第12話ループ4-2
流れるような見事な銀髪に、宝石のようにきらきら輝く碧眼。全てのパーツが完璧に配置された、美しく神秘的な顔立ち。
見間違いようがない。この子はセレニア・ヴラージュ様。公爵の実の妹だ。
「やっぱり、お義姉様ね。どうしてこんなところに?」
「え……えっと……」
天使みたいな美貌が迫って来て、ついついたじろいでしまう。
「お、お城の中を見学していたら、侍女とはぐれて迷ってしまって……」
なかなかレベルの低い嘘をついてしまった。こんな夜中に花嫁が婿そっちのけでお城見学なんて話、誰が信じるというのか。
セレニア様はしばらく私の嘘にぽかんとしていたが、やがて全てを包み込んでくれるような、柔らかな笑みを浮かべた。そして、背後の扉を手で示す。
「それではお疲れでしょう。ここ、私の部屋なんです。良かったら中でお話ししません?」
「は、はい……」
断るべきなのに、何故か頷いてしまった。
導かれるがままセレニア様の部屋に入り、ふわふわのソファに座らされる。そしてセレニア様は、向かいの椅子に腰掛けた。
「ふふ。ずっとお義姉様とお話ししてみたいなって思っていたんです」
セレニア様が天使みたいな美貌をにこにこさせる。それだけで私は蕩けてしまいそうになる。
うう、可愛い。可愛すぎる。
この世にはこんな美少女が存在するのか。公爵も顔だけはかなりハンサムだった。子供がこれなら、ご両親もきっと美男美女だったのだろう。
——確か、8年前に事故で亡くなったと聞いたけれど。
「ごめんなさい、セレニア様。こんな時間に迷惑ですよね」
「迷惑だなんて。むしろすごく嬉しいです。それにセレニア様、だなんてよしてくださいな。家族になったのだし、私のことはセレニアとお呼びください」
「へ? じゃあ、セレニア……ちゃん」
「はい」
名前を呼ぶと、はにかみながら返事をしてくれる。
この子は人心掌握術とかそういうスキルを身につけているのだろうか。
さっきから私の心臓はバクバク言いっ放しである。もうセレニアちゃんの言うことなら何でも聞いてしまいそうだ。
「てっきりこの時間は兄と一緒にいるものと思っていましたが……。もしかして、兄が何か失礼をしましたか?」
「い、いえ。そんなことは」
あるけど、セレニアちゃんに言うべきではないので黙っておく。失礼なら私もこの城館の人々に色々と働いているし。
「私、体が弱くて社交界にも顔を出さないものですから、年の近いお友達がいないんです。だからお義姉様がいらっしゃるのを、ずっと楽しみに待っていたんですよ。いつか仲良くなって、お喋りしながら夜更かしできないかなって。それがこんなに早く夢が叶うなんて。嬉しい」
こんな可愛い子に貴女のことを待っていました、なんて言われたら舞い上がるなっていう方が無理な話だ。ついつい口元がにやけてしまう。
……まあ、実際に私のことを待ち受けていたのは暗殺犯なんですけどね。
「えっと。セレニアちゃんのお部屋があるっていうことは、ここは城館の中央棟……なのかな」
「はい。ここは中央棟の2階です」
主寝室にわりと近い。考えなしに動いたせいで、危ないエリアに入り込んでしまったようだ。ひとまずセレニアちゃんの部屋に身を隠せているけれど、また警戒しながら移動しなくちゃならない。
……だが、これも良い機会だ。公爵に最も近しいと言える人物に接触することができたのだ。折角だから、公爵についての情報を聞き出しておこう。
「あの、お兄さん……ヴラージュ公爵って、どんな方なの?」
「兄ですか? ふふっ」
何故そこで笑う。
「とても面倒くさい人です。口下手で気難しく、頑固なところがあって、あまり融通もききません」
「それはそれは……」
本当に面倒くさいですね、と言いたいのをぐっとこらえた。妹さんに向かってお兄さんの悪口を言うほど私は考えなしではない。
生まれて初めてお義姉様、なんて呼ばれた手前、年上の余裕を演出したかったというのもある。
「でも、とても優しい人なんですよ。いつも仏頂面でいるから誤解されがちですけど。8年前に両親が他界してから、兄はずっと私のそばにいてくれました」
「……セレニアちゃんは、お兄さんのことが好きなんだね」
「はい!」
即答だった。
私も兄たちとは比較的仲が良い方だと思うけれど、「お兄ちゃんのこと好き?」って聞かれても間髪入れず「うん!」とは答えられない。お兄ちゃん大好き♡って言ってる自分を想像するだけで目眩がする。
ここまで素直にお兄さんのことを好きって言えるってことは、兄妹の絆が相当深いんだろうな。
あの失礼でいけ好かない公爵様も、妹君には甘いと見える。きっと妹に愛情を注ぎすぎたせいで、他人にはあんなに失礼で冷酷なんだ。
そう考えると、また悔しさで胸がいっぱいになった。
妹には優しいお兄ちゃんでいるくせに、どうして私のことを貶めたのか。
妹向ける優しさのほんの一部だけでも分けてくれればよかったのに。
「兄は12歳で爵位を継いで、それから多くの重責を1人で抱え込んできました。本当は辛かったはずなのに、妹への見栄があるのか、私の前で弱音を吐いたことは一度もありません。……だから、兄が結婚すると聞いて、本当に安心しました。兄にも漸く、共に歩みたいと思える女性が現れたんだって」
笑って聞き流せないほどの勘違いがセレニアちゃんの口から流れる。
共に歩みたいと思える女性? 一緒に歩くどころか、無視してダッシュされて、置いてきぼりを食らっているのが現状なのだけど。そして私も、現在公爵とは反対方向に絶賛ダッシュ中である。
セレニアちゃんの言うことを強く否定はしたくないけれど、せめて誤解は解いておかなくては。
「いや〜……。公爵様は、結婚相手にこだわりがないようで。私のことも、ただ適当に選んだだけみたいなの。こんな私じゃ、公爵様をお支えするなんてとてもとても……」
「……それは、誰から聞いた話ですか?」
急にセレニアちゃんの表情が、ピンと冷たくなる。
もしかして怒っている? 慌てて言い繕おうとしたけれど、サファイアのような瞳に見つめられると、誤魔化しの言葉も出てこなくなった。
結局、素直に答えるしかなくなる。
「……公爵様が、そう話しているのを聞いたの」
「いつですか?」
「今日のパーティーの合間に」
「……」
セレニアちゃんが黙りこくり、気まずい静寂が続いた。
この子、きっと怒らせると怖いタイプだ。侍女のハリエといい、私はこういう、空気だけで語れる人に弱い。
「……お義姉様」
「は、はい?」
「今から兄のところに行きましょう。しっかり問いたださねば」
「えっ」
公爵のところに? それって、主寝室にってこと?
それはまずい。
あの主寝室は危険だ。もしも犯人が公爵だったら流石にセレニアちゃんにまでは手を出さないだろうけど、私は高確率でぶすぶす刺されることになる。
そもそも今は公爵に構っている余裕なんかない。私はこの屋敷から早く立ち去りたいのだ。
「それは明日にしない? 今日はもう遅いし」
「朝なんて待っていられません」
意外と短気だ。きっぱり言い切られては反論しづらくなる。
「えっと……公爵様も、もうお休みになっているかもしれないし」
「私が叩き起こします」
「……迷惑だし」
「家族ですもの。遠慮する必要はありません」
ううう。セレニアちゃん、可愛い顔をしてけっこうぐいぐい系だ。
そう言えば昼間は、この子がロズナー伯爵夫妻を追い払ってくれたんだった。これで意外と気が強い子なのかもしれない。
「実は私、一度主寝室に行ったんだけど、公爵様はいらっしゃらなかったの。だから居場所もわからないし、時間を改めた方がいいかと思うんだけど」
「部屋にいなかった……?」
どうかこれで諦めてくれ。
少し黙って考え込むセレニアちゃんを前に、内心祈る。
しかしやはり、セレニアちゃんは首を振った。
「兄のいそうな場所は分かります。さあ、行きましょう」
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