第19話 暗殺者招集

「くそっ!」


 イルが石壁を強く叩いた。


 焦っている。慌てている。イラだっている。リムリムの目にはどう見たって、そう見える。


 この眠そうな目をしたやる気の欠片も無い、背中にクズと大書したかのような少年が、他人の身を案じて、これほどまでに焦っている。それはリムリムの眼には意外であり、不思議でもあった。


 しかし、今それを指摘すれば、「そんなわけねえだろ」とでも言って無理繰りにでもその態度を引っ込め、いつも通りに興味無さげな顔をしてクズを装うのだろう。


 なんて面倒臭い男だ。


 陽は既に西へと傾き、ポツポツと街中にあかりがともり始めている。……にも拘らず、ペータの姿はどこにも見当たらない。


「もしかしたら、もう屋敷の方に帰っているかも……」


「あ、ああ、そうだな」


 リムリム自身、それは無いだろうと思っている事を口に出して、イルもそれは無いだろうと思いながらも同意する。


 どうしようもない手詰まりな感触。


 それこそ適当に握り取った土くれの中に「もしかしたら砂金が紛れているかも」などとのたまうような、有りもしない希望を無理矢理にでも引っ張り出して、どうにか次の行動へ移るための切っ掛けを作り出す作業でしかない。


 重苦しい沈黙をたずさえて、通りをとぼとぼと歩く二人。リムリムが「大丈夫だよ」などと希望的な言葉を短く吐いて、イルが只「ああ」と答える。そんな不毛なやり取りを繰り返しながら、二人は通りを下って行く。


 しかし、ウォード工房の前まで来ると、イルとリムリムは思わず身構えた。


 灯りの無い薄暗い玄関。そこに男が一人、腰かけているのが見えたのだ。


「そんなところで何してやがんだ、てめぇ」


 イルが凄むと、その男は表情一つ変えずに立ち上がり、二人に向かって跳ねるような足取りで、歩み寄って来る。


 酷いくせ毛の銀髪にガラス玉の様な眼。男なんだか女なんだかよくわからない顔。そいつが酷い猫背を丸めながら、二人の方へと近づいて来る。


「銀猫?」


 リムリムがボソリと呟いた。


「知り合いか?」


「うん、まあ……」


 リムリムの回答は歯切れが悪い。


「ついて……来い」


 ガラス玉みたいな眼で二人を見据えながら、銀猫と呼ばれたその少年は顎をしゃくると、その指し示した方へと歩きはじめる。


 イルとリムリムは戸惑うように互いに顔を見合わせるも、とりあえずペータのことについて、何か手掛かりがあるわけではない。二人は大人しく、後をついて行くことにした。


 公園を通り抜け、貧民街の入口を横目に見ながら真っ直ぐに進み、やがて高級住宅街へと到る。そして、一際大きな屋敷の前まで来たところで『銀猫』はぴたりと足を止める。だが、途端にリムリムは大慌てで『銀猫』に詰め寄った。


「ちょ、ちょ、ちょっと! 銀猫、ここは……」


 それは奴隷商クリカラの屋敷。王家にも伝手をもつという、一代で財を成したやり手の女商人の屋敷だ。


「何を慌てる?」


「いや、そりゃ慌てるでしょうよ! アンタ関係ない人間を巻き込む気?」


「関係ない人間がどこに……いる?」


 銀猫は不思議そうに首を傾げ、リムリムが再び詰め寄ろうとしたその時、イルが盛大に溜息をついた。


「なるほどそう言う事かよ。俺と、このエロ女が召集されたってことなんだな」


 銀猫が静かに頷き、リムリムが驚愕の表情で目を見開く。


「ま、まさか、アンタ!」


「まさかじゃねえよ。そりゃあ、こっちのセリフだぜ」


 イルは吐き捨てるようにそう口にすると、銀猫へと向き直る。


「……悪りぃが、今回の仕事は他に回してくれ。今はそれどころじゃねえんだ」


 銀猫はガラス玉みたいな目でじっとイルを見つめた後、小さく首を傾げる。


「大丈夫なはず。今回の依頼にお前たち二人は無関係じゃ……ない」


「どういうことだ」


 イルはギロリと銀猫を睨み付けた。


「スグにわかる。路地裏で依頼人が待って……いる」


 銀猫はそう言って、あごで屋敷の脇から奥に向かって伸びる路地を指し示すと、先に立ってそちらへと入っていく。そして、銀猫は振り返りもせずに、イルへと話しかける。


「はじめまして……銀猫だ。今後は貴方もボクが担当する」


「前のはどうした」


「赤猫は……死んだ」


「ふーん、そうか」


 愛想で打つ相槌のような軽いやり取り。余りにも死の扱いが軽い。


 銀猫の後をついて高級住宅街の路地裏を進んで行くと、その一画に地面にうずくまる少年の姿が目に入った。


 リムリムは思わず息を呑み、イルは奥歯を噛みしめる。


 それは血まみれのペータ。


 ペータは、青白い顔に穏やかな笑みを浮かべて息絶えていた。足は折れているらしくあらぬ方に曲がり、腿にはナイフが刺さったまま。血は薄闇の中で黒く固まって、まるで足にヘビがまとわりついているかのように見えた。


「依頼主は、その少年です」


 突然、背後から女の声がした。しかし、イルもリムリムも、ペータの死体から目を離そうとしない。


 声の主はフードを目深にかぶり、白いローブを羽織った女――クリカラ。このサン・トガンの名士にして奴隷商。そして夜の住人ノクターナルの元締めだ。


「なあ、クリカラ。こいつは……ペータはなんて言ってた」


 イルの声は微かに震えていた。


「お姉さんを酷い目に合そうとしている人たちを殺して……です」


「もう一つ聞くぜ。お前は、コイツを助けることは出来なかったのか?」


 フードの下で、クリカラの口元が小さく歪んだ。


「無理……だったでしょうね」


「そうか」


 イルは目を伏せて、その答えの含むところを飲み込んだ。その様子を眺めながら、クリカラは小さく頷く。


「銀猫にはこの町で起こっていることを、ずっと見張らせてきましたから、おおよその事情は把握しています。この少年の依頼対象となる獲物はトルク。そして、ヒルルクの二人です」


 イルのこめかみがピクリと動き、そして銀猫の方へと目をやって、呆れたように息を吐いた。


「ソイツのガラス玉みてえな目は、本当にガラス玉らしいな」


「どういうことです?」


「もう一人。もう一人、獲物がいるんだよ。そいつが全部の黒幕だ」


 不愉快そうに顔を歪める銀猫に目をやった後、クリカラは再び小さく頷いた。


「わかりました。ではあなた方の他に、もう一人召集しましょう」


「もう一人?」


「銀猫。A級暗殺者『不死王ノーライフキング』に召集を」


 クリカラがそう声を掛けると、銀猫は闇に溶けるようにどこかへと行ってしまった。


 暗い路地裏、沈黙する三人。路地に面したどこかの家で、楽しげな子供たちの声が響いている。


 クリカラは、リムリムへと顔を向ける。


「B級暗殺者『最期の接吻ラストキス』」


 そして、次にイルへと向き直った。


「S級暗殺者『最悪イルネス』」


 イルとリムリム。二人の視線を受け止めながら、クリカラは宣言する。


「我々、夜の住人ノクターナルはこの依頼を確かに引き受けました。暗殺者達よ、死すべきものを境界線の向こう側へと追いやってしまなさい」

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