第6話 愛されてるって大変です。

「…………って訳なんだ」


 夕食のスープをすすりながら、ほとほと困り果てたといった様子でイルが溜息を吐くと、それと同時に目の前の席で「バキッ!」という音が鳴った。


「へぇ……それはつまり、明日からお兄ちゃんが、その綺麗な女の子と四六時中一緒にいるって事なんだよね」


 イルはビビった。妹の手の中で鉄製のスプーンが真っ二つに折れている。曲がるんじゃなくて、折れている。


「あ、え、いや、その四六時中って訳じゃねぇし、二人きりってわけでもねぇからな。その……死んだ親父さんの弟子もいるらしいし、その娘の弟もいるんだから、ニーシャが思っているようなことは何にも無ぇから、ほんとに絶対無ぇから!」


 しかし、ニーシャのまとった不穏な空気は、一向に晴れる様子が無い。


「で、お兄ちゃんから見て、私とその女の子、どっちの方がかわいいの?」


「いや、どっちがかわいいとか、それはあんまり関係ないような……」


「ど、っ、ち、な、の?」


 テーブルの上に身を乗り出して、下からえぐるように顔を突きつけてくる妹に、イルはたじたじと強張った微笑みを浮かべる。


「は、ははっ、そ、そんなの決まってるじゃねぇか、この世にお前よりかわいい女の子なんているわけねぇ。ニーシャのかわいさといったら、この世のものとも思えねぇ。お前が優しく微笑んでくれりゃ、お天道さまも真っ赤になって西へ沈んでいくぐらいさ」


「余計にうそくさい。大袈裟に言えば良いってものじゃないよ、お兄ちゃん」


 より一層ジトっとした目で兄を見つめるニーシャに、母親があきれ顔で諭す。


「ニーシャ、相手にだって選ぶ権利はあるんだから、そんなに心配する必要はないわよ。あんたぐらいのもんだと思うわよ、こういうゲテモノが好きなのって」


「母さん……ゲテモノは流石に酷くない? 一応、俺、アンタの息子なんだけど?」


「そうよ、そうよ。お兄ちゃんだってよく見れば、結構かわいい顔してるんだよ。そりゃあ、目は濁り切ってて気持ち悪いし、うぅうん、気持ち悪いっていうかキライ。目を合わせたら吐き気だってする。人間としてはクズで、せこくて、ズルくて、ド底辺だとは思うけど、ゲテモノはあんまりよ」


「おい、ニーシャ。おまえの方がずっと酷いこと言ってるぞ」


 思わず真顔になるイルに、ニーシャは匙の部分が落ちて、柄だけになったスプーンを突きつけながら捲し立てる。 


「と、に、か、く! ボードワンおじさんに抗議してくるから! お兄ちゃんにそんな危険な事をさせて、その上、四六時中、女の子といちゃ……一緒に行動しろだなんて、絶対許さないんだから!」


「ちょ!? ニーシャ! 落ち着け、ダメだって!」


 イルが興奮する妹の肩に手を掛けると、彼女は、勢いよくその手を払いのけた。


「やっぱり! お兄ちゃんは女の子とイチャイチャしたいんでしょ! そんなの絶対! 絶対許さないんだから! 浮気されるぐらいなら、お兄ちゃんは無類の男好きなんだって触れ回ってやる!」


「ちょま!? 俺への被害が無駄に大きすぎるだろ!」


「うるさいっ! お兄ちゃんなんて、お兄ちゃんなんて……」


 ニーシャはテーブルの上にスプーンの残骸を放りだして外へと走り出る。


「彼氏ができちゃえばいいんだ!」


「彼女も出来たことないのに!?」


 走り去っていく妹の姿を追って、イルの手が虚しく宙を掻く。助けを求めるように母親の方へと眼を向けると、彼女はスープをすくう手を止めもせずこう言った。


「出かけるんだったら、新しいスプーン買ってきといてね。ニーシャの分、アンタの小遣いで」


「母さん!?」

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