第49話その後3
宝石のような輝きに満ちた回廊。それを囲む参列者。そして、回廊を歩く白いドレスの私と、その横に付き添う黒い岩のような父様。
……これは、教会で行われた結婚式の光景だ。
「す、すごい。これ、どうなっているんですか。どうしてこんなものが壁に映るんです?」
「説明してもわからないと思うので、さっさと次に行きましょう」
アージュさんは面倒臭そうに言って、右手人差し指をくるくる回す。
すると、壁の光景は時を早巻きしたようにぎゅんぎゅんと進んで、景色はあっという間に城館でのパーティーへと移った。
上座に並んで座る公爵と私の姿がある。うわ……並ぶと、顔の大きさがちが……いや、同じくらいに見える。顔面レベルは言わずもがなだ。
恥ずかしい。これじゃあ、「どうしてお前が選ばれたんだ」って、みんな訊きたくなるはずだ。
ドレスの私は、会場でも隣の公爵の方を真っ直ぐと見ていた。対する公爵は、なんとも居心地悪そうに顔を顰めている。
しばらくすると、上座に騎士団貴族組という、腹の立つ集団がぞろぞろとやってきて、公爵を取り囲んだ。そして公爵は、私に何も告げず彼らと小ホールへと向かってしまう。
「あーこれ、ムカっとしたな。こういう時に嫁を放置して友達と何処かに行くなんてありえないって思ったっけ」
「そういう夫婦間の愚痴は余所でお願いします。……ところでカトレアさん。貴女はこのあと、自分がどういう行動をとったか覚えていますか?」
「え? まあ……」
色々ありすぎて、遠い過去のように思えるけれど。
確かこのあと、私はテレサを呼びつけて、一緒に招待した貴族のお名前確認ゲームをした。そうしたら、えーと、ナントカ夫妻が話しかけてきて、そこをセレニアちゃんがさらっと助けてくれて……
「ナントカじゃありませんよ。ロズナー伯爵夫妻でしょう。お名前確認ゲーム、まるで成果が出ていないじゃないですか」
「……はっ。もしかして、ロズナー伯爵夫妻が犯人——!」
「あ、いえ、この人たちはループに関係ありません。貴女がちょっとアホっぽかったので、つい口を出してしまいました。次いきましょう」
……なんだよぅ。
場面は進んで行く。
公爵が小ホールに行ったと聞いた私は、最後のループで大活躍だったウェディングドレスを引き摺って、彼と会話をするべく会場の中を歩いて行く。
そして、小ホールの入り口前に到着すると、中の様子を伺おうと、オーク製のドアにピタリと貼り付いた。
なかなかシュールな光景だった。誰も見ていないし、と思っていたけれど、花嫁がドアに張り付く姿はよく目立つ。
近くを通りがかった使用人たちが、必死に私の方を見まいとしている姿がばっちり映っていた。
「うわ……恥ずかしい」
どうしてだろう。さっきから恥ずかしさばかりが増して行く。
人生で最も輝くべき結婚の日だったはずなのに。
……けれど、突然壁から音が聞こえて、私の恥ずかしさは吹き飛んだ。
「やあ、とうとう君も結婚か。結婚なんて興味無いって言っていたのに、どういう風の吹きまわしだ?」
「周囲が、結婚しろと口やかましく言うからな。あれこれいらない縁談を連日持ちかけてくる輩までいる。煩わしいので、適当な相手を見繕って式を挙げただけだ」
「適当とは言っても、相手は地方貴族の令嬢だろ? 身分的にはあまり“適当”な相手とは思えないが、何か彼女を選んだ他の理由があるんじゃないのか?」
「別に。ただ気位が高くて計算高い高位貴族の娘を娶るより、従順で頑丈そうな頭の弱い田舎娘の方が、都合が良いと思ったんだ。武人の娘なら、子供を2、3人産んでも壊れることはないだろうしな」
「武人といっても先祖は傭兵あがりのならず者だろう。新婦の父親を見たが、山賊みたいななりをしていたじゃないか」
「クリュセルド、気を付けろよ。目を光らせておかないと、家中の金品が掻っ攫われて屋敷が空になるぞ。それで残されるのが山賊の娘じゃ、ちと割に合わないからな」
……続いて、どっと笑い声。
許した。もう(公爵のことは)許したはずなのに。
またカアッと頭の中で火が燃え上がって、私はつい椅子から立ち上がった。
「何よ山賊って! 確かに父様はいかつすぎて、通りを歩いただけで子供が泣いてお漏らししたこともあったけど! こんなへなちょこで剣もろくに触れないようなダメ筋肉の人たちなんかより、何倍も強くて何倍もかっこいいんだから!」
「うわ、びっくりした」
突然の私の怒りに、アージュさんがびくっと体を震わせ私を見上げる。
「むしろうちの領は、悪さをすると領主と領民にリンチにされるって、犯罪者の間では有名なんだから。こんな辺境の山しかない土地なのに、山賊発生率はすごく低いんだから……」
言いながら、悔しさで涙が滲みそうになる。どうして私、このあとすごすご退散しちゃったんだろう。もう周囲の目なんて気にしないで、ひと暴れしてやればよかった。
……それに。例え本心じゃなかったとしても、こんな人たちに混じって悪口を言っていたあの人に、どうしても不満を感じてしまう。
いくら自分の先生を騎士団長にしたくて、そのためにこの人たちと仲良くする必要があるからって、私の父様を馬鹿にしていいはずがないのに。
許したけど、やっぱり許せない。せっかく仲直りしたのに。
「アージュさん、私が確認したいのは、ループの真相なんです。こんなの、見たくない。これ以上見ていたら、私離婚しそう」
私の弱音を聞いて、アージュさんは私をまっすぐ見据えた。そして、深刻な面持ちで、首を横に振った。
「……いいえ、カトレアさん。これこそが、今回のループの原因なんですよ」
「……はい?」
何を、言っているの? 私は壁の光景に目を戻す。
ドレスの私は扉の前でぶるぶる震えたあと、再びパーティー会場へと戻って行った。
「はい、ここ! ここです! ここなんですよ!」
アージュさんは急に声を張り上げて、壁に駆け寄る。そして撤退しようとするドレスの私を指差した。
「これどう思います? 結婚は嫌だと柱にしがみつき叫び回る貴女が! 屋敷の馬を盗み出して逃亡を図る貴女が! 自分を殺す犯人の正体を確かめるため、何度も死にまくりながら犯人に挑む貴女が! 自分と自分の家族を口汚く罵られているのを聞きながら、“冷静”になり、その場をすぐに離れて自分の席に戻った。
……これ、不自然ですよね!?」
「え。は、はあ」
まあ、自分らしくないと思うけど。だって、暴れたら父様(と一応兄様)に迷惑がかかると思ったんだもん。
私が頷くと、アージュさんはゼエゼエ興奮しながら、また指をパチンと鳴らした。
「はい、じゃあ次は本来起こるはずだった歴史の光景を映しますよ。見ていてくださいね!」
壁の光景が消えて、また映る。
再び壁にはりつく私が登場する。
そして今度は、場面は私が張り付く扉の中——小ホールへと移った。
華やかな大ホールと異なり、小ホールは艶のある木目をベースとした、瀟洒で落ち着いた内装となっていた。チェスやビリヤード台が置かれているけれど、どちらかというと、お酒を楽しむための場所であるようで、壁側には酒瓶の並んだ棚が置かれている。
室内には寛げるようにいくつも椅子やソファが並べられていて、公爵と貴族組が、そこに腰掛けワインを片手に笑いあっていた。
憎らしい声が、再度響く。
「武人といっても先祖は傭兵あがりのならず者だろう。新婦の父親を見たが、山賊みたいななりをしていたじゃないか」
「クリュセルド、気を付けろよ。目を光らせておかないと、家中の金品が掻っ攫われて屋敷が空になるぞ。それで残されるのが山賊の娘じゃ、ちと割に合わないからな」
……そして、どっと笑い声。
細かな装飾を凝らした衣服の上で、貴族組たちは顔を卑しく歪めてゲラゲラと笑う。
そんな中。彼らの中心で、公爵がぽつりと漏らした。
「……限界だ」
……え?
「今の私の発言は、どう考えても許されるものではない。一度口にした言葉を、撤回することはできないが。……これ以上は、限界だ。悪いが、席を立たせてもらう」
そう言って、公爵は立ち上がりその場を去ろうとする。その肩を、貴族組の1人が慌てて掴んだ。
「おい、どうしたんだよ。あんな田舎娘と山賊にわざわざ義理立てしているのか? ヴラージュ公である君が、そんな気を遣わなくてもいいだろう」
「私の発言に合わせてそう言っているのであれば、申し訳ないが撤回してくれ。サイラス・バルド殿も、またそのご子息たちも、並ならぬ剣豪だ。我々ごときが侮っていい存在ではない。
それに……。カトレアは、素晴らしい女性だ。辺境の出身であることは確かだが、それの何が彼女を損なう要素になるのか。
今回の婚姻は、そもそも一度はサイラス殿に断られ、それでも私が無理を言って実現させたものだ。本来私が彼女を貶めるなど、あってはならないことだった。己の愚かさに反吐が出る。君たちも、私の機嫌をとろうとしてそのような発言をしたのだろう。発言の内容を翻して、責めるつもりはない。
今日はこれで……終わりにさせてくれ」
「待てよクリュセルド。この前のパーティーで、子供が必要だから丈夫な女を用意するって王妃殿下に説明していただろう? あれは何だったんだ?」
「高位貴族の中に、下級の連中を紛れ込ませるような真似をしたんだ。正当な理由がなくちゃ、諸侯が黙っちゃいないぞ」
「彼女が好ましいから、娶った。それ以上に正当な理由があるのか」
「はあ? そんなガキみたいな理由で、あんな犬っころみたいな女を? まさかお前、ライゼル・ロッソだけでなく、あの山賊連中まで騎士団に紛れこませる気じゃ——うわぁ!?」
公爵は、自分の肩に置かれた腕を掴むと、軽く捻り回した。
貴族組の体は、簡単に宙を舞い、酒瓶とグラスを道連れに床へと叩きつけられた。
派手な物音が室内に響く。
突然天井を拝むことになった貴族は何が起きたのかわからず、目をぱちくりさせている。
その姿を、公爵は眼光鋭く睨みつけた。
「カトレアはヴラージュ家の正当な花嫁だ! それ以上、彼女と彼女の家族を愚弄するつもりならこの私が——」
「たのもう!」
何だか公爵が格好良さげな台詞を口にしようとしている途中で、扉が勢いよく開かれ、私が登場する。
……はい?
「カトレア!? どうしてここに……」
「全部聞いていました。もう我慢なりません! 貴族だか騎士だかわかりませんけど、そこまで言うなら山賊の娘が相手をしてやろうじゃない!」
「え……なにこれ」
「これが、本来の歴史ですよ」
「え?」
私は隣のアージュさんを見て、それからまた壁に目を戻す。
小ホールの中で、大乱闘をおっぱじめようとするも、ドレスの裾を踏んづけて転がる私。その私に巻き込まれて一緒に床にダイブする貴族。その貴族に奇跡的な角度でぶつかって、宙を飛ぶワイングラス。その中身を頭から浴びる別の貴族。茫然とする公爵。
愉快すぎて目も当てられない光景が、眼前の壁で煌々と輝いていた。
「え……なにこれ」
つい、同じことを口にしてしまった。これしか言えなかった。
「これが、本来の歴史なんです」
アージュさんも、念を押すようにもう一度言う。
ぼけっと画面を見つめる私を哀れに思ったのか、アージュさんは指を弾いて一度壁の光景を消した。
「本当なら、貴女はちっとも冷静にならず扉に張り付き続け、旦那さんの真意と、それを馬鹿にする貴族たちの言葉を聞くはずだった。そしてとうとう我慢できなくなり、パーティー中にもかかわらず、小ホールでずっこけ、大惨事を引き起こすことになったんです」
「で、でも」
「悲惨すぎて可哀想なので、この先はお見せしませんが。貴女は大惨事について、父親にそれはもうこっぴどく叱られ、萎れた後に旦那さんと2人で招待客に謝罪をして回ることになります。
そうした頃にはもう日も暮れ、人生最良の日であったはずの結婚式は、残念なかんじで幕を閉じる……と。まあ、そういう意味では、貴女が実際に経験した結婚式は、対外的に見たらそんなに悪くなかったんじゃないですかね」
「……」
「……しかし、これをきっかけに、貴女は旦那さんへの誤解を解くことができた。
カトレアさん。自分のことを好きだと言ってくれるお金持ちの男前が目の前に現れたら、貴女はどうします?」
「……好きになる」
「はい、正解です」
……なんだろう。もう、魂を吸われたように、力が湧いてこない。
「貴女たち夫妻は晴れてしっかり両想いになった。そして謝罪行脚が終了したあと、そのまま仲良く2人っきりで過ごす。
そうすると、貴女を殺す予定だったライゼル・ロッソはどうやっても貴女に近付くことができない。そして貴女は、自分に殺意を抱く誰かがいるなんてことも、屋敷に暗殺者が潜んでいるなんてことも知らず、翌日の朝を迎える。
……本当は、こうなるはずだったんです」
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