第13話ループ4-3
引き摺られるようにして、中央棟3階へと向かう。目的地らしき一室に到着すると、中に入るよう促された。
「ここに公爵様がいらっしゃるの?」
「おそらく」
セレニアちゃんにじっと無言で見つめられる。はよ中入れって圧がすごい。
仕方なく私は扉を小さく開けて、中を覗き込んでみた。
壁一面にぎっしり敷き詰められた本が目に飛び込んでくる。中は書斎——というか図書室のようだった。部屋の中央にはお高価そうなテーブルと大きなソファがあって、なんとも瀟洒な雰囲気を醸している。色んな意味で、よく眠れそうな部屋だ。
そして、本を片手に、壁にもたれて立つ1つの影があった。
「……あ」
「……」
影とばっちり目が合う。
セレニアちゃんと同じ、銀色の髪——クリュセルド・ヴラージュ公爵閣下だった。
第一容疑者を前にして、私は固まる。まさか本当にいるなんて。
同様に公爵も、突然顔だけ覗かせた私を見て硬直しているようだった。
「……どうしてここに」
「私がご案内したのです」
セレニアちゃんが言って、図書室に踏み入る。
妹の姿を見て、公爵は眉間に皺を寄せた。
「お前か。どうして私がここにいると分かった。ライゼルに聞いたのか?」
「いいえ。ただ、お兄様は落ち込む時といじけている時いつもここにいらっしゃるので」
「……」
公爵は黙る。容赦ないセレニアちゃんの言葉にちょっとダメージを受けているのだろうか。それならいい気味だ。
「あんまりではないですか。どうしてお義姉様を放って、こんなところで油を売っているのです」
「どうでもいいだろう、そんなこと」
「またそうやってはぐらかそうとする!」
サファイアブルーの瞳をキリキリっと釣り上げて、セレニアちゃんは両手を腰についた。
「お義姉様は今日初めてこの館にいらしたのですよ。慣れない場所に1人嫁いできた妻を放置して、“どうでもいい”? お兄様はいつからそんな薄情者になったのですか!」
密かに脱走計画を練っていた身としては少し肩身が狭くなるような庇われ方だったので、黙って事の成り行きを見守る。
公爵は特に逆上して暴れることもなく、静かにセレニアちゃんを見て、すぐまた本に視線を落とす。そして小さく「お前の言いたいことは分かった」とだけ呟いた。
しばらくセレニアちゃんはじとーっと公爵を見つめていたが、最後は深くため息をついた。
「まあいいでしょう。お邪魔でしょうし、私は退散させて頂きます。お二人でしっかり話し合ってください。——ではお義姉様、失礼します。また今度、ゆっくりお話ししましょうね」
「え? え?」
セレニアちゃんはひらひらと手を振って、図書室を出て行ってしまう。途端に室内はしんと静まり返った。
押し黙る公爵と、出て行くタイミングを逸した私。
何とも気まずい空気が流れる。完全に置いていかれてしまった。
こんな状態で何を話し合えって言うんじゃい。
……でも。
城館を離れる前に、ある程度公爵の嫌疑について確かめておく必要はあるか。
この場所なら公爵に襲い掛かられてもすぐ逃げ出すことが出来るし、あまり危険はないはず。揺さぶりをかけるなら今がチャンスだ。後々真相を明らかにするためにも、情報収集は出来るうちにしておかなければ。
私は意を決して、こちらの方から切り出してみた。
「ヴラージュ公爵、こんな所で何をしていらしたのですか。主寝室で私をお待ちになっていたのでは?」
「君には関係ない」
関係あるだろうが!
不機嫌そうにそっぽを向く公爵を怒鳴りつけたい衝動に駆られるが、じっと堪える。
私は大人。そしてお義姉様なのだ。この程度のことで取り乱していては様にならない。
それに怒鳴って、使用人たちに居場所を悟られたくない。
「一応、今夜はヴラージュ公爵の寝室にお邪魔する予定でしたので。お部屋にいらっしゃらないならいらっしゃらないで、一言かけて頂きたかったのですが」
「今日は気分が乗らなかったから、部屋に行くのをやめただけだ。君も自室で休むといい」
「ん? となると、ヴラージュ公爵は今日一度も主寝室には行っていないのですか?」
「……そうだが」
そうなると、根本的な推理が崩れてしまう。
私は公爵こそが犯人であると考えていた。だってこの人の寝室で刺されたわけだし。
けど、寝室に行っていない、となると……どういうこっちゃ。この人私のこと殺せないじゃない。
嘘をついているっていう可能性はあるけれど、それも微妙よね。私に殺意があるなら、この場で殺しにきてもいいわけだし。ここでなくても、「一緒に寝室に行こうぜ」って私を主寝室に連れて行って、中でサクッと殺すという手もある。
これまで殺されて来て、犯人が私に対して明確な殺意を持っているっていうのは理解した。だから、今目の前にいる公爵の反応は——私を殺して来た犯人像と一致しない気がする。
なんていうか、拒絶されている感が強い。こう、ぐいぐい殺しにくる意欲が感じられない。
ちょっと怖いけれど、更に探りを入れて見るか。
「単刀直入に聞きます。ヴラージュ公爵、貴方は私のことを殺そうって考えていませんか?」
「……は?」
公爵のお綺麗な目が点になる。本気で驚いているようだった。
「君は何を言っているんだ」
「ちゃんと答えて下さい」
「……私が君を殺す理由などないだろう」
「そうですか? 少なくとも、貴方は私のことを良くは思っていませんよね」
「……」
ずばっと言ってやった。
公爵は少し沈黙をためてから言う。
「……どうしてそう思う」
「あからさまに私のことを避けているじゃないですか。話しかけても無視するし目も合わせないし。今日の夜だって気分が乗らないなんて言って」
これで、「あたし、愛されてる♡」なんて考えられるほど私の頭はお花畑じゃない。
嫌われて結構。だけど、犯人を割り出すためにもこの人の真意は把握しておきたかった。
「君の方こそ、私のことが気に入らないようだ。先ほどからずっと敵意を感じる」
「それは——」
またはっきりしない返答。おまけに腹が立つ物言いだ。
馬鹿にされた上に冷たくされて。おまけに私殺害事件の第一容疑者。そりゃ敵意もモリモリ湧いてくるものだろう。
自分から嫌われるようなことをしているくせに「お前俺のこと嫌いなんだろ?」と言うなんて、もう喧嘩を売っているとしか思えない。
この人と会う前に、セレニアちゃんと会話しておいて良かった。セレニアちゃんの洗練されたお嬢様オーラにあてられて、今は多少ムッとすることがあっても腹の中にとどめておくことが出来る。
そもそも私はこの人と言い合いをしようなんて思っていないし。
今の目標は生き延びることだ。公爵から聞きたいことは聞けたし、もうこの場所に用はない。危険は回避!
「それじゃあ、私たちお互いが気に入らないってことで。今日はもう遅いので、お言葉に甘えて自分の部屋で寝ますね」
「……」
公爵は答えない。まーた無視ですか。もういいけど。
公爵に背を向けないようにささーっと扉の方へ移動する。そして図書室を出ようとして、最後に物は試しと尋ねてみることにした。
「すみません。厩舎の場所はどちらになりますか?」
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