異世界で城を見て回る話

アスカ

第1話 城壁都市魔王

 初めて城を見に行ったのは、小学生の時のことだった。

 見に行った、といっても主体的な行動の結果ではない。数多くある課外活動のひとつとして、先生に連れられて同学年の子たちと一緒に行ったのだ。

 正直なところ、思い出という思い出は存在しない。城と言っても天守閣などという立派なものはとうの昔に葬り去られ、私たちが見たのは抜け殻となった跡だからだ。

 なんとなく覚えているのは、だだっ広い原っぱと青い空だけ。石垣すら記憶にないのは、それに価値を見出せるほど過去に関心がなかったからなのか、あるいはそもそも構造上なかったのか。今となってはわからないし、考える意味もない。

 ただ、少し後悔はしている。記憶に残っていないことではなく、そのことについて考えもしなかったことについてだ。

 例えば、あの城がいったいなんだったのか。誰が建てて誰が暮らし、どんな事情で全てを失ってしまったのか。それを一度でも考えていたならば、何かが違っていたような気がするのだ。

 だが、全ては過ぎ去ったあとのことだ。今さら何を言っても遅い。

 そんなことを思いながら、私は空を見上げる。

 いや、正確には空ではない。

 空にも届くほど巨大な城壁だ。

 滑らかな土の壁が、見渡す限り続いている。等間隔で立っている櫓には、深緑色の奇妙な珠が設置されてある。太陽の光を反射し、キラキラと輝いている。

 それを取り囲むように流れる川は、底に沈む砂の形がわかるくらい澄んでいる。

 まるで今まさにできあがったかのようにも見えるが、実際には二千年ほど前、古代に作られたものだ。

 いかなる方法をもってしても破壊することはできない、絶対的な壁。

 かつては神の栄光と呼ばれ信仰の中心に君臨していた。だが今は、もっと別の呼び方がある。

 ——城壁都市魔王。

 遥か昔の話だ。

この地は世界を変えようとした者たちの、最初にして最後の要塞だった。

「身分証明書は?」

 軽い鎧を身にまとった兵士が顔色一つ変えずにそう言った。軽い、といってもある程度強い魔術が付与された装備なのだろう。その腰に差している剣も飾りではないはず。

「持っていません。代わりにこれを」

 そう答え、紙を手渡す。

 一見すると私の顔写真が載ったごく普通の通行許可証だが、記載された以上の情報が魔術として込められている。

 例えば、私の体格の情報。手順を踏めば立体的に確認することができ、さらには筋肉量や病、疾患の情報等も記録されている。

 例えば、指紋や声紋、さらには遺伝子情報。これだけでも十分犯罪抑止力になるのだが、この紙に込められた情報はそれだけではない。

 魔術の情報。

 魔力というのは人によって少しずつ違うそうで、魔術を使った犯罪は現場等に残ったこれを元に犯人を特定するのだ。

 さらには使えうる魔術や、実際に使うことができる魔術等も載っている。

 私はこの欄はほとんど空白に近いものになっている。持っている魔力は人並みで、よって魔術もほとんど使うことができない。

 ともかく、これらの膨大な情報がたった一枚の紙に込められ、また改竄されないよう封印されている。

 彼はほんの数秒、この許可証が本物であることと封印に異常がないことを確認して「通れ」と抑揚のない声で言った。そして次の瞬間には、彼の目は私の後ろに向いている。

 まるで関心をなくしたかのように、という言葉は適当ではない。最初から一旅人である私になど関心がないのだ。

 ましてや身分証明書すら持たない旅人。余計に興味がわかないのだろう。訳ありで旅をせざるを得ない人間など、この世界にはごまんといる。

 ふと振り返ると、少年が手続きを行なっていた。

 釘付けになってしまったのは、彼の服装がそれだけ異質だったから。

 スタイリッシュな革ジャンに、ドクロがでかでかとプリントされた黒いTシャツ。太すぎるベルトのダメージデニムに、黒いブーツ。それだけでも目を引くには十分だが、とにかくアクセサリーがすごい。

 耳にはピアス、首にはドクロのネックレス、手首には腕輪、指には左右合わせて合計七つもの指輪を付け、腰のベルトには鎖が二つも付いている。そのどれもが白銀に輝き、大変眩しい。

 世界が世界ならそれこそ魔王かと思われても仕方のない格好だが、彼が身分証明書と一緒に提出した紙は魔物使い専用のもの。

 見れば彼の足元には大きめの鳥籠が置いてある。その中で鷲ほどもあるカラスが鋭い目で兵士を睨んでいた。

 世の中、色々な人がいる。そういうことだ。

 いつまでもここにいても仕方がないので、さっさと城門をくぐることにした。

 城壁の内部は外よりもほんのりと暖かい。

 気のせいではなく、壁が微かに熱を帯びているからだ。

 実際に手を触れてみればわかる。土特有のざらざらとした表面を通して、何かが脈動している。

 魔力だ。

 古代の時代に起きた宗教戦争にて、異教の神から身を守るために作られたこの壁には、最高の技術が施されてある。

 戦争の終焉と同時に魔法という名前で邪視され抹消された技術だ。

 なにせ、神の攻撃に耐えるほどの魔法なのだ。現代の最高の魔術でも足元にすら及ばない。教会が危険視したのも無理はないだろう。

 さらに、この城壁は中世に魔法という名の手が加えられている。

 どれだけ時が流れても劣化することなく、また外を流れる川の水が美しいままなのは二重にかけられた魔法のため。

 そんな歴史ある壁を越えると、こちらも歴史ある街並みが広がっている。

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