第11話ループ4-1
「レア、お前そんなにガツガツ食べていいのかぁ? 来週には結婚式だろう」
「大丈夫です、代謝と体型には自信ありますから。それより、嫁いだらこういうがっつり系の肉料理は滅多に食べられなくなるでしょ? 今のうちに食べ貯めておかないと」
「まあその気持ちは分かるが。王都周辺の飯はお上品すぎて食った気がしないからなぁ」
「モル兄さん、そこで納得するなよ。レアがつけあがるぞ」
……ああ、これは一週間前。式に参加できない長兄のモーリス兄様、次兄のエドガー兄様が、お祝いのため実家に帰って来てくれた夜の会話だ。
あの日はモル兄様が仕留めた大きな猪を、テレサが調理してくれた。
塩と香料をガツンと効かせた猪のステーキ。美味しかったなぁ……。
どうせなら、ご馳走を食べているときにループに突入したかった。そうしたら延々食べ放題なのに。
でも、どうしてこんなことを思い出すんだろう。もしかしてこれ、走馬灯? 走馬灯ならもうちょっと感動的な思い出をピックアップしてよ。
◇
「……」
ループはまた始まる。これで4回目。
適当にテレサたちを宥めて柱から離れると、とりあえず鏡台の前に座った。
「……はあ」
3回目のあの後、トリス兄様は無事に生き延びることはできたのだろうか。丸腰だった上に毒を使われたとはいえ、あれだけ兄様が苦戦しているのを見るのは初めてだった。……私を庇っていたせいもあるか。
今この時間は真下でイケメンとお酒をガハガハ飲んでいると分かっているけれど、それでも心が痛む。
2回目はテレサと侍女たち3人を、3回目は兄様を巻き添えにしてしまった。
私が死んでループに入れば、皆は何事もなかったかのように同じ時間を繰り返すことだろう。それでも、もう他の人が死ぬところは見たくない。
……それに、もし私のせいで誰かが死んで、しかもループが起こらなかったら?
ループの回数が有限である可能性を考えると、もう他の人を危険に晒すような行為はできない。難しいけれど、自分1人で生き残る道を考えなければ。
今のところ夜のうちに死んで巻き戻しが起きているけれど、例えば私が今回の危機を乗り越えて生き延びたとして、70や80歳になって病死や老衰死した場合、巻き戻しは発生するのだろうか。
長生きして大往生じゃ〜、大変な人生じゃった〜なんて言いながら死んだ直後にまたループが始まったら悲惨よね。死ぬってこと自体が楽ではないし、終わりの見えない時間を繰り返すのは拷問のように思える。
……ま、いいや。そうなったら未来の情報を駆使して、ぼろ儲けしてやろう。
「お嬢様、観念しましたか」
テレサに声をかけられて、ようやく自分の身支度が済んでいることに気がついた。
鏡を見ると、前のループでも見た夜仕様におめかしした自分がいる。
柔らかく薄いシルクのドレスに、丁寧に梳いて下ろした髪。うーむ、この格好ではどこにいても目立ちそうだ。でも動きやすい服を用意して、なんて言えば侍女たちの警戒心を刺激することになるだろう。文句は言っていられない。
「分かったわ、テレサ。とにかく1度公爵様とお話してみる。貴女たちに、いつまでも迷惑をかけるわけにいかないからね」
「……随分素直ですね」
テレサが疑いの目を向ける。この1日で私は何回テレサに疑われたか。そこまで信用ないかなぁ、私。
「公爵様のところに行かなければ、ハリエたちが叱られちゃうかもしれないでしょう。一応は私が了承して実現した結婚だし、私の気まぐれで他の人を振り回すのは申し訳ないなって思って」
我ながら良い嘘だ。自分で言って気づいたけれど、私が駄駄を捏ねると後でハリエたちが責任を問われるかもしれないのよね。それは可哀想なんだけど、こっちだって命がけなのだ。その辺りの被害については見て見ぬ振りをさせてもらおう。
「叱られる云々はともかく、用意にかなり時間がかかりました。早く主寝室へ移動しましょう。イネス、奥様をご案内しなさい」
いつもの如く事務的なハリエ。
4回も繰り返していると、今日出会ったばかりの侍女たちの個性も分かって来て、なんとなく親近感が芽生えて来た。
ループを繰り返すと私の好感度ばかりが上がって、侍女たちの好感度はきっちりリセットする。なんとも悲しい話だ。まあ元々リセットされても問題ないような好感度しか稼げていないんだけど。
……それにこれから、私は彼女たちにとっても嫌われるようなことをするつもりでいる。
「じゃあ行ってくるわね、テレサ」
「お嬢様。とにかく今夜は、公爵様の言うことをよーく聞いて、言われた通りにするんですよ。あと基本的には話しかけられても黙って頷いて、にこにこ笑っておくように。喋らなければ、ボロを出すこともないんですから」
おっと、初めてテレサからのアドバイスを聞いた。しかも中々ひどいことを言っているぞ。
だが私は反論せず、黙って頷いてにこにこ笑っておいた。
「ではご案内します」
背中に視線を感じながら、イネスが開けてくれたドアを通る。
そして、イネスが扉を閉めた瞬間——
私は階段の方角に向かって、全力疾走した。
「なっ、奥様!」
背後からイネスの声がするけれど、無視。
階段をほとんど飛び降りるように降りていき、1階につくと本能のまま廊下を駆け走った。
ひたすら進んで、曲がって、また進んで、ようやく振り返るとイネスの姿はない。上手く撒けたようだ。
——思考の末にたどり着いた、生き延びるための最善手。それは、“1人でこの屋敷から脱出する”ということだった。犯人の狙いは恐らく私1人。ただ、時として私を殺すために、周囲の人間に手をかけることもある。
ならば私1人が派手に大脱走をかましてやればいい。そうすれば犯人が周囲の人に手を出す必要もなくなる。
徒歩では屋敷から離れるにしても限界があるだろう。まずは移動手段として、馬を確保する必要がある。
この城館は訪れたばかりでどこに何があるのかさっぱり分からないけれど、厩舎はあるはずだ。城館の外には広大な庭園が広がっているから、外に出て探す必要があるかもしれない。
……で、外へ通じる扉はどこだろう。というかここ、どこだろう。
何も考えずに突き進んだツケが早速返って来た。廊下をふらふら彷徨っていると、遠くからパタパタと複数の足音が聞こえた。
もしかしてイネスたち? 確証はないけれど、急ぐような足運びは、私を探している人のものな気がする。
ふと見ると、上に通じる階段があったため、音をたてないように駆け上がった。上階には、代わり映えのしない廊下が続いている。ううむ、これは脱走以前に屋敷の中で迷子になってしまいそうだ。
とりあえず人気もないしこの廊下を進もう、と思ったとき。
「あら、貴女は……」
後ろから声がした。まずい、見つかった!
慌てて振り返った先には、使用人——ではなく。線の細い女の子の姿があった。
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