第4話 アルプスの少年栄太

 ※注意事項※

 前回も書きましたが念のためもう一度。

 獣(?)が病室にいるシーンがありますが、現実では動物を連れ込むと、

大 問 題 です。病棟全体の大がかりな処置が必要になります。

 この物語内での人狼や狼狽は、現実の獣類と体質が色々違う設定です。院内感染等の危険はない方向でお願いします。


 ――――――――――――――――――――――――――


 秋穂が狽によりそって眠ったころ、狽の頭に声が響いた。


(おい。勝手に俺の体使ってるよくわかんねえ生き物)


 灰色の人狼、栄太の声であった。


(……むにゃむにゃもう食えんからタッパーに………なんだ、我のかたわれ)

(俺の体のレンタル代として協力しろ。早くあいつらを捕まえてーんだ)

(あいつらとはなんだ?)

(この家のおっちゃんをあんな目にあわせた奴らだよ)

(なんだと!?)


 ***



 栄太は小さなころから、公園で偶然知り合ったおっちゃんに、ちょくちょく遊んでもらっていた。まだ成体じゃないので、ハスキー犬でいける。そこにオオカミのプライドはない。

 両親がいないので、おっちゃんが遊んでくれるのは楽しかった。

 中学になり、灰色の髪のことで学校と揉め日々欝々としても、おっちゃんに遊んでもらってるとすっきりした。

 とある日、生まれつきだという証明書があっても「なんとかしろ!」としつこい教師を「無理だっつってんだろ!」とつい突き飛ばしてしまい、教師は地面に転がり、他の生徒がこの光景をSNSで拡散し、学校側は保護者会の要望で栄太を警察に突き出し、なんでそうなるのか栄太にはさっぱりだが、とりあえずおっちゃんと遊んでもらうとどうでもよくなって、すっきりした。

 少年課の担当刑事は「話を聞いて終りだよ。まあ青少年の悩みがあったら聞くよ?」で本当に終わったので、その帰りおっちゃんに遊んでもらって本当にすっきりした。


 だがある日、おっちゃんがこない。匂いをさぐっておっちゃんを探した。

 探し当てた場所は中小企業くらいの会社のビルで、休日のため誰もいない。が。

 防犯カメラが壊れ、警備システムが解除されていることに気づいた。特殊工具で制御盤をいじったのだろう。よその人狼襲来対策にうちで取り付けているのと同じなので、勘付くことができた。プロの強盗が入ったのか。

 中に入ると、おっちゃんが倒れていた。

 急いで人間に戻り、救急車を呼んだ。本当の身元を話すとめんどうなので、机にあった社員の名刺にある名前と会社の住所を告げた。

 そのあと運ばれた病院に忍び込んだり、かけつけた人たちの話をこっそり聞いてわかったこと。

 やはり強盗の仕業だった。その現場に居合わせたおっちゃんは犯人ともみ合いになって、殴られてしまった。その時頭を強く床に叩きつけてしまったのだ。

 それが脳内出血の原因になった。

 おっちゃんは手術をしても危ないかもしれない、とても怖い状態だった。

 真夜中、窓からおっちゃんの病室にこっそり忍び込んだ。唸り声で呼びかけるとおっちゃんは「おーお前か」と言った。

 なんだ意識あるしぜんぜん大丈夫そうだなと、栄太は安堵した。そう思っていたら。


「なあ、犬。俺怖いんだ。俺はもしかしたら、この先後遺症が出て、今まで生きてきて築いたもの、一旦壊れるかもしれない。どうなるんだろうな。嫁と娘、守るはずが、今度から俺が守られる側なんだ。何にもできないってさ……悔しいよ……こんなの悔しいよ……」


 栄太は、大の男が悔しがって泣いているのが、こんなにもやるせないものだなんて、知りたくなかった。

 自分に会いに来ない親やおっちゃん、大人はみんなずるくても、堂々とした存在でいてほしかった。


「ありがとな、犬。聞いてくれて。お前どっしりと構えて渋いから、心強いよ」


 栄太は気づいた。


(そうか、俺を大人扱いしているんだ。だから弱音はいたのか……)


 もっとやるせなくなった。



 翌日。人間の姿で病室の近くでうろうろしてると、傍にいるスーツ姿の団体が、おっちゃんの部下らしいと分かった。


「元のように、元気になりますよね、主任……」

「いや……麻痺は残る」

「そんな……」

「設計図のデータも盗まれて、企画もストップ……どうなるんだろうな……」

「今仕事の話を出さなくてもいいじゃないですか…っ」

「だってこんなのってあるか? 主任が何年もかけた企画だぞ!? それをどっかの奴がひょいっと横盗りして、苦労しないで自分のものにするんだぞ!?」


 その時病室から看護師が出てきて、中の声が聞こえた。


「パパになにしたの?パパはどうなっちゃったの?」

「秋穂大丈夫なのよ、大丈夫なの、大丈夫だから、大丈夫…」


 おっちゃんの娘と嫁だろう女の人の姿が廊下からも見えた。誰も何も言えなくなった。

 どうやら後遺症が現れ始めたらしかった。

 数日後、誰もいないのを見計らって病室に入ると、おっちゃんは変わり果てていた。頭は包帯で覆われ、酸素吸入器やよく分からない管が体に張り付いている。

 寝顔と違う、顔の筋力が全て消えた顔。だらりとした生気のない、涙や唾液を止める力も無い、緩んだ口と瞼。

 本当に、生まれた時から築き上げてきたものが崩壊してしまったようだった。生き方とか尊厳とか、息の仕方すら。そのうえ会社の仕事も……


「なんでだよ……っ!」


 あんまりだ、こんなの。おっちゃんはいい加減に生きてきたわけじゃないのに、なんでこんなことに。


 隣りの公園でぼんやりした。

 そこで自分と同じようにぶらぶらしている女の子を見かける。

 たしかおっちゃんの娘だ。元気づけようと声をかけた。しっかりした子だが、笑顔のあとまた曇り顔に戻ってしまう。その様子を見て、栄太は思った。


(俺がおっちゃんの築いたもの取り返せねえかな……少しでも)


 おっちゃんが倒れていた場所に残っていた匂い。人間でいると忘れるが、オオカミになると思い出す。

 現場は警察がすでに捜査をしているが、自分ならもっと早く手がかりがつかめるかも。

 とはいえ、犯人は車に乗り込んだのだろう、匂いは道路上で途切れていた。

 何か他に手がかりはないか。……そういえばおっちゃんを見つけた時、気になる匂いがあった。

 この辺じゃどこにもない植物の匂い。何の匂いだったろうか、あれは……


 アーループースーいちまんじゃーくー……


 そうだ。アルプス方面にある草と木の匂いだ。

 栄太の父親は外国から来た人狼で、オオカミ時は針葉樹の森の匂いが大好きだった。そして全国の針葉樹の森マニアだった。同じ種目の針葉樹でも、地域の土や気候で微妙に匂いは違うので、小さい頃は栄太も各地の匂い探検につき合わされた。そのうち父は国内では飽き足らず、別の国の針葉樹の森を求め帰ってこない。

 まあくそ親父のことはどうでもいい。

 さっきヤギもどきを見て、この歌がうかんだのは、あの匂いの場所が心のどこかでひっかかっていたからだ。

 犯人についていた匂いだとしたら。

 そんなわけでアルプスに向かった。あの匂いの針葉樹がある場所で限定すれば、大分探し場所は狭まる。

 どんぴしゃだった。そこはアルプスのふもとの、あまり使われていない別荘地。

 会社にあった、針葉樹と混じった人間の匂い。間違いなく、倒れていた時のおっちゃんにも付着していた匂いだ。

 匂いの持ち主たちは、さも怪しげな稼業をしてそうな連中だった。

 さてここからどうやってこいつらを捕まえるか。

 オオカミのままでいると、怒りでかみ殺したくなる。そうならないためのものが体に色々仕込まれているので、変身を解き、とりあえず動画撮影。



***


(で、帰り道、ついでだから大ヤリだかコヤリだかに寄ってアルペン踊りをしたのがよくなかったな。コサックダンスだったけどさ…)

(さっさと目的果たさんかい、バカものめが)

(う、うるせー…オオカミ少年の沽券にかかわる問題だったし……おっちゃんの娘、少しは元気になるかなーと思ったし……)


 だが。実は最初、滑落した。とっさにオオカミに変身したものの、いきおいよく下山、残雪(痛い)にずぼん。


(ほんとうにバカなのだな…)

(るせー…)


 くやしいのでもう一回。が、そこは春なお氷点下の連峰、人間に戻ると体調が徐々に悪化。


(大大大大バカがここに!)

(うるせーっ!俺だってそう思ってるけどやっちまったもんはしかたねえだろ!どーせオオカミでいりゃ治癒力つえーんだし!)

(で、その証拠をどうしたのだ?)


 ふらふらになりながらも、警察署に駆け込んだ。時間外だったが、あの少年課の人がたまたま当直で窓口にいたので、おっちゃんの事、撮影した動画の話をすると、担当刑事に話を回してくれたという流れだった。

 で動画を見せたが。


(『うーーーん』……だってさ。複数の男が別荘にいるだけの映像だから)

(わきが甘いのう。意気込みはよいが、まったくダメダメな子供だのう)

(……えらそーに。お前いくつだよ)

(ふふん、300歳ほどだ。偉いだろう)

(くっ。ともかく、もっと証拠になるもの見つけたいんだ)

(……よし、いいだろう。我も秋穂たちに恩を返したい)


 すでにかなりの日数が経ってる。まだ奴らがいるかどうかわからないが、置手紙をして、向かうことにした。



 狼狽の移動は速くて、らくらくだった。夜明けにはアルプス連峰が見えてきた。

 が。


『そこの不審者止まりなさい』


 !? 


 空を走っているに等しい狼狽に呼びかけるものがあった。

 辺りを見回すと、作業服にヘルメットの男と女が二人。一人は拡張器と何かの機械と思われるもの、もう一人は長い棒を持って立っている。

 栄太はああいう人を見たことがある。山とか道端とかにいてカメラ撮影のようで違うっぽくて棒を立てたり謎のことをしてる人。


 測量士だ。測量士がなぜこっちが見えていてしかも追いつけたのか。


『……なんすか?』

「君、霊道路交通法違反なんですよ。自由走行届、出してる?出してないでしょ。今回は厳重注意、次やったら罰則金発生するからね」

『あああ!!?しまった!』


 栄太は青ざめた。

 こいつがうわさの妖幻霊警察か! 測量士の恰好は世を忍ぶ仮の姿だった!

 室長に叱られる、処刑される。だいたい今まで見たこともなかったのになんで。

 そうか、狼狽になって獣人枠から妖獣枠に変更したせいだ。


(なんなのだなんなのだ!?)

(あのさ、今はこの国、もののけのたぐいとか人外とか増えたから、生活相談とかもいろいろ増えたの。で、公的機関ができたの)


 狽と栄太がごにょごにょ言ってると女の方が「そうですー」と返答。


「いい年こいたバカ霊獣とか神くずれが、自分でどうにもできないからって年端もいかないいたいけな子供に異世界の命運背負わせて行方不明にしたりその他自然界財産の独占破壊行為をするので、我々妖幻霊警察が存在するのですー。歳だけくったバカってどこの業界にもいますからねー」

(きっついのう…)

(仕事のストレスたまってんだろうな…)

「こらこら。一般市民に愚痴るもんじゃない。すみませんねー。ちょっと失礼しますよー」


 もう一人の、上司であろう男がそう言って、測量(?)の棒を狼狽の額に、コン。そしてマイクを無線通信(?)に切り替えて話す。


 ガーッ「えー北アル03から本部、照会お願いします。照会番号わふわふふ32」ガーッ「はい、……氏名・狼狽、区分・妖獣。渡航歴、現時点で入国294年目、あ、ついで犯罪経歴も…」


 渡航歴も犯罪経歴もいつのまにか登録されてる!


(お前300年間へんなことしてないだろうな)

(するわけなかろう! うち280年くらいは寝ていたのだからな!)

(ほとんど意識ねーじゃねえか!よくもさっき偉ぶりやがったな!)

「犯歴ゼロは立派ですねー。でも道交法は道交法ですからねー。じゃないとああいう方たちと衝撃波衝突事故起こしますよー」


 棒で上を指すのでそちらを見ると、竜がぐねぐねと飛んでいて、上空の大気が揺れている。通り道にはすじ雲が出来ていた。


(うげ、気づかなかった)

「はいこれ読んで期日中に講習受けてくださいねー。簡単な講習ですからー」


 茫然とする狼狽に切符……とパンフレットが渡された。パンフレットには『みんなで安心安全!快適空走行!知っておこう霊道路交通法○○年度改訂版』と書かれていた。


(ちくしょう。関係ねえ業界だったのに……)

(はむはむこの紙まずいのう、なんぞ締め付けられる感じだのう)

(食うなヤギ!)


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