湯けむりパラダイス(2)


 カポーンっ


 緊張が張りつめる空気の中、気の抜けるような音が響き渡る。


「き、君は誰……?」


 恐るおそる僕は聞いてみた。

 呆然とした銀髪のイケメンが我にかえり僕の質問に答える。


「オレはシオン! 覗きをはたらこうとしてました!」


 大した自己紹介だった。

 人のことは言えないのだが……。


「逆に君はなんて名前なのさ?」


 今度は僕が質問された。

 よーし、ここは男らしく答えてやろう。


「僕の名前はウシオ! 覗きのためだけにここにきたんだぜ!」

「……」


 あれ無言とは……少しやりすぎたかな……。

 なんて不安に思っていると……。


「よく言った友よ! お前とはいい友達になれそうだ!」

「ッ!!」


 ガシイイイイッ


 僕とシオンは固く、固く、手をとり結び合った。


「「よろしく!!」」


 リュウとは違ってシオンとは気が合いそうだった。

 さて、それはともかく……。

 と僕が重要事項について話を戻そうとするとシオンが先に口を開いた。


「……さてそれよりも……覗きますか」


 こいつとは絶対良い相棒になれる。

 ……あれ?

 僕はふとしたことに気がついた。


「覗くのってこの穴からだよね?」

「うーん、そうなるね」

「ということは同時に見れないよね?」

「うん……」

「じゃあ……どっちから先に覗く?」

「……」


 一瞬の静寂。

 これが世にいう嵐の前の静けさというやつなのかもしれない。

 そして嵐がやってくる。


「「うううおおおおおおおおおおおお!!!」」


 僕たちは我先にと必死に覗こうとする。


「僕が先にッ!」「オレが先にッ!」

「「覗くんだあああああああああああああああ!!!」」

「なにを覗くって~?」

「「ッ!!?」」


 僕たちは大きな失態を犯してしまった。

 自分が先に覗きたいと欲張ったあまり隣にいる女の子たちに騒ぎ声が伝わってしまったのだ。

 恐るおそる声がした壁のほうを見上げる。

 そこにはバスタオルのみを装着したナツミちゃんが上半身を乗り出してこちらを見下ろしていた。


「やっほ~」


 ナツミちゃんがこちらに手を振る。


 ブシャアアアアアアアアアアアッッ


 シオンが盛大に鼻血を噴き出してノックダウンする。

 ふっ、バカなやつだ。この程度で倒れるとは。

 僕なんてなんともな――――


 ――――タラーッ


「……ウシオ君、鼻血出てるよ」

「ッ!?」


 慌てて鼻血をふき取った。

 幸いなことに量は少ない。


「あのね~ウシオ君、覗きはダメだよ~」

「はい……」


 説教が始まりだし、身を縮こめる僕。


「だいたいね、そういうことは好きな人と……」


 そう言いかけたところで思わぬ事態が起こった。


 ガラッ


「……おいウシオ! やっと追いついたぞ!!」


 今まで僕を探していたリュウが登場し、こちらに向かってずかずかと歩いてきたのだ。


「……お前の好きなようにはさせないからな? その壁の向こうにはナツ……」


 口を動かしながら、その壁に目を向けたリュウ。

 視界の中には思いもしなかったであろうナツミちゃんがいた。

 二人の目と目が合う。

 視線が相手の顔から下へと向かっていく。

 唯一幸いだったのは、この世界にタオルという存在があったことであろう。

 二人は徐々に顔を真っ赤に染め上げていく。

 リュウなんて耳まで真っ赤だった。


「……ごめんなさああああああいいいいいいッ!!!」

「失礼しました~~~~~!!!」


 ナツミちゃんは元の場所にひっこみ、リュウは目にもとまらぬ速さで浴場から去っていく。取り乱しすぎの二人だった。


 ポツン……っ


 戦友は戦死し、目標は離脱、おまけに珍入者は逃亡ときた。

 正直にいって僕はもう真っ白に燃え尽きている。


「……お湯に浸かってゆっくりしよう」


 とりあえず気絶しているシオンを安全なところに運んでから湯船へと向かっていく。

 そこであることに気づいた。

 最初の湯船の人影はシオンではなかったということだ。現に今シオンは気を失っているが目の前の湯船には人影がある。

 冷静になってみると、とんだ恥ずかしい場面を見られていたものだった。

 騒いだお詫びの挨拶でもしようかな。

 そう思い人影の近くまで行き、湯船に浸かる。


 チャポンッ


 勇気を出して声をかける。


「あの、お騒がしてすみませんでした。」

「いや、気にしないでくれ!」


 太っ腹で男らしい声。優しい人そうで良かったあ。

 しかしながら、どこかで聞いたことがあるような声だ。

 だんだんと湯気が晴れていく。

 視界がクリアになり、そこには……。

 ダンディなひげを生やした二十代くらいのマッチョメンがいた。どこぞであったライオンの声に似ていると思ったが僕の勘違いだったのか。

 安堵した直後、マッチョメンがぎょっとし立ち上がって声を荒げた。


「お前、あの森で食い損ねたやつじゃねえか!」

「ッ!?」


 僕も背筋が凍るほどぞっとした。見た目は人間だが目の前のマッチョがライオネルだったということにではない。

 ライオネルが立ち上がったせいで僕の目の前にアフリカゾウが出現したからである。


「ブクブク……」

「お、おい!」


 僕は泡を吹いて気絶してしまった。





 そのころの戦友は。


「むにゃむにゃ。わーいおっぱいがいっぱーい」


 幸せそうだった。

 

 また目標の乙女は。


「……けっこういい身体してるじゃん、あいつ……」


 リンゴのような真っ赤な頬に手を当てていた。


 そして珍入者は。


「……なにもみてませえええええええん!!!」


 ……いまだに自分を見失いながら全力疾走していた。

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