第40話 醜悪なる秘め事
イルとリムリムが、項垂れながらニーシャとシアの後をついて歩いている頃、王都郊外の森の中、粗末な猟師小屋の中で向かい合って額を合わせる双子の少女の姿があった。
一人は赤と白の斑模様のドレス。一人は純白のドレス。カンテラの淡い灯りの中で、二人は真っ赤に染まった木張りの床、そこで細切れになった肉の塊を見下ろして、クスクスと笑いあう。
胸が痛むよね。と、ミリィが微笑んだ。
胸が痛むよ。と、ヒルダが微笑んだ。
双子の妹――ミリィが手にしているのは、重厚な鉄の塊。形だけを見れば、どこにでもある
刃の上を滴り落ちる血が床の血だまりに跳ねて、ぴちょん、ぴちょんと無邪気な水音を立てていた。
仕方がないよね。お金も貰っちゃったんだし。と、ミリィが微笑んだ。
仕方がないよ。境界線の向こう側だもの。と、ヒルダが微笑んだ。
この時のために用意した白いドレスを赤く染めたミリィ。この時のために用意した白いドレスは白いままのヒルダ。それなりにお世話になった男性だけに、少しおめかしして会いに来たのだ。
今回の標的は、彼女たちもよく知っている男性。彼女たちの家庭教師を務めたこともある、アンジュー伯家の次男、フェリペだった。
良い先生だったのにね。と、ミリィが微笑む。
良い先生だったけどね。と、ヒルダが微笑む。
少し前まで、フェリペという名前だった挽肉を見下ろして、二人はクスクスと笑いあう。
確かに良い先生だった。ミリィの家庭教師として雇われたのに、ヒルダも一緒に教えて欲しいと言ったら、文句も言わずにちゃんと教えてくれたのだ。もう十年ほど前の話。あの頃はフェリペも純粋な青年だった。
でも仕方ないよね。と、ミリィが微笑む。
女の人を泣かせちゃダメだよね。と、ヒルダが微笑む。
王国の重鎮の一人にまで上り詰めた彼は、政争に
王国を二分する政争の内に斃れたというのなら、まだしも救いはあったろう。だが、さにあらず。孕ませて捨てたメイドの恨みが金貨を媒介として、彼の生命を奪い取ったのだ。
屋敷へ戻る前に、わずかばかりの休息をとるために立ち寄った猟師小屋での出来事である。無論、政敵から刺客が送られてくることも警戒していた。猟師小屋の周りには数十人ものアンジュー伯家の私兵たちが警備を固めていたのだ。
だが、その猟師小屋の中で、それは起こった。
フェリペの生命が途切れたのは、最初の一撃。横たわっていた簡素なベッドごと、彼は真っ二つにされたのだ。
自分の他に誰もいない筈の小屋。カンテラの薄明かりの下に、女の子の色白な顔が浮かび上がった。見覚えのある顔だった。女の子の一人が
それで終わり。お仕事は終わり。あとは遊びの時間。
元はフェリペという名だった肉の塊を楽しむ。腕を落とし、足を落とし、骨を外し、筋を引き抜き、内臓をとりわけて丁寧に並べ終わると、ミリィは、そこでふうと一息。やっぱり魂は見当たらない。じゃあもういいやと、それを一か所に集めると、肉切り包丁で叩いて挽肉にする。それを泥団子のようにこねてみたり、丸めてみたり、壁に投げつけてみたりして、ミリィは無邪気にはしゃぎまわる。
部屋の隅で壁にもたれて座り込んだヒルダは、そんな妹の無垢な姿を熱っぽい目で眺めながら、自らの小ぶりな乳房に指を這わせて、甘い絶頂へと到る。
やがて――
「ヒルダちゃん」
「ミリィちゃん」
吐き気を催すような禁断の秘め事の最後、二人はその
妖しくも、美しい景色。奇しくも、
「帰ろうか」
「うん、帰ろう」
と、小さな声で頷きあった。
窓の外に目を向ければ、月明り、星明り。猟師小屋に背を向けて、生真面目に警護する私兵たちの背中が見える。森は風に騒ぎ、ほぅほぅと、どこかで
ミリィが右手で巨大な
二人は無造作に扉を開くと、何を警戒するでもなく、そのまま外へと歩み出た。そして、生真面目にも暗闇の中へと目を凝らしている私兵たちの横を――
「ご苦労さま」
「大変ね。がんばってね」
と、ねぎらいの声をかけながら通り抜けていく。だが、私兵たちの中に、彼女たちへと目を向ける者はいない。赤いドレスと白いドレス。双子の少女たちは、そのまま木立の間をゆっくりと、王都の方へと消えていった。
ミリィとヒルダ。この二人の仕事の後には、人の姿が消える。まるで攫われてしまったかのように掻き消えて、大量の肉片が残される。この双子が『
尚、この二人が知る由もないことではあるが、フェリペが死亡したことによって、この国の政争は大きくバランスを崩すこととなるのだが、それは後ほどの話である。
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