第23話 ノーライフキング その3

 あまりのことに、ヒルルクは呆然と立ち尽くす。ハイカーはそんな彼をを無造作に押しのけると、その背後にいたもう一人の女へと目を向けた。


「あ、や、やだ……」


 ソファーの上で仰け反るようにして、もがく女。ハイカーの背中が精霊石の灯りを遮って、その影が女の上へと落ちると、女は顔を強張らせながら涙ながらに首をふる。


「死ぬってのは怖いよね。わかるよ。でもなんで怖いと思う? 痛いから?」


「あ、や……」


「違うね、痛みなく殺してやるって言われても、キミはやっぱり怖がるだろう? 死が怖いのは死んだ後、どうなるか分からないからだよ。知ってれば何も怖くない」


「助けっ……助けて!」


「それは無理。キミは見てしまったから。夜の住人ノクターナルってのは、都市伝説でなきゃいけないんだよ。大丈夫、死んだ後ってのは、本当にそんなに悪いもんじゃない。実際、何百回と見てきたボクが保障してあげるから、安心して逝きなよ」


 ヒルルクは、指一本すら動かす気力を失ったまま、全身甲冑フルプレート短めの剣グラディウスを振り上げるのを見つめていた。


 鎧の背、その向こう側で鮮血が飛び散る。女の腕がピクンピクンと蠢いて、がくりと柳の枝のように垂れ下がった。


 訪れる静寂。


 そして、全身甲冑フルプレートはゆっくりとヒルルクの方へと振り返る。その目に浮かんでいるのは、慈しむような微笑み。


「安心しなよ。ボクも途中までは、一緒に行ってあげるからさ」


「うわぁあああああああッ!」


 ヒルルクは声を限りに叫びながら、掴んだままになっていた女の首を放りだして、戸口へと駆けだそうとする。だが、その瞬間。激しい衝撃がヒルルクの後頭部を襲った。


「あ、ぐがっ……」


 喉の奥へと鉄の臭い、鉄錆びの味が流れ込んでいく。


 薄れゆく意識の中、ヒルルクは床に転がったままの女の生首と目があった。大きく見開かれた目、恐怖と驚愕の表情のままに、そこに死が宿っていた。


 たぶん自分は今、この女と同じ表情をしているのだろう。


 それが、ヒルルクの脳髄を走った最後の思考だった。



 ◇ ◇ ◇



「んん~っ」


 血の海と化した部屋。兜を脱ぎ捨てると、ハイカーは両手を突き上げて大きく伸びをする。


 先程から外が騒がしい。どうやら通報を受けた衛士たちが、この娼館を取り囲んでいるらしい。すぐに踏み込んでくるとは思えないが、そろそろ始めた方が良いだろう。


 ゴトン、ゴトンと、ハイカーが鎧を脱ぎ捨てる音が部屋の中に響く。


「さて、今日は、どれにしようかなァ……」


 ハイカーは鼻歌交じりに周囲を見回して、戸口の方でうつぶせに倒れていた死体のところで視線を止めた。



 ◇ ◇ ◇



「お、おい! な、なんなんだよ、こりゃ!」


 娼館へと踏み込んだ衛士たちは、その場の惨状に絶句した。そこにあったのは折り重なる死体の山。肉泥の沼。濃密な血の臭いに胃の中のものがこみ上げたのだろう。若手の衛士たちは、次から次へと廊下から外へと転げ出ていく。


「ちっ、情けねえ……」


 ボードワンは呆れるように肩を竦めると、気を取り直して部屋の中を見回した。


 奥で頭を潰されて、蛙みたいに転がってるのはヒルルク。


「どうしようもねえ、ゴロツキとはいえ、見知った人間のああいう姿は見たくねえもんだな。」


 ボードワンは眉間に皺をよせる。


 そのヒルルクの死体の向こう、ソファーの上には、座り込むような体勢の全身甲冑フルプレートを纏った男の死体があった。


「おい! 兜をはずせ」


 ボードワンは若手の衛士へと顎をしゃくって、全身甲冑フルプレートから兜を外させる。中から出て来たのは、後頭部を潰された不細工な犬のような顔をした男の顔。その顔に見覚えがあった。


「コイツあ……ヒルルクの取り巻きの一人だな」


「ってことは、仲間割れってことですかね」


 思わず呟いたボードワンの言葉を、若手の衛士が拾う。


「わからん、わからんが……そういうことなんだろうな、この様子じゃなァ」


 いまひとつ腑に落ちない。


 そんな浮かない表情のまま、ボードワンは若い衛士に指示を出す。


「ヤクザ者の内部抗争ってことで、報告書上げといてくれ。上の連中はこんな事にゃあ、ちっとも興味はねえだろうからな。適当でいいぞ。それと墓守のジジイを呼んで、明日中には死体を片付けさせとけ」


「わかりました!」


 結局、ボードワンは気づかなかった。


 折り重なる死体の山、そこに積み上げられた死体のうち、一人の腹には過去にボードワンも見たことのある、変わった入れ墨が入っていた事を。

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