなか見つからない。
どこなんだ。いったい。まるで暗闇のなか、出口を探している気分だ。
(大きいマモノなんて、いったい弱点はどこに――あれは)
残骸が残された小島に降り立った。剣が小島の端にささっているのが見えたからだ。
剣を抜き、見つめた。
(折れていない。赤く血痕が残っているが、傷跡がない。バーンは、敵の弱点を見抜いていたのか? なら、その切られた位置が確実にあるはずだ。)
剣を持って、小島から離れ、もう一度マモノへ近づいた。
こまかく探り、周囲を見渡しながら、傷をつけた個所を探した。
(った。傷は大半塞がっていて見当たらなかったが、間違いない。ここが弱点なんだ)
剣で突っついてみる。
肉を貫き、奥の骨に当たった感触が手に伝わる。
(では、ここを狙えば、このマモノは倒せる。だが、クジラの方の弱点は不明のままだ。クソ、これ以上時間を費やしていたら、元の場所がわからなくなる。)
剣をその場に突き刺し、元の位置に戻って時間を動かす。
周囲が動き出した。
身体中に痛みを感じた。あらゆるところから皮膚が裂かれ、沸騰した血が噴き出したのだ。
(位置がずれた。それとも、長く使いすぎたか…?)
その場に倒れそうになったが、辛うじて翼を羽ばたき、フィーリアに歩み寄った。
「リクルさん!!」
「…弱点がわかった。」
「その前に、止血を――」
「そんなことよりも、奴を倒してくれ! 奴の弱点は剣を置いてきた」
「……わかりました。無線借りますね」
視界が暗くなっていく。
出血が原因か、能力の使いすぎか、再び目覚めたとき、マモノを一刀両断するベルミが止めを刺した瞬間だった。
落ちていく、巨人が打ち倒された。
おぼろながら半目で見つめ、血の底へ落ちていくのを見送った。
「リクルさん。回復薬です」
フィーリアに手渡され、回復薬を飲んだ。
傷は癒えないが、再生能力は多少上回るようになる。
「もう一匹のマモノはどうなった」
「はい、巨人が倒される否や、逃げて行きました。北の方へ。ベルミさんは後は追わない方がいいって」
「…そうか」
再び目を閉じた。
気づいたときには、病室のベットの上だった。
心配してくれたフィーリアとベルミが傍らにいた。
「マモノ…は?」
「倒した。正確には致命傷には至っていない。落ちながら、どこかへと泳いでいくのが見えた。おそらく、奴にとってかすり傷程度だろう」
「リクルさんは三日ほど眠っていましたよ。その間、行政が大きく動いたことをご説明しますね」
話しを聞けば、気を失っていた最中、世間は大きく動いていた。
逃走したマモノの二匹は北にあった大陸を崩落させ、数千万の命を奪ったという。結界装置も歯が立たず崩れ去っていくのを遠くから脱出者が見ていたという。
マモノを逃がした渡り鳥に責任の声を上がったが、多くの渡り鳥の死もあり、官庁は責任の重みを受け止め、辞職。そして、家で首を吊ったという。
マモノが再びいつどこで現れるのか不明ということなので、新たに武装渡り鳥を増やし、多くの人民を守るべく、新たな組織が名乗り出たという。
――魔素式組織。人工で作られた機械の装置を体内に入れ、魔力が尽きないことと心の翼がなくても空が飛べるという技術を多く広めたという。
前官庁が止めていたという計画のひとつで、心だけでなく生身の身体を機械化するのは危険すぎると反対していた。
前官庁が死に、新たな官庁は魔素式組織の出身でもあるため、計画は実行されたという。
そして、多くの渡り鳥の犠牲を糧に、チームの編成が大きく変わった。
今まで、四人で行動(野良は例外)していたが、今回からはチームは三人で絶対行動することが決定された。
これは、必要最低限に犠牲者を少なくするということと、渡り鳥の辞職が相次いだという人数不足からによるもので、特に巨大マモノが出現した北はいっきに人数が少なくなったという。
数は把握しているだけで三分の一に減ったという。
その数で多いのが一般渡り鳥だ。
「――それで、わたしの仲間はどうなりましたか?」
「それは俺から説明する」
ベラミが語った。リゼロとクリタの行方を。リゼロは手術の失敗で腕を失い、心に傷を負った。その結果、心の翼が安定せず、失ったことから、復旧難しくなり、退職した。
クリタは昨日、マモノに襲われ、死んだと伝えられた。
「…二人とも挨拶することは少なかったなー」
改めて思う。二人とも同じチームでありながら、まともな会話したことがなかった。漫画オタクのリゼロ、空にあこがれを抱いたクリタ。二人とも心が折れてしまった。そして、二度とこの場所に戻ってはこれなくなった。
不思議と悲しみが浮かばない。悲しいのに、涙が出てこない。これは、二人の関係性が少なかったことが原因なのだろうか。それとも昔、泣きすぎて、今は涙が枯れてしまっているだからだろうか。
「悲しんでいるところ、悪いが、新たに配属が決まった。」
ベラミの衝突の決まったという内容。
フィーリアは空気を呼んでと怒っていたが、ベラミは無視した。
「俺のチームは全滅してしまった。そこで、俺はリクルのチームに配属することが決まった」
え? ベラミが、私のチームに?
「俺としては嬉しくないのだが、まあ、これからもよろしく頼む」
「えーと、まあ、こちらこそ。それで、あと一人は?」
フィーリアに睨み、ベラミは視線を向けた。
「フィーリアだ。昨日、心の翼が覚醒したこともあって、近場にいながらマモノを倒す貢献したことで、即渡り鳥になった。渡り鳥についての知識はあいまいだが、後々教えていく次第だ」
「…本当なのか? フィーリア」
フィーリアは戸惑っている。でも、笑っている風にも見える。
静かにフィーリアの口から声が出た。
「ええ、まさか、覚醒するなんて思いもしませんでした。でも、これで積荷にならず一緒に戦えます。ですから、リクルさん、私にマモノについての知識を教えてください!」
「俺からは戦い方を教えるから、リクルは、知識を与えてくれ。じゃな」
そう言って病室から出て行く。
あ、待ってと呼びかける前に、ベラミは出て行ってしまった。
新たなメンバーが加わり、編成したメンバー。いつの間にかリーダーに任命されたリクルは野良という生活を手放さず得ない状況となってしまったことに、不覚だと喚いたのは、数日後のことだった。
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