気笛の音 〈前半〉
ゆりかごに乗り、ゆったりとした空間に包み込まれ、ゆらゆらと揺れられながら眠気を誘う。
ゆりかごを引いているのはリクル・オリヴァ。
リクルはひとり、ある場所へ向かって飛んでいた。
銀色の見事な綺麗で美しいの翼は、人だけでなくマモノさえも目を引くほど。
美貌とは言えないが、一般人よりも多少は可愛い方だ。
「この街道を超えると、ミナミ通りに着きます」
ゆりかごに乗った眠そうに半目の少女に伝えた。
彼女の名前はフィーリア・エルドフ・アルタリア。森の民(エルフ)である。
美貌ともいえるほどの美しさで、旅立つ際に人際目立ったほどだ。スカイブルーの髪色、腰まで長い髪、リクルと同じ銀色の瞳、雪のように白い肌。
フィーリアはある地方から来た旅人だ。目的はミナミ通りで待ち合わせしているという案件だった。
「眠っていますか……そのままごゆっくりどうぞ」
天へ目をむく。雲が覆うかのように太陽の光を遮っている。雲の隙間を通るかのように大きな魚が泳いでいるのを見かけた。
「お客様のご就寝ですので、どうか、静かにしてもらえないでしょうか」
大きな魚はこっちに向かって大きく口を開く。のこぎりのようなとげとげの歯を見せ、すでに平らげた人間であったであろう肉と赤いケチャップが口の中で真っ赤に染まっていた。
つい少し前に食事をしていたのであろう。
バードキャップとゆりかごの残骸が舌に乗っているのを見かけた。
「そんなに、早まらなくても大丈夫ですよ」
ザッシュ。っと、真っ二つにした。
大きな剣を片手で握り、もう片方で拳銃を握っている。
大きく振り下ろした剣には赤い液体が飛び散っていた。
「これで、しずかですね」
銃声が響いた。
大きな魚は無残にも地上へと散っていった。
その音に驚いたのか、エルフが驚いた表情で顔を上げた。
「なにごとか!?」
「…起こしてしまいましたか、マモノが出たので退治したところです」
そう言って、剣と拳銃をカバンにしまい込む。四次元ポケットさなかか、大きい者でもカバンにしまい込めるのは、エルフから見ても驚く代物だった。
「え、あの大きな剣がどうやって、その小さなカバンに入ったの? というよりも、マモノ? どういうことか説明して!」
どうやらフィーリアさんは、マモノをまだ見たことがないほか、渡り鳥を利用するのは初めてのご様子だった。一から説明する義務はないので、簡単に説明し、納得してもらった。本人は最後まで納得していなかったようだが、業務のことなので、これ以上、お客様に説明する訳にはいかないので、そこは謝ることしかできなかった。
ミナミ通りに到着した。
煉瓦でつくられた橋を渡り、その先に大きな商店街が広がっている。
商人が大陸を渡って、物めずらしい品々を高く売りさばくため、集まっているのだ。
「では、これにて――」
「待って!」
さよならするはずが、フィーリアに呼び止められてしまった。
「はい、なんでしょうか」
「少し待ってくれない。この後もご利用したいから」
とはいえっても、この後、仕事があるため、おいたしたいのですが、フィーリアはイヤダといって、聞く耳を持ってくれませんでした。
「はぁ…仕方がない。報酬を倍にしてくれるのでしたら、引き続き仕事を引き受けます」
「やったー」
フィーリアは喜んでいた。楽しそうに、まるで子供だ。
森の民エルフは長命寿で、外見からは見比べることができないため、実年齢はどれくらいなのか、気になるところだ。とはいえ、お客さんの個人情報を聞くのは失礼。現に業務とか理由でリクルからも詳細は話していない。
「それで、次の目的地と出発時間を尋ねたいのですが」
「マモノ、見せてくれるよね」
「はい?」
マモノを見せる? とはいったい。
戸惑いつつ、リクルは訊いた。
「まだ一度も見ていないのよ。名手フィーリアの名のもと、マモノを打ち倒さなければ、エルフとして名が廃るのです!」
かっこよく決めなくてもいいのではと、ツッコミを入れたくなる。
フィーリアはマモノと出会って、倒したいということらしい。お望み通りなら――と言いたいが、そうもいかない。現に、バードキャップをつけた仲間たちが日に何人かやられている始末だ。
ましてや、渡り鳥でもない一般人をマモノに会いたいという理由だけで連れて行くのは契約違反だ。危険すぎる。ここは、止めなくてはいけない。
「お客様、いくら名手とはいっても、マモノを倒すというのは地上に潜むマモノを倒すとは全然違うのですよ」
「リクルさんは、倒したじゃないですか」
「あれは、何年ほどの修行を積んで、やっと倒せるよになっただけで」
「なら、私にだってできるよね、これでも十年以上、的を外れたことがないもの」
自信たっぷりに言う。まるで天狗のようだ。鼻をとがらせているのが不思議と見えてしまうほどに。
とはいえ、マモノを倒したいという理由だけで連れて行くわけにはいかない。
「だからといって、わたしでなくても仲間たちに言えば――」
「信頼しているの。リクルなら、きっとやってくれるって」
頼られるのは正直、弱い。私なりに思うところだ。
「――仕方がないですね。わかりました。遠くからだけですよ。近くになったら私が止めを刺しますから」
「やったーありがとう」
ぎゅっと手を握られる。
エルフに感謝されるのは初めてだ。
こうして、ミナミ通りの仕事を終え、フィーリアを連れて、マモノが出現したという情報を聞いたF109へ向かって飛行した。
「こちら、リクル・オリヴァ。勤務中。F109にて消息不明になった渡り鳥とゆりかごに乗せられた数名の人間を捜索に向かう。」
『了解です。こちらF100付近にて飛行中、待機。マモノを2匹発見済み。そのうち1匹は凶暴性あり。この付近を通られる方はご注意してください』
「了解です」
F109の情報は不明だが、F100あたりで、凶暴なマモノが出ることは今までなかったはずだ。F100からF109まで数十キロメートルほど離れている。ましてや、マモノが2匹同時に動くことなどないはずだ。マモノは地上と比べて空中では集団行動することは非常に少ない。
「こちら、リクル・オリヴァ 現在F088を飛行中、マモノの気配はない。」
『こちら、F101を飛行中のバース。マモノの討伐を依頼され、現在進行中。マモノの気配はない。襲われたという、残骸を発見。ゆりかごのみ。生存者は不明。』
「了解です。こちら、人を乗せて移動中。マモノ発見次第、報告する。以上」
無線を切る。
どうやら、移動中のようだ。
マモノを倒さなくては、武装していない渡り鳥では餌にすぎない。
それと、生存者は絶望的だろう。
「いま、誰と話していたのですか?」
フィーリアに尋ねられ、リクルは答えた。
「仕事仲間。近辺に渡り鳥とマモノの位置を把握している。一定間隔でマモノが出没したあたりで見張っている渡り鳥がいる。その人と連絡を取って、位置を把握しているのです」
「マモノは、どこから現れるのですか?」
「大体は雲に隠れてやってくる。しかも急接近するため、武器をとるのが遅いと、あっという間に食われてしまう。多くの渡り鳥は武器を構える前にやられている。これは武装渡り鳥ではなく一般的な渡り鳥の被害が多いことを頷けている」
「渡り鳥にはいろいろと種類があるのですか?」
業務事項ではないので、説明してもかまわない項目だ。それに、エルフの渡り鳥の仲間が増えれば、武装渡り鳥も喜んでくれるだろう。とはいえ、絶対反対するだろうな。
「渡り鳥には武装集団、一般集団、野良とみっつの組織に分かれています。武装集団は名前通り、武器を持った渡り鳥です。彼らはマモノを優先的に排除するほか、裕福な人たちや貴族、王族と言った特別な階級をもつ人たちを優先的かつ安全に橋渡しするのが目的な人達です。一般集団は、一般から募集をかけた人たちで経験はもっとも浅く、手紙や荷物の配達のほか、人を運ぶ仕事もしています。マモノを倒す訓練はしていますが、武装集団と比べると経験不足です。特にマモノに食われるケースが非常に高いです。最後に、野良はこれらに属さない組織です。一人仕事を好み、仕事を選ばない事だけあって、身勝手な人たちが多いです。私みたいに」
「……すごい」
どこからすごいという言葉が出たのか不明ですが、なんだか少しうれしい気持ちになります。
さて、無線をつける。
いま、どうなっているのでしょうか。
「こちら、F095に接近。マモノの気配はない。」
『ザ…ザザ……ザーー』
「F101? 一体どうした、なにがあった?」
『ザ…ザザー…ザザ…』
「無線に出ない。これは、嫌な予感がする」
討伐に向かった渡り鳥から連絡がこなくなった。
すなわち危険な状態で戦っているか、喰われたかのどちらかだ。逃げたという考え方もあるが、それだったら誰かに報告するべく無線の電源をつけているはずだ。
そうでもしないとすれば、最悪な結果だ。
「こちら、F097に到着。ひどい有様だ」
近くに小島があった。
小島とは島の断片的なところが削られ、どこかへと流された島のことだ。漂流島ともいわれ、土地主はおらず、島としては足を下ろして休憩できるほどの広さしかない。
その小島にこびりついた肉片と真っ赤の液体が飛び散っていた。
無線とバードキャップが落ちていた。
「…ひどい」
思わずフィーリアから声がこぼれる。
ひどい有様だ。無残だ。飾り以外すべてなくなっている。
「近くにいるはずだ」
船の汽笛の音が聞こえた。
「船の…音? どこかに大きな船でもあるのですか?」
「違う。これは――フィーリア、一刻も早く逃げるぞ!」
「え、どうしてですか」
「これは、私たちだけでは片づけない案件だ」
全力で飛び、その場から逃げるように羽ばたく。
おそらく襲われたマモノは魚ではない。クジラでもない。化け物だ。
”船の汽笛が聞こえたら全力で逃げろ”と訓練の時に教官から直々教わったものだ。
この音は大陸を丸呑みするほどの大きさのマモノで渡り鳥では歯がたたない。
大陸に備え付けられた結界装置や大砲バーズ、誘導兵器ミサイルを駆使して、追い返せるかどうかの相手だ。
リクルは焦っていた。これほど焦りだしたのは生まれて初めてなのかもしれない。
音が違い。もう間近だ。
上を見上げる。大きな影がリクルを覆いつくす。青空を一面、真っ白な姿を露にさらけ出す大きなマモノ。クジラだ。正確にはクジラではなくクジラに似たマモノである。クジラは人気にさらすほど馬鹿じゃない。神様と言ってもいいほどの存在のはずだ。
正真正銘、マモノ――大目玉バケモノだ。
「これが…マモノ!?」
「ッチ、冗談じゃねーぞ」
つい本音と癖が出てしまった。リクルは慌てて訂正する。
「これは、冗談とは言えないものですね」
豪華客船のような大きさの魚だ。魚というよりも巨人。人間の姿に似ているが、頭は魚で、手足がヒラがある。半魚人だ。伝説ともいわれた史上最悪のマモノ。出会ったら最後、生きて帰れない敵だ。
クジラと巨人。大陸(首都)ひとつが滅ぼされるレベルだ。
「命の保証はできませんが、全力で退避します」
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