第74話 元締め稼業も楽じゃない

「はぁ……」


 珍しく疲れた様子のクリカラに、銀猫は心配そうな顔を向ける。


「お疲れのご様子です、ね」


「最近は依頼が多くて……ね。とはいえ、三件に一件は『グレナダ嬢をたぶらかした男』を暗殺してくれ。加えて十件に一件が『憧れの踊り子をたぶらかした男』を暗殺してくれ。ですけれど」


「あ……は、はは、は……」


 銀猫が渇いた笑いを漏らす。笑うしかない。


最悪イルネス』とグレナダが戦地へ出発したのがおおよそ三週間前。それと前後してひっきりなしに、そんな依頼が飛び込んでくるようになった。


最期の接吻ラストキス』に恋慕する男どもも多少はいるだろうと思っていたので、まあこれは想定内。予想以上だったのはやはりグレナダである。流石は現代のいま剣姫と呼ばれる稀代の女騎士と言ったところか。貴族の子弟には彼女の熱烈なファンが多い。


 婚礼の式典はまだまだ先の話であるし、大々的に公表した訳でもないのに、貴族たちの間では、二人の婚礼の噂で持ち切りらしい。それもかなり悪い噂。曰く、グレナダ嬢は弱みを握られて泣く泣くクズ男の言いなりになっているらしい。怪しげな術を使って、何人もの女を食い物にしている酷い男の毒牙にかかってしまったのだ、だとか。


 どこからそんな噂が広まったのかと、興味本位に調べてみれば、夜な夜な酒場でくだを巻く、チョビ髭親父が発信源らしい。まったく迷惑としか言いようがない。口を塞いでしまうのが手っ取り早いのだが、金のやり取りも無しに命を奪う訳にはいかない。暗殺者は殺人鬼ではないのだ。


 もちろん、『最悪イルネス』の暗殺など、いくら金を積まれても割に合わない。そんな依頼を受けはしないが、相手は大抵どこかの貴族のお坊ちゃまなので、なかなかに聞き分けが悪くて苦労する。親の権威を笠に着て、暗殺者組織の元締めを相手に恫喝紛どうかつまがいの物言いをしたりするのだ。怖い者知らずと言えば聞こえは良いが、只のバカである。とはいえ、やはりそう簡単に命を奪う訳にもいかないので、アラミス公経由で話を収めて貰わねばならないこともあって、裏稼業の割には心労が半端ない。


 クリカラが再び大きくため息を吐くのとほぼ同時に、扉をノックする音が緑のカーテンで囲まれた部屋に響き渡った。


「アラミス公がお見えです」


 聞こえてきたのは、表稼業の方で店を切り盛りしてくれてる番頭ビエルサの声。「噂をすれば何とやらですね」と苦笑した後、クリカラは「お通ししてくださいな」と、返事をして居住まいを正す。


 流石に、上得意さまに疲れた顔を見せる訳にはいかない。


 しばらくすると、ビエルサに導かれてアラミス公が部屋へと入ってきた。正面の席を勧め、向い合せに対峙する。相変わらず陰気な顔つき。髪だけが乙女のようにサラサラなのが、余計に陰湿そうな雰囲気を助長しているように思える。


「最近はよくお見えになりますね」


「うむ、我が婚約者フィアンセを迎えにいく日も近いのでな。なにをどうすれば喜ばせることが出来るのかと、色々調査しているところだ。ここを訪れるのは、あくまでそのついでだ」


「いい加減、嫌われますよ?」


「その点、ぬかりはない。遠くからじっと眺めておるだけだからな。気づかれてはおらん」


 この発言には流石に引く。だがクリカラの表情にドン引きされていることを察したのか、アラミス公はコホンと一つ咳払いをして


「どうだ。何か掴めたか?」


 彼は椅子に腰を下ろすや否や、そう切り出した。


「そんなに簡単には参りませんよ。銀狼フェンリルは、我々も長く追いかけている相手ですし……」


 アラミス公の依頼ははぐれ暗殺者、銀狼フェンリル及びその依頼主の暗殺。


 実はこれまたひと月ほど前から、真夏の夜に人が凍死するという事件が頻発しているのだが、その被害者は、いわゆる王党派の貴族――アラミス公の派閥の貴族ばかりなのだ。余りにも異常な死に方であるが故に、世間は夜の住人ノクターナルの仕業だと噂しているが。そんな依頼は受けてもいないし、果たしてもいない。


 だが、犯人の目星はついている。


 それが銀狼フェンリルである。


 元々は暗殺者としてスカウトするつもりで調べていた相手なのだが、どうにも正体が掴めないまま今に至っている。銀猫の調査能力をもってしても、詳細は分かっていない。手に掛けた死体の状態を見る限り、分かっているのは、初代の『司祭クレリック』に酷似した氷結系の能力の持ち主だということぐらいだ。


「そうか……できるだけ早く処理してもらえると助かる。だが、今日訪れたのは、その件ではないのだがな」


「別の依頼ですか?」

 

「うむ、実は……伯母上がだな……」


「伯母上? ヴェルヌイユ姫殿下ですか?」


「うむ」


 ヴェルヌイユ姫と言えば、現国王の妹にして王位継承権第二位。非常に変わり物で、よわい四十にして未婚の姫である。未婚の姫を呼びならわす処女姫バージンプリンセスという呼び名も、さすがに四十を超えると嫌がらせとしか思えない。


「伯母上が……戦場に兵士たちの慰問に行くと言って、聞き分けてくれんのだ」


「それはまた、どうして……」


「わからんよ。なにせ気まぐれなお人だからな。王族の御幸みゆきともなれば、通常、近衛騎士団が護衛の任につくのだが、近衛騎士団はすでに解体済み。伯母上の子飼いの騎士や兵士たちだけではいささか不安が残る。そこでだ。なんとか伯母上に気付かれぬように、そちらで護衛を頼めぬだろうか」


「……アラミス公、我々は便利屋ではありませんよ」


「分かっている。だが、そこをなんとか頼みたいのだ。随分貸しも溜まっていると思うのだがな?」


 貸しと言われると正直弱い。


「やれやれ……」


 クリカラは、ため息とともに思考を巡らせる。姫殿下の傍に侍っていても不自然ではなく、腕が立ち、尚且つこんな依頼を快く受けてくれる変わり者となれば、人選は非常に限られてくる。


「はぁ……仕方ありませんね。銀猫、『あべこべ淑女レディーリバース』に招集を」


「えぇぇ……、いえ、わ、わかりまし、た」


 クリカラがその名を口にした途端、いつもは余り表情の無い銀猫が、あからさまに眉をひそめたことに、アラミス公は少し不安になった。

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