第4話ループ1-2
公爵家城館は西棟、中央棟、東棟と3つの建物で構成されている。私の部屋があるのは西塔3階、公爵の主寝室があるのは中央棟。目的地まで長ーい廊下を渡り、渡り廊下も通って、階段を登って歩いて階段を登ってと、移動だけでもそれなりの時間がかかる。
道すがら、すれ違う警備兵が兄様と抱えられる私を見て、ぎょっと顔を強張らせた。
これって晒し者じゃないか。この城で生きていけない理由がまた1つ増えていく。
「うっうっうっ。聞いて、兄様。あの人……ヴラージュ公爵は、私のことをただの都合の良い女って思っているみたいなの。あんな思いやりのない人と、夫婦になんてなれないわ」
「泣くなよ。案外大事にしてもらえるかもしれないぞ。お前みたいなアホを貰ってくれる寛大な方なんだからな」
「そんなことないわ! 私聞いたの! あの人、私のことを従順で頑丈そうな頭の弱い田舎娘って言っていたのよ!」
「そりゃ的確なコメントだな。お前馬鹿で頑丈じゃねえか」
従順かは知らねえが、と兄様。
うう。あんまりだ。
兄様相手だと、情に訴えようとしてもまるで手応えがまるでない。むしろ、辛辣な言葉が返ってくる始末だ。
「……こちらが主寝室になります」
イネスが大きな扉の前で足を止める。兄様は頷いて、「ほれ」と麦袋でも扱うかのように、私をぽいっと投げ捨てた。バルト家の人間は身内に容赦がない。兄弟の中でも年が近いトリス兄様は、特に私に容赦がない。
「に、兄様……」
「婿殿が中で待っているぞ。さっさと中に入れ」
「……一緒に入ってくださいません?」
「冗談じゃない」
兄様は露骨に顔を歪める。
私だって、実の兄同伴で結婚相手のいる寝室にのこのこ入りたくなんてない。けれど1人であの公爵と顔を合わせるのはもっと嫌だった。
「いけません、奥様。この部屋に入ることを許されるのは、旦那様と奥様のみ。セレニア様ですら主寝室に立ち入ることは許されていないのですよ」
イネスのきつーい視線に射抜かれる。ヴラージュ家侍女たちからの好感度は初日にして0に近づいているのを感じた。
……仕方ない。こうなったら直接対決だ。
人の親を山賊呼ばわりするなら、お望み通り存分に野蛮なところを見せつけてやる。
意を決し、扉の中に入る。手を離したとたん、重厚な扉はバタン! と音をたてて口を閉ざした。
部屋の中は真っ暗で静かだった。空気はひんやり冷たい。
寒さのせいで、奮い立たせていた勇気がしゅんと萎んでいく。
「あ、あのー……」
奥に進み、中を伺う。暗闇の中、実家のベッドの3倍以上はあるような寝台がどんと構えているのが目に入った。
窓からは月が顔を覗かせていて、月光を纏ったカーテンが僅かに揺れている。
「公爵さまー……、私、今日お腹が痛くて……」
一応呼びかけてみる。返事はない。待ちくたびれて眠ってしまったのだろうか。
それなら好都合だ。このまま朝まで眠っておいてもらおう。
そう考えて、踵を返す。夫が爆睡していたからって言えば、きっと自室に戻っても咎められることはないはずだ。
——と、考えた瞬間。
腹部に冷たい何かが深くめり込む感覚があった。次いでその部分が、カッと熱くなる。
更に胸にも、同じ感覚が走る。
「あ……ぅ」
熱さが全身に広がる。それが刺された痛みだと気付いたのは、体が崩れ落ちてからだった。
「どう、して……」
疑問が血と痛みと共に溢れてくる。どうして私、刺されたの? 一体誰に?
何とか頭を動かして、頭上を見上げる。
じわじわと不明瞭になっていく視界のなか、鮮烈に光る白い刃と、それを持つ黒い人影が見えた。
もう一度、刃が無慈悲な光を放ちながら私に振り下ろされる。
そこで私の意識は、ぷつんと切れてしまうのだった。
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