湯けむりパラダイス(1)
森の出口を目指していた僕たちは、ようやく街に到着することができた。
現在はもう夕方過ぎだろうか。日が暮れようとしている。
「みなさま、お疲れさまでした! ここが本日の宿屋がある街です!」
僕たちの前に出て、こちらをふりむくリコちゃん。
「へえ、この世界にこんな街があるんだ~」
「人がたくさんいますねっ」
そんな会話をしながら街の入り口から中のほうへと歩み出す。
ボロボロの僕はリュウの肩を借りながら、まわりを見渡した。
江戸時代のような感じの外見だ。ずいぶんといろんな人たちがいる。食料らしきものをもらう人や生活用品を受け取っている人。
誰を見てみてもみんな笑顔だった。
「あら、こんにちは」「おお、いらっしゃい!」「ようこそ!」
すれ違う人たちからたくさんの歓迎をうける。
みんなが笑顔だとここまで心も豊かになるのか。
「ほんとに素晴らしい街だね~!」
「そうですねっ!」
イッちゃんとナツミちゃんも僕と同じ感想を抱いていた。
「着きました! ここが本日泊まる宿屋です!」
リコちゃんのかけ声で、はっとする僕。いつの間にか目的地に着いていたらしい。
「……ふつうだな」
「ふつうだね~」
僕たちの目の前には、一般の住居よりも少し大きいくらいの建物が建っていた。高級感もなく、かといって安っぽくもない感じの旅館だった。
「見かけはふつうですが、温泉はすごくいいんですよ!」
リコちゃんがフォローをいれる。
「よし、じゃあ入ろうか!」
「はいっ」
扉を開き中へ入ると、そこには美人な女将さんが待っていた。
「ようこそ、いらっしゃいました」
ゆかた姿の女将さんが僕たちにお辞儀する。
まずい、ゆかたでその体勢は……。
タラー
「もうコーくんっ、なにしてるんですかっ!」
「いや、これは不可抗力でッ!」
イッちゃんに叱られてしまう。
仕方ないじゃないか、僕だって男の子なんだから!
「ふふっ、かわいらしいですね。本日、他のお客様にも同じく鼻血を流された方がいらっしゃいましたよ」
いい友達になれそうだ。
「もうっ、どうしてそんな誇らしげな顔をしているんですかっ!」
「……バカだな」
「あはははっ」
「それではお部屋にご案内しますね」
僕たちは女将さんのうしろについていき奥へと進んでいった。
そうして二つの部屋に案内される。
「こちらのお部屋となります。ごゆっくりどうぞ」
そう言い残して女将さんがその場をあとにした。
「じゃあ女子はこっちで寝るね~」
「またあとでっ」
「じゃあ失礼しますおにいちゃんたち!」
そう言ってさっさと女の子たちは部屋へと入っていった。
「……あれ……?」
もしかして……こいつと二人っきり……だとッ!?
いや、そりゃ男女で分かれるのが普通なんだろうけど……
「助けてイッちゃん! こいつと二人っきりは嫌なんだ! ナツミちゃん、僕と交代してよ!!」
ドンドンッ!
悲痛な叫びをあげながら天国の扉をたたく僕。
しかし、扉が開くことはなかった。
「……仕方ないだろ。諦めろ」
「うわあああああああああああ、いやだあああああああああああああ!!!」
地獄へと続く扉が開き、僕は為すすべもなくのまれていった。
*
「あ~~~~~~~」
部屋に入るや否や、僕は畳の上でゴロゴロとしていた。現在の状況をいまだに受け入れられず不機嫌だ。
「……うるさいな、静かにしろよ」
なにか武器のようなものをいじりながら文句を言うリュウ。
にしても、リュウはなんであっさり僕と一緒の部屋を受け入れたのだろう。いつもなら心の底から嫌そうな顔をするだろうに。
今世紀最大級の謎だった。
「ねえリュウ、なんで僕と一緒の部屋をあっさりとオーケーしたのさ?」
「……」
僕が質問を投げかけた途端、作業をしていたリュウの手が止まる。
不思議に思い、もう一度呼びかけてみた。
「ねえリュウ?」
「……べ、別になんでもいいだろ」
リュウが顔をそむける。顔が赤く見えるのは気のせいだろうか。
そうだとしても赤らめる理由がわからない。
「うーん」
僕は頭を悩ませた。
……一方、突然誰かの話し声が耳にはいる。
「――――」
「ッッッ!!!!??」
「……!? 突然どうした!」
瀕死だった僕が急に立ち上がったので、リュウがびくりと身体をこわばらせる。いや、正確には僕の様子が異常だったからだろう。
そりゃあ誰だって異常になるさ。
だって……。
女の子たちがお風呂へ入りに行くと言っていたのだから。
「僕、行ってくるッ!」
「……どこにだよ!」
「お風呂だッ!!」
「……そんな気合い入れて風呂に行くのはおかしいだろ!」
僕の異様なオーラにリュウは少しひけをとっている。
「聞こえたんだ……。女の子たちがお風呂に入ってくるって……」
「……だ、だからなんなんだよ」
「そんなの決まってるッ!! のぞきに行くんだッッ!!」
「……お前最低か!!」
リュウに罵倒される僕。
最低なのはわかってる。
だけど……。
「……漢にはやらなきゃいけないときがあるんだッッ!!」
そういって部屋から飛び出し、全力で廊下を駆ける。
「……待て!! ―――――、んなことさせるか!!」
途中何と言ったかわからなかったが、ものすごい形相で僕を追いかけてきた。
*
「ハア、ハアっ」
どれくらい走っただろう。無我夢中になっているうちにリュウをまいたらしい。
あまり広くない旅館なのに迷子になっているリュウはきっと方向音痴なのだろう。いいことを知った。
……そんなことより。
「ゴクリっ」
今、僕の目の前には男と女が書かれたのれんがある。
片方をくぐり抜けると理想郷が広がっているだろう。
しかし、僕は自分の中に潜むけだものを抑えこみ、青いのれんをくぐり抜けた。
「…………」
誰もいない。服の入ったかごがひとつだけ置いてあった。
男湯には僕の他に一人いる。
その人物に気づかれずにのぞくのか、どうしたものか。
そんなことを考えながら身にまとっている衣服を脱ぎ捨て、湯船のある空間に一歩踏みいれる。
湯気がたちこめていて、あまり視界は良くない。
奥のほうへと足を動かし露天風呂に向かった。
外に出ると視界はよくなったが、湯船のほうは湯気がすごくてあまりよく見えない。
どこからか黄色い声がとんできた。
「うわ~、イネすごーい!」
「や、くすぐったいっ!」
「おねえちゃん、すごいです!」
力が。
英知が。
勇気が。
僕の底から込みあげてきた。
目を凝らしあたりの状況をよく確認してみる。
すると湯船の中に人影が見えた。
「よし、僕以外の人物の位置を確認」
小さくガッツポーズをとる。
あとはのぞけるポイントを発見するのみ!
露天風呂の入り口から、天界(おんなゆ)と下界(おとこゆ)を隔てる壁へと移動し、のぞける隙間がないかを調べてみた。
しかしながら、そんな隙間など当然存在しなかった。
「ナツミちゃんの肌すべすべっ!」
「そんなことないよ~」
「おねえさん、すっごいきれいです!」
「「くうううううううううううッッ!!」」
理想郷はもう目の前にあるというのにッッ!!
悔しさのあまり壁をたたきまくった。
ドンドンドンドンッッ!!!
ポロッ
「「ん??」」
壁から何かが落ちた。
奇跡が起きた。
穴があいたのだ。
(よっしゃああああああああああああああああああ!!)
声を出すとまずいので心の中で叫んだ。
さっきから何か違和感を覚えているが、そんなことどうでもいい。
僕は手と手を合わせ、
「「いただきます」」
この世のすべてに感謝を込めた。
できた穴をのぞこうと首を動かした。
次の瞬間、僕の視界には花園が広がっていた。
……はずだった。
ガンッ
頭が何かにぶつかったのだ。
ぶつかるものなど何もなかったのに。
「「なんなのもう!」」
そちらの方向に目をむけた。
そこにはどこか僕に似た銀髪のイケメンの顔があった。
……え?
「「……Who are you?」」
あっ、セリフかぶった。
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