第4話 踊り子とならず者

 声の主を探して見回してみれば、歓楽街へと続く細い路地で女が二人、ガラの悪い男たちに取り囲まれているのが見える。


 大人しそうな少女を背中にかばうようにして、やけに布地の少ない衣装をまとった女が、男たちの前に立ちはだかっている。どうやら声を上げたのは、その派手な女らしかった。場所とその恰好から考えれば、おそらくこの路地の奥にあるいかがわしい店で踊っている踊り子か何かだろう。


 女の目線を追って一斉にこっちに目を向ける男たち。それに苦笑いを返しながら、イルは自分たちが厄介事に巻き込まれたのだということを理解した。……実に残念ながら。


「おいテメエら、見せ物じゃねぇぞ! ジロジロ見てんじゃねえ!」


 一団の中から不細工な犬みたいな顔の男が、イルとボードワンに向かってえる。途端にイルが首をすくめておどおどと後ずさり、それを目にしたボードワンが「おまえなぁ……」といかにも情けなげな表情を浮かべた。


「アンタら衛士なんでしょ! か弱い女の子がガラの悪い男どもに囲まれてるんだから、なんとかしなさいよ!」 


 続いて、派手な恰好をした女が二人に向かって声を上げる。必死なのは分かるが、少なくとも助けを求める人間の態度ではない。


「女の子って歳かよ」


「うっさい! まだ二十五超えてないわよ!」


 ボードワンの呟きを耳ざとく聞き取って女がえる。どうやら彼女の独自ルールによれば、二十五歳までは『女の子』として数えるらしい。


 そんな二人のやりとりを他所よそに、ボードワンの背に隠れるようにして、イルは女を観察する。確かに良く見れば顔立ちは少し幼げに見える。派手派手しい化粧のせいで遠目にはもっと年上に見えたが、恐らく二十歳に手が届くかどうかというところだろう。


 南方――砂漠の方の血が入っているのか、目の色こそイル同様に青いが、彼女みたいな褐色の肌に黒い髪の組み合わせは、このあたりでは珍しい。


 やれやれといった様子でボードワンは肩をすくめる。それは女の態度に対する物か、情けなくも自分を楯にして隠れているイルに対するものか……。恐らく両方なのだろう。


 その時、殺気立つ男たちの中から、「あれ?」という少し間の抜けた声が聞こえた。


「旦那! ボードワンの旦那じゃありませんか!」


「いよう。……ヒルルク。お前、まだ阿漕あこぎな商売やってんのか?」


 ヒルルクと呼ばれたその男は、ガラの悪い男達の間から出てくると、媚びるような笑顔を浮かべながら、ボードワンの方へと歩み寄ってくる。


「いやだなぁ、よしてくださいよ旦那。ただの借金の取り立てでさぁ。貸した金を返してくれって言ってるだけなんですけど、そんな借金知らないとか言い張るもんですから……。話し合いをしようって言ってるだけなんですけどね」


「こんなガラの悪い野郎どもに囲まれて、話し合いなんてできるもんか!」


 ヒルルクの背後から女がそう叫ぶと、それを取り囲んだままの男たちが、威嚇するように「あぁん!」とあごを突きつけた。


「ずいぶんとまた気の強ぇえ女みてえだな」


「借金してんのは、その後ろの娘なんスけどね。あのやかましい女が割り込んできたもんで、ウチの連中も余計に殺気立っちまって」


 ボードワンは呆れ、ヒルルクは苦笑する。


「なあ、ヒルルク。悪いがここはオレの顔を立てちゃくれねえか? 建前上、見て見ぬ振りって訳にもいかねぇんだわ」


 ボードワンが小さく溜息を吐くと、ヒルルクがそれを真似るように溜息を吐いた。


「旦那に頼まれちゃあ、無碍むげにもできませんね。良ござんす。今日のところは一旦、退きましょう」


 ヒルルクが男達に向かって「行くぞ!」と声をあげると、ボードワンに一つ会釈して、この場を立ち去っていく。


 遠ざかっていくガラの悪い男たちの背を見送りながら「さっすが、オヤッさん! ああいうヤクザ者にも顔が利くんですね」などと、嬉しそうに口を開くイルの頭に、ボードワンは無言で拳骨を落とした。

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