流星の渡り鳥(レイヴン・コーリング)

にぃつな

第一章

渡り鳥

「ねえ、じいちゃん、空にはなにがいるの?」

 小さい男の子がおじいさんに話しかけている。おじいさんはその男の子の質問に答えました。

「空にはクジラと言う大きな生物が自由に泳いでいるのじゃ」

「へー、それはどんな生物なの?」

「それはとてもとても大きくて強くて、ふっくらとした体形で、人とは比べられないほどの生物じゃよ」

「じいちゃんは、見たことある?」

「一度だけじゃな。クジラと競争する渡り鳥を見たときぐらいじゃ。」



 かつて、海があった。広くて大きくてとてつもない水たまり。人なんか吸い込まれば、生きて戻ってくることがないほどの深い深い水の底。

 いつごろからだろうか、水の底のふたをだれかがとってしまった。お風呂の水を抜くかのように、水は圧倒間に干からびてしまった。

 大地は枯れ、水を無くした地上は、水を求めて空へ昇った。


 空には水を作るクジラと呼ばれる生物が太古の時代から存在している。その話のとおり、空にはクジラが舞い、そして水を降らしていた。その水は枯れることなく、クジラからあふれる生命の水と呼ばれ、クジラは世界共通保護でクジラを狩ってはならないと法律が固まったほどだ。


 そんな空に舞うクジラを見て、人々は思った。

「クジラみたいに空を飛んでみたいと」

 そして、人々は空を飛ぶための翼を手に入れた。その翼は”心の翼”と呼ばれ、心から生み出された自然物。”心の翼”を持った者は自由に空を駆けまわることができた。

 ”心の翼”は選ばれた者にだけ与えられた魔法だと呼ばれるようになった。


 空暦708年。

 大陸と大陸を渡る者たちがいた。彼らは、大陸から出られないもの――心の翼を持たないものの代わりに荷物や手紙を届ける仕事人のことを”渡り鳥”と呼ばれていた。

 ”渡り鳥”は、毎日届けられる積荷のなかから選び、他国へ送り届ける。

 そんな仕事を生活にして暮らしている一人の少女がいた。

 彼女の名前はリクル・オリヴァ。れっきとした人間の生まれだが、生まれてから翼をもって生まれたため、医者でも最初は寄生児と疑われたが、レントゲン撮影で、心の翼による本物の翼だと判明し、人間と鳥を割ったような形として生まれた。

 物珍しさもあって、旅人や町の人々から興味を示す眼つきを晒され、リクルの幼少期は人を恐怖するようになった。


 リクルが10才を迎えるころ、両親は病に倒れ、亡くなってしまった。

 その病気は町に広がり、リクルが知る町の人々の顔触れは8割ほど失ってしまった。

 両親を失った悲しみで、リクルの翼は白色から銀色へと変わった。医者もなぜ色が変わってしまったのか匙を投げてしまうほど原因がわからなかった。


 両親の死から一週間後、リクルのもとに”渡り鳥”の仕事が入ってきた。それは、選ばれた者にだけできる仕事で、とても危険に身を纏う仕事だと知らされてきたものだった。

 リクルは、幼いころから両親に「将来”渡り鳥”になる!」と言っていたのを思い出し、リクルは空へ羽ばたくことを自由の要と感じていた。リクルは両親に告げる形で「わたし、”渡り鳥”になります」と静かにつぶやき、”渡り鳥”としての最初の仕事を請け負った。


 ピンク柄のバード帽子とマントを着た渡り鳥がおりてきた。

「リクルちゃん。仕事が届いているよ」

 濃厚そうな髭を生やしたおじさんが心ゆく歓迎してくれた。

「ふぅー。ちょっとまって水だけ飲ませて」

 腰に下げた小さなカバンから瓶を取り出した。手のひらサイズほどの大きさしかないガラス製の小瓶。中に透明な液体が揺れていた。

 彼女は瓶のふたを開け、口に運びこむ。

「悪いね、三番隊が出かけてしまっているから、リクルちゃんしか頼める人がいないんだ」

 片端でゴクンゴクンとおいしそうに飲んでいるリクルちゃんを見つめながら、この仕事についておじさんが語りだしていた。

「北109のA227の家に届け物だ。二人の人間。専用のゆりかご(空へ渡る手段として提供される乗り物。馬車の荷台のようなつくりだが、屋根がなく、馬もない)。あと、マモノが出る空域でもあるから、武器の使用は許可(OKだ)。」

「……今日は、三番隊のリゼロとクリタがいたはずだけど、どうしたの?」

 おじさんは頭を抱えながら二人のことを告げた。

「リゼロはマモノの襲撃で、腕がけがをして、荷物を運ぶことが困難となった。退院まで三日かかるそうだ。クリタは、お届け先をミスり、いま改めて配達中だ」

 空になった瓶をカバンにしまい込み、リクルはおじさんに伝えた。

「わかった。その仕事は承った」

「そう言ってくれて、感謝しているよ。さて、他に訊きたいことがある?」

「いえ、ないわ」


 おじさんがいる受付の港場から少し離れたところに、ゆりかごを止める場所がある。そこに送り届ける予定となっている二人の人間がすでに待ち遠しそうに見つめていた。

「ごめんね、手が空いている人がいなくて、遅くなってしまったわ」

 おじいさんと孫のようだ。おじいさんは杖をついており、足が不自由なことが分かる。孫である子供はおじいさんは気にしているようで、優しく声をかけ、心配そうに世話をしていた。

「君が、”渡り鳥”なの」

「ええ、渡り鳥の三番隊に所属するリクルっていうわ。自己紹介は遠慮しておく。どうせ送った後は再び出会うことはないから」

 荷物を送った後は、その区域で仕事をすることはないため、再度出会うには、この港場で再び受付しなければ決して出会えることはない。

 各大陸によって渡り鳥は一番隊から十番隊まで配属されており、色に応じて所属している大陸を区別している。リクルが仕事をしている場所はスカイブルーなのだが、リクルだけ特例でピンク色に染めている。そのわけは、リクルは正式な渡り鳥ではないからだ。


 渡り鳥は大きく分けて三つの機関が存在している。

 ひとつは、一般人の輸送、手紙や荷物の配達など仕事として承っている渡り鳥。彼らは色で分けられ、バードキャップを被っている。バードキャップは空にいる子動物や妖精たちと自分は安全であると証明するための目印である。一番隊から十番隊までそれぞれ四人で編成されている。

 ふたつめは、裕福な人たちを扱う特別な渡り鳥。複数人で移動することが基本で、安全第一で任務を遂行する。見た目はやや軍服に似ている服装をしており、武器を多数装備している武装集団。バードキャップは装備しておらず、妖精や子動物から嫌われ者。人との信頼を優先事項で考えているため、他の渡り鳥とは相性が悪い。

 みっつめは、野良と呼ばれた。属さない渡り鳥。例外中の例外で、他の大陸で仕事が可能としている。他の大陸在中・拠点として行動しているわけではない。派遣と同じで大陸での仕事を引き受けた後、戻ることはないため、一方通行の仕事を任されることが多い。

 そのため、給料が高いが危険な仕事も多いことから、野良に立候補する人は少ないという。


 リクルは野良として、渡った大陸の先で仕事をこなしている。


「乗りましたか? ではいきます!」

 ゆりかごを引くようにして、腰に力を籠める。ベルトに専用のローブを取り付けられた。ゆりかごは渡り鳥のベルトに引っ張られる形で後を追う。

「おじいさん、空飛んでいるよ、そらぁ!」

「おーおー。いい気持じゃ。これが空か」

 ゆりかごに揺れながら楽しそうにはしゃいでいる。おじいさんは消極的だが、孫がおじいさんの十倍は楽しんでいた。

「ねえ、リクルさんは、この仕事に入ってから、何年目なんですか?」

「――そうですね、ざっと一年になりますね。」

「リクルさんは、前の仕事は何をしていたのですか?」

「荷物を配達していました。送り届けた先が廃屋だったので、どうしようかと困りましたが、ちょうど近くにいた人に尋ねて、引っ越し先を教えてもらい、任務を完了できましたよ」

「大変だったんですね」

「いえいえ、これも仕事ですから」

 子供はあれやこれやと質問を投げかける。

 リクルは丁重に答えていき、子供の質問はいつしか静かになった。

「眠ってしまったようですね」

「まだ、7才ですからな。さて、目的地までどれくらいになるのかね」

 飛びながら地図を見る。

 左腕にはめられた腕輪。複数のボタンがあり、そのうち赤いボタンを押した。

 すると、目的地までの地図と風向き、天候など空に関しての情報が寄せられた。

「――そうですね、ざっと1時間もあれば到着しますね」

「そうですか、では気長に待ちますか」

 リクルは重たい口ぶりでおじいさんに言った。

「――ですが、早くて20分で着きます」

「どういうことなのじゃ」

「この空域にはマモノが出るので、見積もって1時間はかかる見込みなのですよ」

 おじいさんの表情が曇った。

「マモノって…あの、人を襲う化け物のことなのか?」

「いえ、マモノっというのは決して化け物ではありません。」

「それは、どういうことなのじゃ?」

「ねえ、おじいさん。あそこにいるのってクジラなの?」

 子供が起きたようだ。

 雲に囲まれた場所に指を向けながら子供がおじいさんとリクルに尋ねていた。

「どれどれ」

 指を向けたさきにはなにやら魚のようなものが泳いでいるのが見えた。元気そうに自由そうに泳ぐ姿を見たのは、子供時以来だった。

「そうじゃな、きっとクジラじゃの」

「ほんとう! すごーい、ぼくもおじいさんと同じ子供のころのクジラの出会えたんだね」

 リクルは顕微鏡でのぞいた。

 曇った表情で、二人に警告した。

「――あれは、マモノですね。とても危険なマモノです。レベルはBでしょう。ああ、なんてことだ。どこかの部隊の渡り鳥が食われてしまったようです」

 顕微鏡に写った先には、渡り鳥のバードキャップを被った人形の首を噛むようにして泳いでいる魚。大きさは遠いけども、人を丸呑みできるほどの大きさであるはずです。

「少し、捕まっていてください。クジラではございませんが、マモノと出会えるのは貴重な旅土産となるでしょう。ですが、それと同時に逃げ出せるか、殺せるか、二人はどちらかに祈っていてください」


 ああ、なんてことだ。ついていない。面倒くさいことになった。

 リクルはそう思ったのでしょう。表情からは決してぬぐえない顔つきになっていた。できれば、戦いたくない安全と安心とした旅がしたかった。でも、これからは血まみれのシャワーを浴びることになるでしょう。ああ、面倒くさいことになりました。


「捕まっていてください。けっしてゆりかごから手を放さないように。飛び出しても回収はできないので、自己責任となりますのでよろしく頼みます。」

「そんな! せめて、孫だけでも…」

「じいちゃん! 嫌だよ、ぼくといっしょに行こうって約束したよね!?」

「せめて、孫だけでいいんじゃ。わしは、ただ孫のためにと別れた母親の方へ見せに行くためだった。だが、わしだけでも降りれば、きっとスピードは速くなる。だから――」

「じいちゃん!」

 ゆりかごから降りようとするお爺さんを必死で抑え込む。

 子供はお爺さんに「放れたくない」と訴え、必死で取り押さえていた。

「二人とも、捕まっていてください。荷物をおっことしたとなれば、私の責任は重大です。できる範囲で二人の安全を約束しますが、正直、祈っていてください」

「祈ることだけなのかよ! なあ、渡り鳥は戦えるって話を聞いた。なら、戦ってくれよ、あんなマモノ、圧倒間だろ!?」

 子供はとても険しい顔だった。

 無理もない。あんなでかい化け物に遭遇し、なおかつ同じ仕事人が食われたとあれば、安心なんて無理な話だ。

「少し、黙っていてください。私なりの方法で仕留めます」

 腕輪に口を近づき、小声で話しかける。

「こちら、三番隊のリクル。マモノに遭遇しました。仲間の渡り鳥が死亡しているのを発見。武器の許可をを求む」

 女性の機械の音声が流れる。AI(人工知能)における自動設備だ。各地域に点々と存在し、渡り鳥からのSOSの対応してくれる。

『了解です。こちら、北188・C221センター。武器の使用を許可します。応援はできる範囲で送り込みますが、しばし一人でも大丈夫ですか?』

「はい、やれるだけやってみせます」


 マモノに見つからないよう、なるべく雲がかかった場所へ飛び移る。ツバサを大きく羽ばたかせ、ゆりかごを引っ張る。

 雲に入るなり、中は雨雲が混じっているせいか湿っている。

「これ、どうなるの!?」

「しばし、静かに。位能力(スキル)発動。〈ゼロタイム〉。」

 時計がカチンと針がとまった。世界の時間が停止し、リクルだけが自由に動ける。風の抵抗はなく、空気次第が一種の水のような抵抗感を与える。

(これで、いいでしょう)

 リクルはマモノに近づいた。

 それはやっぱり大きかった。

 建物なんて丸呑みするほどの大きな口。一山を飲み込めるかどうかほどの大きさの口だ。こんなのに食われらら、一たまりもないだろう。それに、やっぱりだ。

 バードキャップの頭から下はすでになくなっている。

 あのとき、見つけたときにはすでに食われている最中だったようだ。

 血まみれになった赤い肉団子がある。

 触ってみても、温度は感じられない。血しぶきも触れられない。赤い液体が手に染み渡ることもない。すべての時間が停止しているからだ。


(すみません、こんな方法で)

 大刀を取り出す。魔法のカバン。見た目は小さいが、どんな大きいものであっても詰めることができる不思議なカバン。一年前、野良になる前に先輩からの贈り物だ。先輩の気持ちにこたえ、受け取った代物。ぎゅっと握り、放す。

 マモノの身体を一刀両断する形で真っ二つに切り裂いた。そして、魚を下ろすように何回も切り刻み、動くことが困難になるまで切り崩した。

 血まみれとなったバードキャップだけ回収し、遺体はそのままにした。

 どのみちもう一体を連れて運ぶことは人数制限を超えてしまう。

 それに、これをもって、運んでも変に誤解されてしまうだけだ。応援を待とう。きっと回収してくれるはずだ。


 そして、時間は再び動き出した――。


「あれ、マモノが落ちていく…というよりも崩れていく!! いったいどうやった!?」

 パッとリクルに睨みつけるが、リクルは「さあ、きっと仲間が倒してくれたんでしょう」と笑ってごまかした。


 目的地につき、二人を見送り、配達金をもらって、早々帰ることにした。

「さて、報告やらいろいろと面倒なことがありますが、もう時間ですので帰りますね。〈帰還(ログアウト)〉!」

 シュンっと体が光に包まれた。目が覚めたとき、見慣れた天井で目を覚ました。

 自宅に戻ってきたのだ。

 背中に手を振れる。

 ない。ツバサなんてどこにもない。初めからなかったかのようだ。

 ベットから起き上がり、寝起きの髪を直して、歯を磨き、軽く朝食をとって、着替えて、外に出た。

「仕事仕事」

 空を見上げると、そこは青くどこまでも続く白い雲が川のように流れていた。

 冷たい風を肌に受けながら、スーツネクタイで駅のホームに向かって歩き出した。


 俺の名前は、不動(ふどう)正之(まさゆき)。

 会社員で、趣味は漫画、ゲームだ。趣味程度だが、漫画を描いたり、ツクロウXでゲームを作っている。

 大きなあくびをし、会社へ向かっている。

 会社と言ってもそこは事務的な場所だ。

 仕事と言っても営業のように位置に中外へ駆けまわる仕事でもなく、ディスクに座ってさっさとPCを操作する仕事でもなく、車で郵送する仕事でもなく、ただ、気ままに探偵としての仕事をこなしているだけだ。


 俺は、いつごろか二つの人生を生きていることに気づいた。

 最初は、覚えていないが、階段で踏み外して気を失ったあたりから、別の人生として女の子として、翼を這えた特別な存在として生活をしていた。

 そこはどこかしらも浮島で、地上なんて荒野だけで海というものはなかった。浮いている島は通行に不便で、移動するにも”渡り鳥”を頼まないと何もできない。

 あるとき、”渡り鳥”のことを知って、立候補し、”渡り鳥”となった。試験は簡単で高校生の問題を解くような問題集で問題なく突破した。

 そうこうしているうちに、”渡り鳥”となり、マモノを倒したり、配達業として営んだりと忙しくなった。

 気づけば、こちらの生活も探偵業として生計をたてるようになった。


 それは、二つの人生を歩んでいることと位能力(スキル)の存在のおかげだろう。

 これがなかったら、積みゲーだったのかもしれない。

 俺は、きっかけでそれぞれの世界へ渡り歩くことができる。

 どちらかが止まれば、時間は停止する。家庭用ゲームで起動するとそのときのセーブデータから開始するかのようにその世界もそうやって開始する。セーブすれば、そのセーブデータからプレイできるように、この二つの世界は存在しているのだ。

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