第16話 雇われ店主の憂鬱
ニャアニャアと野良猫どもが騒がしい。とはいっても、赤子の泣き声のような発情期特有の野太く長い鳴き声ではない。もっと攻撃的な短い鳴き声。
それにバサバサという羽音が重なって聞こえてくるとなれば、ゴミに群がるカラスどもとやりあっているのだろうということは、見るまでもなく想像がつく。
朝の歓楽街。人の通りはほとんど絶えて、都会に潜んで暮らしている動物たちが、我が物顔で現れては、縄張りを争いあうような光景は、ここではちっとも珍しいものではない。
「なんだよもう。勘弁してくれよ……」
昨晩の売り上げを数え終わって、やっと帰って眠れると思った途端、路地裏の方が
さっき二階から
騒がしくしているのは野良猫どもだったとしても、オーナーの眠りを妨げられた日には、ドヤされるのは雇われ店主の自分なのだ。
オーナーの虫の居所が悪ければ、耳の一つも削がれたって、それはおかしなことでは無い。現に自分の前の雇われ店主はそうなったと聞いている。
溜息を吐きながら裏口のドアを開けて、雇われ店主は路地裏へ。案の定、ゴミに群がる大量のカラスを狙って、野良猫どもが
「全く
そう、ゴミとは言ってもカラスどもが群がっているのは人の死体。
一刻ほど前、バカな衛士がオーナーの手下にナイフを突きつけられて、裏口の方へ出て行くのが見えた。顔にあどけなさを残した年若い衛士である。治外法権とも言えるこの通りで、衛士の軍装姿を見かけることは珍しいが、誰かがナイフで脅されて路地裏に連れて行かれる光景自体は、決して珍しいものではない。
殺った後、いつもなら三下どもはそのまま死体を引き摺って、路地裏を真っ直ぐに抜けたところにある、町はずれの墓地へ行く。そこで墓守の爺さんに
だが、どうやら今日のヤツは、それすら怠ったらしい。所詮、三下のやる事だ。
「あーあ、ずいぶん食い散らされてやがる」
雇われ店主自身はヤクザ者では無かったが、こんなところで働いていれば、嫌でも死体なんてものは見慣れてしまう。
「ほら退けよ、シッシッ!」
箒を振り回してカラスどもを追っ払うと、彼はうつ伏せに横たわる死体を見下ろして、そのまま硬直する。
「オイオイ、マジかよ……」
うつ伏せに倒れているその死体は、背後から心臓を一突き。当然即死だったろう。
それはまあ……どうでも良い。問題はその死体が、さっき連れ出された衛士のものでは無く、その衛士にナイフを突きつけていた、三下野郎のものだったということだ。
彼は慌てて周りを見回した。野良猫の一匹と目があって、にゃーと鳴く。他には誰も居ない。
恐らく路地裏には、さっきの衛士の仲間が潜んでいたんだろう。で、この三下野郎は返り討ちにあったって訳だ。
「……厄介なことになっちまったなぁ」
そう嘆くように呟きながら、彼は思案する。これを知らせてオーナーの眠りを妨げ、怒りを買うべきか……。それともオーナーが目を覚ますのを待ってから報告し、報告が遅いと怒りを買うべきか……。
どっちにしろ、怒りを買うのは割に合わねぇ。
散々迷った末に、彼は男の死体の両足を掴むとそれを引きずりながら路地裏を歩きはじめる。墓場まで引き摺って行って死体を処理し、知らんぷりを決め込む事に決めたのだ。
三下の一人や二人居なくなったところで、オーナーなら気にも留めやしないだろう。自分に関わり合いのないことでドヤされるなぞ、全く割にあわない。そういう損な役回りは、給金に入っていないのだ。
雇われ店主が町はずれの墓地まで来ると、入口のあたりに爺さんが一人腰かけていた。
日に焼けたしわくちゃの顔。上下に一本ずつの歯だけが残った小汚い爺さんである。
「爺さん、頼むわ」
そう言って、銅貨を数枚投げ渡すと、爺さんはにやりと笑う。
「ああ、丁度ええ、今朝、墓穴が一個
『空いた』という表現に違和感を感じながらも、彼は死体をそこに放り出すと、重いモノを引き摺って凝った肩を回しながら、さっさと墓場を後にした。
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