湯けむりパラダイス(3)
目を覚ますと、鍛え上げられた胸筋の山が目の前にそびえたっていた。
「おっ、目が覚めたか」
山の持ち主であるライオネルが僕を見下ろす。
ここはいったいどこだろう。あたりを見回してみると脱衣所であることが分かった。
僕の隣にはシオンも横たわっている。
たぶんライオネルが運んでくれたんだろうけど……。
「どうしてそんなに顔を渋めてるんだよ」
「え!? いやっ」
どうやら表情に出ていたらしい。
僕もイッちゃんのこと言えないなあ。
「で、なんでそんな顔してんだ?」
「えっと……どうして僕たちのお世話をしてくれたのかなって」
思い切って胸に抱いていた疑問を口にした。
それを聞いたライオネルが豪快に笑いだす。
「がはははは、そんなの決まってんだろ! 覗きをはたらくような漢を見捨てるわけにはいかないだろうが!」
「うっ!」
質問の意図をかわされたような答え方だったが改めて言われるとすごく恥ずかしいことをしたものだった。
でも少し話をしてみて彼は悪い人ではないのかもしれないと感じ始めていた。
「あの……少し話に付き合ってくれるかな?」
「おういいぞ! お前たちに食わせてくれるのならな!」
「ッ!?」
「冗談だよ、冗談! さ、どんとこい!」
つかみどころのない大男だ……。
「じゃあまず……ライオネルはライオンの顔をしてたよね?」
僕の記憶が間違っていなければ、ライオネルという人物はライオンの顔をしていたはずだ。いや、どう思いかえしてもライオンだった。
「おう! オレはライオンの顔だぜ!」
ですよね~……。
「じゃあなんで今は男前の顔をしているのさ?」
「男前とは嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!」
ライオネルが嬉しそうに笑う。
また質問をかわされた気がする。
「…………」
「悪い悪い! ちゃんと答えるからそんな顔するなよ!」
どうやらまた表情に出ていたらしい。
「あー、どっから説明すればいいかな。とりあえず、俺はもともと街のやつらと同じ人間だったんだ。」
「え!? あの人たちと一緒だったの!?」
にこにこと僕たちを温かく歓迎してくれた街の人々の姿を思い出す。確かに今のライオネルの姿なら街の中にいても全然おかしくない。
……でも。
「その顔、お前はライオンの顔だったじゃん、って言いたいんだろ?」
「いや! そんなつもりは……」
ライオネルは気にするなと僕に気遣う。
「ある日、突然オレの体に変化が起こったんだ。体中から毛が生えてきて、顔もライオンに変化しちまった」
「え!? そんなことって……」
「あり得るんだ、この世界では……」
この世界のことがまたわからなくなってしまう。
「それでよ、突然変異ってのは人から人へ伝染しちまう。だから俺は街を飛び出したんだ」
「……そうだったんだ」
ライオネルにはライオネルの壮絶な人生があったんだ。
ふと、そうしたことに気づかされた。
「まあそう暗くなるなよ! オレたちもなんとかやってんだから!」
そう言って励ましてくれるライオネル。
本当にいい人だと思う。
「まあそんなわけだ! お前らを食おうとしたことも悪く思うなよ?」
「う、うん」
何も言うことができなかった。
……僕に何かできないだろうか。
「……あの、ちょっとだけなら食べてもいいよ?」
「……は?」
僕がぶっ倒れない程度なら食べられてもいいかもしれない。
思わぬ誘いに数秒困惑するライオネル。
そして盛大に噴き出す。
「がはははははははっ、お前ほんとおかしなやつだな!!」
「えっと……」
「心配ねえよ! ここでお前らを食いはしない。ただし、またどこかで会ったときは別だけどな!」
にやっと彼は口の端をつりあげる。
「次会ったときは覚悟しろよ?」
「……わかった!」
そう言いあって僕たちはにかっと笑いあった。
そうだ。どうせならもう一つ疑問に思っていたことを聞いてみよう。
「ねえ、なんでリコちゃんにあんなにひどいこと言ったの?」
こんなにいい人があんなにひどいことを口にするなんてよっぽどのことだ。
「ああ、それはだな……」
ガラッ
説明が始まろうとしたとき、誰かが浴場の入り口から入ってきた。
やる気のなさそうな表情に猫背の恰好。それに浴場から脱衣所に戻ってきたはずなのになぜか服を着ていた。
その姿には見覚えがある。
「おう、イーグル! どうした?」
「……いや、遅いなと思って」
僕の思った通りその人物はイーグルだった。
「……」
イーグルが気だるげなめつきで僕を見つめてくる。
ややあって、ライオネルのほうへと向き直った。
「……ライオネル、そろそろ行こう」
「おっ、そうだな! じゃあまたな!」
「あっ!」
僕が言葉をかける前にライオネルたちは浴場のほうへと消えていった。もしかすると彼らは露天風呂の外から入ってきたのかもしれない。
それはさておき、ライオネルの話を最後まで聞くことができなかった。
当然のことだけど、この世界にはまだまだ僕の知らないことがあるんだなあ。
「ふう……」
思わずため息が出てしまった。
とりあえず服を着て部屋に戻ろう。
「おっと、その前にシオンを起こさなくちゃ」
隣で寝ているシオンを起こそうとしたとき、シオンが妙な寝言をつぶやいた。
「……おっぱいがいっぱい」
「……」
幸せそうな顔だ。このまま放っておこう。
……別に彼の夢が羨ましいなんて決して思ってないから。
服を着て、脱衣所を出る僕。
それと同時に横からゆかた姿の女の子たちが出てきた。ちょうど同じタイミングでお風呂からあがったらしい。
「ッ!?」
僕は警戒態勢をとった。もしナツミちゃんが僕の覗きをみんなに伝えていたら、きっとただじゃすまない。
「どうしたんですかっ?」
その中にナツミちゃんの姿はなかった。……なるほど。リュウの姿を見て焦ったんだな。
命拾いをした。
「い、いやあなんにもないよ~? ……あれ?」
助かったことを知り安堵して彼女たちのほうに顔を向ける。
不思議なことに気がついた。
女の子が一人増えているのだ。
「あの、その子は?」
「ハナちゃんっていうんですっ。お風呂場でお友達になりましたっ!」
イッちゃんが紹介してくれる。
髪は綺麗なオレンジ色をしていて、ポニーテールをしている。ひまわりを連想させる綺麗な女の子だった。
「えっと、僕はウシオっていいます! よろしくね!」
「……」
自己紹介をしたが、ハナちゃんの反応はない。
「えっと……」
なにか悪いことでもしたかな。
困惑の中、彼女が表情を変えずにこちらに近づいてくる。
えっ、なに!? 僕ほんとになにかしたかな!?
「はッ!?」
気づいてしまった。
NOZOKIしようとしてたやん……。
どうしてだかわからないが、この子は覗きに気づいていたらしい。
僕と彼女の距離が1mになったそのとき、僕は潔く土下座を繰り出そうとした!!
……が、その直前に彼女に動きがあった。
「会いたかったですコーさま!!!」
「「「ッ!!?」」」
ギュウっ!!
その場の全員が固まった。
彼女が僕に飛びつき、ぎゅうっと抱きしめたのだ。すごく、すごくやわらかくていい匂いがした。
アッ、オハナノカオリガスルー。
くらくらと目が回り、意識が遠のいていった。
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