第16話ループ6+α



 バルト家のご先祖様は、元々ただの流れの傭兵。高貴な血筋どころか正規兵ですらなかった。しかしご先祖様は数百年前の戦争で鬼神のごとき戦いぶりを見せつけ、次々と名のある敵国の騎士をぶった切っていくと、最後は敵将の首を落とし王に直接献上したという。

 その時の様子なんて知りようもないけれど、現場はドン引きムードだったんじゃないだろうか。


 ご先祖様を信頼し国境を守らせようと思ったのか、それともおっかない異国の傭兵となるべく距離をとりたかったのか。当時の王様は褒美として、ご先祖様に爵位と国境近くの土地を領地として与えた。それが今のバルト家の始まりである。


 それからバルト家は多くの戦士を輩出してきた。というか、バルト家に生まれた子供は男女例外なく戦いの英才教育を受けるのが習わしだった。

 多分そんなに領地運営が上手じゃなくて収入も少ないから、代わりに武力で国に貢献しようぜってみんな考えていたんだと思う。我が一族は結構短絡的なのだ。


 叔母様もお祖母様も子供の頃から剣の修行をしていたという。それでお祖母様なんかは、女性ながら王都の上級騎士になって、数々の伝説を残したあと、戦場で出会った兵士を婿として故郷に連れ帰り、子供を3人産んで彼らに自ら稽古をつけた。


 だから私も当然兄たちに混じって剣の修行ができるものと信じていた。憧れのお祖母様みたいに立派な女騎士になれるものと思っていた。

 けれど……。父様もお祖母様も、私が剣を持つことを許してくれなかった。


「カトレア。人には向き不向きというものがあります」


 夢を阻まれ泣きじゃくる私に、お祖母様は言った。


「確かに、バルト家の人間は武術を学ぶのが古くからの慣例です。ですが時代も変わり、今や剣以外の才能も多く求められるようになっています。剣術がなくとも、貴女には沢山の才能があるはずです。それを伸ばすよう精進なさい」

「沢山の才能……。私には、どんな才能があるのですか」

「……。それを知るための精進です。皆の言いつけを守って頑張りなさい」


 思い返すと、随分適当なことを言って誤魔化された気がする。

 どうして私が剣を習ってはいけなかったのか。お祖母様は2年前に亡くなってしまったから、今やその真意を聞くことはできない。


 とにかくそういった経緯があって、私はバルト家の人間としてはかなり珍しく武術の心得が全くない。


 でも、稽古を見学することは特に禁じられていなかったから、毎日齧り付くように兄様たちが剣を振るうのを眺めていた。

 父様が兄様たちに話す戦いの心構えなども、一言一句聞き漏らさないようにしていた。

 

 だから戦えないなりに、相手の強さだとか、戦いの癖を分析することができる(これを言うと兄様たちは調子に乗るなと怒るけど)。戦士を前にしても、物怖じしない度胸だってある。ついでに、過酷な田舎の環境で育まれた、強靭な足腰と体力もある。









 右! 左! 左! 上! 右!


 次々と繰り出される剣戟を躱していく。


 突如現れた暗殺者——黒布の男が卓越した剣術の使い手であるということは、もはや疑いようのない事実だった。


 予想がつかない剣捌き。無慈悲かつ正確に急所を狙う技術力。人間離れした体の動き。

 力と度胸で敵を薙ぎ払う、バルト流とは全く異なるタイプの戦闘スタイルだ。


 通常であれば、私など初撃で貫かれてしまうほど鋭い攻撃の数々。


 だがこの男の剣を受けるのはこれが初めてではない。


 5回目のループで決意して以降——私は、幾度となく主寝室を訪れ、男と相対した。


 殺され、新たなループが始まり、また殺される


 誰が犯人かなんて、いくら考えても分からない。どう推理すればいいかも分からない。

 けれど私には、ループがある。


 幸いなことに、犯人と直接会うのは非常に簡単だ。寄り道せず主寝室へ行けばいい。

 そして暗殺者の戦いの癖、攻撃の順番をつぶさに観察し、覚える。殺されたら新たなループに入り、同じことをする。

 その積み重ねで、ヘボな私でも男の攻撃を少しずつ躱すことが出来るようになってきた。


 ループの限度回数なんて気にしない。犯人の姿を暴く前にループが終わり死んで終了、となったらこちらの負けだ。だがループが続く限り、私は何度でも犯人に挑む。

 ループが尽きるのが先か、私が犯人を暴くのが先か。チキンレース上等である。


「あ」


 なんて考えていたら、避ける方向を間違えた。逃げ場がなくなり、真正面から斬撃が襲いかかってくる。









「いったぁ……」


 そして現れる柱と侍女たち。また死んで新たなループに入ったのだ。

 ここまで来るともう慣れっこで、柱から離れて鏡台の前に座り、さっさと侍女たちに身支度を済ませてもらう。


 痛いし、恐怖はある。私だって乙女だ。胸を焦がす傷みは甘酸っぱい恋レベルに留めておきたい。けど、負けられないという強い意思が私を突き動かした。

 

 暗殺者への直接対決を始めて、もう……えーと、10回ちょっとかな。回数は忘れたけれど、度重なる死闘で、私の感覚は確実に研ぎ澄まされていっている。自分の中のバルトの血が、ぐつぐつと煮えたつのを感じる。


 1つ分かったのは、この暗殺者は一手一手確実にこちらの急所を仕留めにきているということ。浅い傷をあちこちにつけて、私を甚振ろうとする素振りは全くない。

 ここまで私に攻撃を避けられても、獲物を一撃で仕留めようというスタンスを変えないのは少し不思議だ。

 ただ、この傾向を掴めたことで、相手の攻撃が格段に読みやすくなった。


 男の剣技、攻撃の息遣い、溜の癖を何度も頭の中で反復しながら、また私は主寝室の扉をくぐる。


 そして命がけのダンスを男と踊るのだ。

 ……ちょっと格好良く言いすぎた。


「上、上、下ぁ!!」


 つい気合いが入りすぎて、避ける方向を叫んでしまう。暗殺者がちょっと驚いて剣の動きがぶれるのが分かった。驚かせてごめん。 


 しかし、避け続ければいつか隙が生まれるものと思っていたけれど、いつまで経っても男に近寄ることすら出来ない。とにかく顔を覆う黒布を引っぺがして、こいつの正体を明らかにしたいのに。


 そういえば、今この男は私の声に驚く様子を見せた。試してみてもいいかもしれない。


「どうして私を殺そうとするの?」


 後転して男から距離をとり、語りかけてみる。当然だけど、答えは返ってこない。

 というか、その隙にぐぐっと距離を詰められた。


「誰かに頼まれた——おわぁ!」


 すんでのところで迫り来る刃を躱し、更に続ける。しかし声をかけて動揺を誘う作戦にあまり効果はないようだった。


 こんなすごい剣の使い手相手に、小細工はやはり通用しないか。というか、これだけの腕を持ちながら、私みたいなちんちくりんを殺すために剣を振るうなんてなんと勿体ない。こんな所にいないで竜でも倒しに行けよと思う。


 黒布の男はこちらの憤りなど御構い無しに、鋭く、そして美しくすらある剣技を、惜しみなく私へと繰り出す。


 まずい。


 男の剣が私の心臓を捉えたのが分かった。世界がスローモーションになって、剣先が私の胸に一歩また一歩と近づいてくる。これを避けることはできない。また、次のループが始まってしまう。


 ——その時。

 苦し紛れの行動だったのか。天から啓示が降ってきたのか。それとも私の隠された才能がフル回転して、最適解を導き出したのか。


 気付けば私は男の背後を指差して、さも驚いたように、声を張り上げていた。


「あっ、セレニアちゃん! どうしてそこに!」


 こんな夜更けに、セレニアちゃんみたいな正統派お嬢様が兄夫婦の寝室に潜り込んでいるはずがない。こんなアホな子供騙しに引っかかるような馬鹿もいるはずがない。

 死ぬ間際に何てひどい苦し紛れだと、自分で言って後悔した。


 ……しかし。


 黒布の男は確かに動揺し、一瞬注意を背後に向けた。

 何故だろうなんて気にしていられない。私は渾身の力を足に込めて、前へと踏み出した。


「——っ!」


 男がわずかに息を漏らし、剣を突き出した。だけど怖気付いて避けるものか。

 そのまま私は男の顔に手を伸ばす。


 迷いが生じた男の剣は、私の胸ではなく肩を裂いた。熱い痛みが右肩に走る。それでも私の手のひらは、憎き暗殺者の顔を掴む。


「とったぁ!」


 男の顔から布が剥がれて、はらはらと錦糸のようなブロンドが零れ落ちる。

 布の間から現れるのは、端正な美貌。

 兄様と楽しそうに笑っていた、綺麗な声の騎士様。


「ライゼル……さん?」


 驚きで、私は逃げ回るのも忘れてライゼルさんの顔をまっすぐと見た。

 ライゼルさんは顔を隠すように慌てて俯いて、だがすぐに私を睨みつける。


「君に恨みはないが……許せ!」


 ぼけっとしていた私の胸に痛みが走る。一瞬だった。

 何度目かすら忘れた死に近付きながら、私は心の中で叫んだ。



 許すわけないだろ!!

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