第15話 姉の代金

「お、お、おい、起きろ、ガキ……起きろってば」


 耳元へとささやきかけてくる聞き覚えの無い声。


「う……うぅん」


 重いまぶたを開けた途端、ペータは思わず「ヒッ!」と息を呑んだ。至近距離に青白い顔。見知らぬ少年が覆い被さるように、ペータの顔を覗きこんでいたのだ。


 ペータが顔をこわばらせながら周囲を見回せば、うっかり寝入ってしまう前と何も変わらない、見慣れた居間のソファーの上。


「だ、誰……」


 自分の家に見知らぬ人間がいる。その現実に怯えながら、ペータはなんとかそう声を絞り出すも、少年の方には、それに答えようという素振りはない。


「あ……あの……」


 ペータのその言葉を遮って、少年はぼそりと言った。


「金を渡す。親方さまの使いだ……。オマエの姉の代金だ」


 癖の強い銀髪に、ガラス玉みたいな眼をしたその少年は、横たわったまま硬直しているペータの胸の上に、ズシリと重い革袋を置いて、「た、たしかに渡したぞ、渡した……からな」と、明後日の方へと目を向けながら言い放つと、猫のような素早さで身を起こし、酷い猫背を更に丸めて部屋を出て行った。


 あとに残されたペータは、何が起こったのかわからないまま、しばらく呆けていたが、はたと我に返ると、革袋片手に部屋を飛び出した。


「お姉ちゃん! 今、変なヤツが家の中に!」


 必死に声を上げて訴えるも、ペータのその声に返事をする者はいない。


「お姉ちゃん! どこぉ!」


 家中の扉と言う扉を開け放ちながら、駆け回って、幼いペータは姉の姿を探す。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」


 今にも泣きだしそうになりながらペータが玄関を飛び出すと、ちょうど門の外から、見知った人間が入ってくるところだった。


「トルクおじちゃん!」


「坊ちゃん? どうしたんです、そんなに慌てて?」


 見知った顔を見つけて、ペータは思わず安堵の息を吐いた。


「な、なんか、さっき変な奴が勝手に家の中にいて……」


「変なヤツ……ですかい?」


「うん、何だ変わんないけど、姉ちゃんの代金だって、これを置いてったんだよ。ねぇトルクおじちゃん、姉ちゃんどこに行っちゃったの?」


 途端に、トルクがピタリと動きを止める。


「お嬢さんの代金って、本当にそう言ったんですかい?」


「うん」


「ふーん、そりゃあまた……」


「どうしたらいいの……ねぇトルクおじちゃん!」


 ペータは涙ながらにトルクへとしがみつく。自分がしがみついたその男の視線が、その手にある革袋へとねっとりと注がれていることにも気づかずに。

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