温泉から始まるひとめぼれ(3)
僕の視界の先には天井がある。目を閉じて眠りにつきたいのにそれができない。まぶたが動かないのだ。正確に言えば、目以外は一切動かせない。
つまり。
僕は金縛りに遭遇していた。
(くううう、体が動かないぞおお!)
金縛りとは体が動かなくなるだけなのだが、実際にかかってしまうと恐ろしいものだった。自分の上になにかが乗ってるんじゃないか、すぐそばに幽霊がいるんじゃないか。
そんなふうに思ってしまうからだ。
まさにその恐怖に襲われていた。
(こわいこわい超こわいよおお!!)
声すら上げられないので、隣で寝ているハナちゃんはもちろんのこと、誰にも助けを求めることはできない。
(ハナちゃん、助けてッ!!)
せめて視線だけでもハナちゃんに送り、心の中で叫んだ。
(ッ!?)
しかし、隣で寝ていたはずの彼女の姿がない。
いつのまにか消えているのだ。
(そんなあああああああああ!! 僕一人じゃんッ!!)
独りぼっちという事実がさらに恐怖心をかきたてる。
(こんなとき、僕に何かが乗っかかりでもしたら……)
ボスッ
(ぎゃあああああああああああああっ!! なんか乗ってきたああああああああ!!?)
言ってるそばから何かが僕のおなかに乗っかかってきた。
正直もう気絶してしまうそうだ。
恐怖のあまり泡を吹きそうになったとき、カーテンが風に揺らされて月明りが差し込んできた。
僕は月明りに照らされた何かを目撃した。
(……え? ハナちゃん……?)
何かの正体は、僕の隣から消えていたハナちゃんだった。暗闇に目が慣れてきたようで、だんだんと視界が広がる。
やはり僕のおなかの上にいるのはハナちゃんだ。
(よかった! ほんとこわかったよおおお~!!)
彼女がそばにいたことに安心感を覚える。
しかし、ハナちゃんの様子は変だった。
どこか熱を帯びた表情をしており、目がうつろなのだ。
(どうしたんだろ、ハナちゃ……)
そう思ったところで、ハナちゃんが動きをみせた。
詳しいことまでいうと、ゆかたを脱ぎ始めたのだ。
(はいッ!? なにしてますのん!?)
驚きのあまりエセ関西弁になる僕。
驚いたのは束の間、ゆかたを脱ぎ捨てたハナちゃんはなにも身に着けていない格
好となった。
(まずいっ、鼻血が!!?)
鼻血が噴き出すことはなかった。
が、心の中でわたわたっと慌てる僕をよそに、彼女は次の行動に出た。
うっすらとほほ笑みながら僕のゆかたを脱がせ始めたのだ。
(マジで何してんのッ!? やめてくださいッ!)
なぜか敬語になった僕の祈りはむなしく、あっという間にすっぽんぽんになっ
た。
(いやあああああああああああ! 恥ずかしいいいいいいいいいいい!!)
顔から火が噴き出るくらい顔が熱くなった。
ハナちゃんは僕の姿を眺めてくすっと笑い、僕の体に密着するような形で抱き着いてきた。
(いいいいいいいいいいいいいやああああああああああああああああああ!!!?)
鼻血の大量出血で死んでもおかしくはなかった。先ほどからオーバー過ぎるリアクションをとってはいたが……実のところまんざらでもないっす。
(あっ……)
だんだんと頭が真っ白になってきた。
そのとき。
突然、部屋の扉が開き、僕の意識はクリアになった。
生まれたての姿をしたイッちゃんがそこに立っているのだ。イッちゃんは部屋に入るや否や、僕のそばへと駆け寄ってきて、豊満な胸元へと僕の手を寄せた。
(僕、明日死ぬんだッ!! じゃないとこんなのおかしいもんッ!!)
生きててよかったッ! と心の中で男泣きする。
すると、またまたドアが開いた。
お風呂場で見た姿と同じで、バスタオルを巻いたナツミちゃんがそこにいた。ナツミちゃんは僕から少し離れた位置に座ると、僕たちの様子を眺めてにこにこした。
(……ナツミちゃんがそんなことするのっておかしくない?)
あまりの出来事に考えることを放棄していた思考回路が、ここにきてやっと働き始める。
(っていうか、イッちゃんがこんなことするのもおかしいでしょ)
胸元に僕の手をそえて幸せそうにしている彼女を見て思う。
(ハナちゃんは……する可能性はあるけど。やっぱり何かおかしい)
僕に全裸でくっつくハナちゃんを見て確信する。
これまでに起こった一連の出来事に疑問を持ち始めたとき、その場に変化が訪れた。僕のそばにいた彼女たちが立ち上がり、座っているナツミちゃんの隣に腰を下ろしたのだ。
彼女たちの視線がドアへとむかう。
(ん、なに……?)
僕が目を向けると、ドアが徐々に開く光景が見えた。
そうして――――、
――――地獄へと続く扉が開き、天変地異が巻き起こる。
開かれた扉の向こうに立っていたのは。
全裸のリュウとシオンだった。
(ぎゃああああああああああああああああッ!!?)
普段は絶対にしない満面の笑みを浮かべてゆっくりと部屋の中に入ってくる。
女の子たちは拍手していた。
(明らかにおかしいでしょおおおおおおおおおおおおお!!)
一歩ずつ迫ってくる悪魔からなんとか逃げようとしても、体はぴくりとも動かない。
悪魔が、着実に、一歩ずつ、近づいてくる。
(近寄るなあああああああああああッ!!)
僕の意思を無視して、とうとう枕もとに到達した悪魔たち。
彼らは体勢を低くし僕に顔を近づけてきた。
キスをするような表情をして。
(悪夢だ、これは悪夢なんだッ!! 速くさめてくれえええええええええええええッ!!!!)
顔が近づき、そして……
…………
「わああああああああああああああああああああッ!!!!!」
――――夢オチ。
「はあ、はあ。悪夢すぎる!!」
なんて夢をみてしまったのだろう。
夢の前半で目が覚めれば最高だったのに……。
「あらっ、おはようございます!」
声のしたほうに目をむけると、すでに支度をすませたハナちゃんの姿があった。ドレス姿を見たのは初めてだったが、すごく似合っていてかわいい。
目の下にできたくまが少し気になったが。
「ッ!?」
「ど、どうなさいました? お顔が真っ赤ですよ?」
ハナちゃんの姿を見てさっきの夢を思い出してしまった。教えるわけにはいかないし、なんとか誤魔化そう。
「い、いやあ。ハナちゃんの姿がかわいくてつい……!」
「……っ!」
顔をうつむけるハナちゃん。
ま、まあ、嘘はついていないから、大丈夫だよね。
「……そ、そろそろ朝のミーティングを始めますわ! 顔を洗ったら昨日の部屋に集合してください!」
そう言い残して、彼女は逃げるようにその場を去っていった。
「……よし! じゃあ顔を洗って気を取りなおすか!」
気を取り直し、顔を洗ってからみんなのもとへと足を運んだのだった。
*
僕が部屋についたときには目の下にくまをつけたみんながすでに集まっていた。昨日出かけたリコちゃんも戻っている。イッちゃんとリコちゃんだけはいつものように健康的な顔だった。
まあ、二人以外ろくな夜を過ごせなかったんだろうなあ。
そんなことを考えていると、昨日のようにハナちゃんが口火を切ってくれた。
「みなさま、おはようございます! それでは、今後のことについてミーティングを始めますわ!」
*
「……お前、来るの遅かったな」
「ッ! 僕に近寄るな!」
「……なんでそんな過剰に反応するんだよ」
「うるさい、この変態っ!」
「……なっ、変態はお前だろうが!」
「だまれっ! 僕のくちびるを奪おうとしたくせにっ!」
「……はあッ!? 何の話だよ!」
「うるさい変態!」
「……お前が変態だ!」
「二人とも、お口はチャックでお願いしますわ……ね?」
「「……はい、マジすんませんでした」」
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