第18話ループ7+α -1



 よくよく考えると、とんでもない人と接触した気がする。アージュさんがあまりに頼りないお兄さんすぎて、つい普通に接してしまったけれど……。


 目の前に現れる柱に少しほっとしながら、私は——えっと、50回目くらいのループを迎えた。


 やや闘気は削がれたが、やることは決まっている。

 黒布の男——ライゼル・ロッソとの全面対決だ。

 とは言っても、もう寝室での決闘はやらない。アージュさんに怒られたし。


 この時間なら、まだあの男は兄様と部屋にいるはず。しかも、私の真下で!

 そう思うと、また闘志が湧いてきた。私は足元を強く睨みつける。そして、何度も強くステップを踏んだ。響け、私の思い。










 私は渋い顔をする侍女たちを巧みな話術で説得して、西棟2階、ライゼルさんの部屋へと向かった。私のお目付として、お馴染みイネスが後ろに控えている。


 忌まわしき暗殺者との対峙の前に、1つ深呼吸。そして、ドアをノックする。

 しばらくすると、扉の隙間からブロンドの男が顔を覗かせる。


「……おや」


 ライゼルさんは、私を見て心底驚いたような顔をした。

 彼が武装していないことを確認して、私は燃え上がる闘志を懸命に抑えながら、にっこり笑ってみせた。


「夜分遅くに失礼します。ライゼル・ロッソ様ですね?」

「あ……ああ。君はカトレアさんだね。どうしてここへ?」

「ふふ。兄がライゼル様のお部屋にお邪魔しているのではと思いまして。兄と話をしたいのですが、中に入ってもよろしいでしょうか? ふふ」

「……どうして、兄君が私の部屋にいると知っているのかな」


 あ、そこらへんの言い訳を考えていなかった。

 せっかくお淑やかなふりをしてライゼルさんの警戒を解こうとしていたのに、これはしくじった。私は頭を回転させて、渾身の誤魔化しを練り上げる。


「兄妹の絆ですわ。兄様と私は、離れていても互いの場所が分かるのです。ふふ」

「……そ、そうか」


 納得できないが、面倒臭いからツッコむのはやめておこう。ライゼルさんの顔がそう言っている。

 くうぅ。こいつに面倒臭い奴認定されるのは非常に不本意だ。だが華々しい断罪イベントのため、今は耐え忍ばねば。


「中にどうぞ。ハルトリス殿は奥にいるよ」

「ふふ。それでは失礼します」


 テレサに待機するよう伝えて、室内へと入る。ライゼルさんの横を通るとき、緊張の臭いがした。


「ああ? お前どうしてここにいるんだよ」


 部屋の奥、暖炉前の椅子にぐでーんと腰掛けていた兄様が、私を見て声をあげる。早速兄妹の絆設定が台無しになった。さすが兄様。私のやることなすことを全て否定してくれる。


 でもいい。3回目のループで悪いことをしてしまったから、今回は兄様に優しくすると決めたのだ。

私は兄様の問いには答えず、素早く兄様を背に隠すようにすると、ライゼルさんをまっすぐと見据えた。


「……ライゼルさん。実は私、ライゼルさんとお話しするためにここを訪れたんです」

「え……? そう、なのか。私に何の用かな?」

「いえいえ。ライゼルさんの方が私に用があるんでしょう。私にどんな用事があるのか、ここでぜひ教えてください」

「はは……。君とはいつか、クリュセも交えてゆっくり話をしたいと思っていたけれど。特にこれといった用事はないかな」

「やれやれ。あくまでも白を切るつもりなんですね」


 ならばはっきり言ってやる。

 私は、ライゼルさんをびしっと指差すと、お腹に力を込めて、声を張り上げた。


「犯人は、お前だ!」


 ライゼルさんはまず、きょとんとマヌケな顔をする。しばらくして、私の言葉の意味を悟ったのか、貼り付けていた優しげな笑みをすっと消した。


「……犯人? それはどういうことかな」

「恍けたって無駄です。貴方が今夜主寝室に忍び込み、私を暗殺しようとする残酷無慈悲な暗殺者だってことは、既に分かっているんですからね」

「っ!」


 おおっ、ライゼルさんが明らかに動揺した。

 唇がわずかに震えて額から汗が一筋垂れるのが見える。ここで一気に畳み掛けなくては!


「その動揺が何よりの証拠! さあ、神妙にお縄につきなさい!」


 ゴン!!!


「あいだぁ!」


 脳天に久しぶりの痛みが走る。


 もしかしなくても兄様の拳だ。


「ひどい!」

「ひどいのはお前の頭だ、馬鹿」


 これまでにないほど兄様が目を釣り上げて、私を見下ろしている。

 しかしここで引き下がっていられない。私は兄様に負けない勇気の持ち主なのだ。


「私は意味もなく人を犯罪者扱いしません。ほら、見てくださいよ。ライゼルさん、さっきから変な汗をかいてアワアワしているでしょう。反論もないじゃないですか」


 私が言うと、兄様はライゼルさんをちらりと見て、また私に視線を戻す。


「お前がアホ過ぎて言葉を失っているだけだと思うぞ」

「もう! どうして兄様はさっきからその人の肩ばっかり持つんですか!」


 じれったすぎてイライラする。いっそライゼルさんが逆上して襲いかかってきてくれればいいのに。丸腰のライゼルさんからなら簡単に殺されない自信がある。


「もし全てがお前の言う通りだとして、だ。ライゼル殿がお前を殺す動機はなんだよ」

「あ、それ私にもよく分からなくて。どうしてですか、ライゼルさん!」

「……頭が痛い」


 脳筋のくせに、兄様は額に手を置きため息をつく。

 でも私だって本当に分からないのだ。ライゼルさんに恨まれるようなことなどしていないし。

 けれどライゼルさんは、どうしても私を殺したいと思っている。その理由は、本人が話してくれなきゃ解明できない。


「とにかく、今夜この人は主寝室で顔を隠して待ち伏せして、何も知らず部屋に入った私を殺すつもりでいたんです。あ、毒も使うはずですよ。ナイフの毒に、あとすっごい息が苦しくなる毒ガス」


 私が言うと、またライゼルさんが目を見開いた。

 どうしてそこまで、なんて思っているのだろうか。味わったからだ。

 

「その暗殺計画は無理があるだろ。主寝室で待ち伏せしていたら、ライゼル殿はお前より先に婿殿と鉢合わせしてしまうだろうが」

「主寝室に公爵はいません。あの人は初めから主寝室に向かってなどいないのです」

「はあ……?」

「理由はわかりませんが、きっと今頃公爵は図書室だかどこだかに引きこもっていることでしょう。そしてこの人は、どうしてかそのことを知っていた!」

「あのなあ、レア。婿殿はちゃんと寝室に向かったはずだぞ」

「そう。だからこそこの人は堂々と主寝室に忍びこむことができ——って、え?」


 公爵が、主寝室に向かった? どういうこっちゃ。というか、兄様がどうしてそんなことを知っているの?

 思わぬ回答に私が次の言葉を探していると、兄様は隙をついて私を掴む。そして私の頭を無理やり降ろさせ、自身もまた勢い良く頭を下げた。


「申し訳ない、ライゼル殿。緊張やらなんやらで、妹は少しおかしくなっているようだ。後でよく言って聞かせておくから、この場はどうかご容赦いただけないか」


 兄様が話しかけると、ずっと黙ったまま私を見つめていたライゼルさんが、弾かれたように顔を上げた。そして、嘘くさい笑みを顔に貼り付ける。


「あ……ああ。日中の結婚式で、疲れてしまったんだろう。私は気にしないよ。……君も大変だな、ハルトリス殿」

「まったくお恥ずかしい」

「ちょっと待って、兄様! 話はまだ——」


 お開きの空気を元に戻そうと、私は頭から兄様の手を剥がして声を上げる。しかし兄様は、すかさず岩のような手で私の口をガバッと覆う。


「ふむふー!」

「よーしよしよし、落ち着けこの馬鹿。喋るんじゃねえぞ、この馬鹿」

「ふむふむんふん!」

「そうだな、反省しているんだな。じゃあそろそろ行くぞ」


 兄様は片手で私を持ち上げると扉へと向かう。そして部屋を出る前に、もう一度頭を下げた。


「ライゼル殿、本当に申し訳なかった。こいつは馬鹿だが、いつもはここまでの馬鹿ではないんだ」

「そう畏まらないでくれ。また明日会おう」


 これじゃあ明日は来ないのに。

 漸くとらえたと思った真犯人が、どんどん遠ざかって行く。


 私は懸命にもがいたが、バルト男子に抗えるわけもなく、ライゼルさんの部屋を後にするのだった。

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