第20話 暗殺者二人

 クリカラが去った後も、イルとリムリムはしばらく路地裏にたたずんでいた。


 リムリムは煙管きせるを取り出すと、小さな精霊石で火を灯し、一瞬のことではあったが灯された火は、路地裏の二人の人影とその足元の小さな塊の影を壁面へと投影する。ぷかりと煙を吐き出しながら、リムリムはイルの様子を観察する。


 クズらしい眠そうな目、銀猫と負けず劣らずな酷い猫背。ただでさえみすぼらしい印象のこの少年の顔に浮かぶ、この中途半端な感情はなんだろう。


 寂しさ、疲れ、憐み、痛み。


 どれとも似ている様で微妙に食い違っている。そんな気がする。


「まさか……アンタがあの最凶の暗殺者、『最悪イルネス』だったとはね。人は見かけに寄らないってのは、このことね」


「それはこっちが言いたいぜ。てめえみたいなアバズレが、まさかご同業だったとはね」


「あんた、金にでも困ってんのかい? 『最悪イルネス』は金の亡者。ずいぶんハイペースで依頼を受けてるらしいってもっぱらの噂だよ」


「暗殺者に内輪の噂話なんかあんのかよ……」


「この間、一緒に仕事した双子がね」


「……あいつら、好きなこと言いやがって」


 暇があれば、イルに絡んでくる双子の少女暗殺者だ。確か表の顔は、いいとこのご令嬢だったと思うが……。


「別に金には興味はねえよ。召集されるから受けてるだけだ」


「でもアンタ、そんなに貯め込んでどうする気だい?」


「どうもしやしねぇ……こいつはただの境界線。それ以上の意味はねぇ」


 苦い丸薬を口の中に放りこみでもしたかの様に、眉をしかめながらイルは吐き捨てる。


「ああ、そうだ。それ以上の意味はねぇ。それ以上の意味は無ぇんだ。ここからここまでが生き延びて、ここからここまでが死んでいく。それ以上の意味は無ぇんだよ」


 リムリムは思わず噴き出すようにして笑う。


 なんだ……コイツは悪ぶっちゃいるが、根はとんでもなくクソまじめじゃあないか。殺すことの理由を金のやり取りの有無に押し付けて、やっとのことでバランスを保っている。このふてぶてしい態度に似合わない繊細さに、リムリムは可愛げを覚えた。


 しかし、馬鹿にされたとでも受け取ったのだろう。イルは眉間の皺を深めながら目をつぶる。


「おめぇさんよお、自分の指を見てごらんよ」


 不意打ちのようなイルの問いかけに、リムリムは不思議そうな顔をしながらも指を大きく広げ、手の甲の方から自分の指を眺める。


 さっきまで、『てめえ』だったのに、『おめえさん』と微妙に敬語めいた呼び方になったのは、同業者だと知ったからだろうか。


「で、指がなんだって言うのさ」


 広げた指の間にイルの全身を収めて、リムリムが問い返すと、ただでさえ酷い猫背を一層丸めて、イルは再び口を開いた。


「なあ、おめえさん、どっからどこまでが指なのか言ってごらんよ。付け根からが指だとか馬鹿なことは言うんじゃねえぞ。指の付け根なんてのは、どこからどこまでが指なのかがはっきりしてから、はじめて言える物言いだ」 


 リムリムは一瞬考え込むようなそぶりを見せた後、口をへの字に歪ませる。


「ほら見やがれ、説明なんてできやしないだろ。どこからどこまでが指、どこからどこまでが掌で、どこからどこまでが腕だなんて、そりゃあもう曖昧なもんさ。どいつもこいつも曖昧に曖昧を積み重ねながら、それを曖昧とも思わねェで、何食わぬ顔して暮らしてやがる。反吐へどが出るならまだ良いが、吐くものも無くてはらわたを絞られるような気になるぜ。どっかに確かな境界線が欲しくなったとしても、仕方がねえと……なあ、そう思うだろう?」


 イルはそう言うと、足元に突っ伏して息絶えているペータへと視線を泳がせて、深い溜息を吐いた。


 リムリムは呆れた。


 この少年は、どれだけ自分に言い訳をしないと殺しの一つも出来ないのかと、この分だとクズぶっているのも、自分への言い訳の為なのだろう。繊細も繊細、ド繊細。少なくとも暗殺者なんて仕事には向いていない。


 ペータを見つめたまま、ピクリとも動かないイルへと近づくと、リムリムは突然馴れ馴れしくその肩を抱く。


「うんうん、わかった、わかった。つまりあんたが持ってる金に使い道はないって、そういうことよね?」


「いや、まあそうだが……。おめえさん、俺の話を聞いてたか?」


 さっきまでわりと深刻ぶって話をしていたつもりだったのに、意味不明な総括をされたせいか、イルは明らかに戸惑った表情を見せた。しかし、リムリムはそんなことはお構いなし。むしろ、楽しげにニカッと白い歯を見せて笑った。


「じゃあ、このリムリム姉さんが、アンタに生きた金の使い方ってのを教えてあげるよ」


「いや、要らねえ、余計なお世話だ」


「そういうなよ、純情少年」


「誰が純情少年だ! 誰が!」


「まあ、聞きなって、滅多に出ないスゴい出物でものがあるんだよ。これを逃す手は無いと思うね、アタシは」


「……なんだ、そりゃ」


 リムリムは、にんまりと笑う。


「決まってるだろう? シアって名前のかわいい女奴隷さ」

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