いるはずもない悪魔(2)

「……お前が誰だよ」


 大胆不敵に彼は言った。

 彼は囚人服を身にまとっており、青年にしては長めの黒髪で片側にながしている。片目が前髪に隠れていてクールな印象を受けた。


「あのねー、誰かもわかんないのに手錠なんてさせたらだめでしょ!」

「……うるせー」


 もう一人の警官少女がツッコミをいれる。

 ショートヘアの茶髪ですらっとしたスタイル。一緒にあらわれたクールボーイとは対照的で元気はつらつとしていた。


「ちっ、てめえらもこいつらと同じ冒険者か! 面倒な!」


 手錠をはめられたライオネルがうっとうしそうに乱入者をにらみつける。

 僕たちと同じ存在……? 僕たちの味方になってくれ……るかも。

 これは神様が与えてくれたチャンスなのかもしれない。よくわからないが、ここで協力してもらう他に 助かる道はないだろう。

 僕は全身全霊で叫んだ。


「た、頼むよ! 僕たちを助けてほしいッ!!」

「……断る」

「ッな!」


 即答だった。

 こんなに心の底から頼んだのに一拍もせずに拒絶しただと!?


「ど、どうして!?」

「……お前が気に食わないから」

「ッなあああ!」


 僕が嫌いだから断っただとッ!?

 こんにゃろうッ……!


「冗談だよ~! こいつの言うことなんか気にしないで!」

「……いてててっ」


 そういって少女は野郎の耳をひっぱりながら木から飛び降り、僕たちのもとへ寄ってきた。


「あちゃあ、こりゃ完全にダウンしてるねえ。この子は私が運ぶからリュウはそっちの忍者君を運んで!」


 と倒れていたイッちゃんをおんぶしてリュウと呼ばれる囚人に頼む。

 なっ、僕がこいつに!?

 死んでもお断りだねっ!!


「……なっ、俺がこいつを!? 死んでもごめんだっ!」


 いい回答じゃないか。


「そんなこと言わないの! もう!」

「……いてててっ」


 さっきと同じように耳をひっぱる女の子。

 いい気味だよ!


「おい、逃がさねえぜ? ふんッ!」


 バキンッ


 ライオネルは強引にその手錠を壊し、自由の身となる。


 ガシャンッ、ガシャンッ


「あん?」


 そんな金属音とともにライオネルの手足が、さっきよりもすごそうな手錠によって拘束された。


「なんじゃこりゃああああああ!!」

「それはね、私お手製の手錠! さっきのリュウが出したのとは比べ物にならないからね~!」


 ライオネルの悲痛な叫びとは裏腹に警官少女の楽しそうな声が響く。


「じゃあ今のうちに行こうか! リュウはやく!」

「……ちっ」

「ちょっと! 痛いよ!」


 女の子に促されたリュウはしぶしぶ動けない僕を運び出した。服を引っ張ってひきずるような形で、だが。

 こいつ、あとで覚えてろよ!


「あっ、待ってくださいー!」


 ポカンとしていたリコちゃんがあとからついてくる。


「おいこら、待ちやがれ! イーグル、お前はなんで追いかけないんだよ!」

「……」


 そんなこんなで、僕たちはなんとかピンチを免れることができた。イーグルが何もしてこなかったことに違和感があるだけど。


「ッ!? だから痛いよ!」

「……ふん」


 こいつとの間にはベルリンの壁でも設けるとしよう。

 そう固く心に誓う僕だった。



 *



「ふう、ここまでくればもう大丈夫かな~?」

「はあはあ、しんどいです!」


 ライオネル達と出くわした場所からどれくらい離れたところへ来ただろうか。相当はやいスピードで逃げてきたから追跡されることもないはずだ。


「おつかれさま! えらかったね~。」

「えへへっ」


 パワフルガールがリコちゃんをなでなでする。

 疲れ顔だったリコちゃんが一気に笑顔になった。


「ありがとです! 警察のおねえさん!」

「もうそんな呼び方やめてよ~。私はナツミっていうの! だからナッちゃんって呼んで!」


 そう言われたリコちゃんはうつむいてしまった。

 どうしたんだろう。


「ええっと……正義のおねえさん!」

「もう、恥ずかしがり屋さんなんだから! 仕方ないからそれでいいよ!」


 なるほど、恥ずかしくてうつむいていたのか。

 言われてみれば僕たちのことも、忍者のおにいちゃん、ナースのおねえちゃんと呼んでいたっけ。今となっては親しんでくれているのか、おにいちゃん、おねえちゃんと呼んでくれている。

 きっとナツミちゃんのことをおねえさんと呼ぶ日も近いだろう。


「……んっ、むにゃっ。おはようございますっ」

「おっ、目が覚めたね。良かった良かった!」

「おねえちゃん! よかったです!」

「わっ、リコちゃんっ」


 気を失っていたイッちゃんがようやく目を覚ました。

 ほんとによかったあ。

 リコちゃんなんか喜びすぎて抱き着いちゃってるよ。

 ……僕もしたかった。

 でも、今は僕の体が思うように動かないからなあ。


「え、えっと……あれっ? どうなって……あっ、コーくんがライオンさんを……」


 なぜか涙目になるイッちゃん。

 僕は慌てて弁明した。


「いや、実はあいつ死んでなんかいないんだ! だから大丈夫だよ!」

「そ、そうなんですかっ? よかったっ……」


 泣きそうな顔から笑顔になるイッちゃん。

 一転して笑顔から不思議そうな表情へと移り変わる。


「……じゃあ、あの後どうなったんですかっ」

「僕がライオネルから大ダメージを受けて絶体絶命だったんだよ。そこにナツミちゃんとこのバ……リュウが助けにはいってくれたんだ」

「そのと~り! えっへん!」

「……おいお前、今俺の事バカって言いかけてなかったか?」


 えっ、そこは褒めるとこでしょう。よく言い直しました、えらいぞ僕!


「そうだったんですかっ、ありがとうございましたっ! わたしはイネっていいますっ。よろしくお願いしますねっ!」

「おっけー! 私はナツミっていうの! よろしくねイネ!」

「はいっ、ナツミちゃんっ!」


 女の子たちがお互いに自己紹介をした。

 この二人、仲良くなれそうでよかった!

 よし、じゃあ僕も……。


「君は……ろくでなしのバカ野郎っていうんだね! 僕はウシオっていいます! ぜひウシオ様と呼んでください!」

「……俺はリュウ。龍神様と崇めてくれて構わない。あとお供え物は一年で三百六十五回だけでいいから」

「「あん?」」


 僕とリュウの眼光が火花を散らす。


「はいはいリュウそこまでね~」

「……いてててっ」

「コーくんっ、そんなひどいこと言っちゃダメですっ!」

「……ご、ごめんなさい」

「うわあ……」


 女性陣たちに、いともたやすく仲裁されてしまう男性陣。男とは女の前では無力なものだ。リコちゃんが圧倒的な光景を前に少しひいている。そんな目で見ないで。


「そこで一歩ひいているかわいいお嬢さ~ん! あなたはなんてお名前?」


 ナツミちゃんがリコちゃんに呼びかける。

 固まっていたリコちゃんが我を取り戻し応答した。


「あ、あたしはこの世界の案内人をつとめさせていただきます、リコと申しますっ! ふ、ふつつかものではありますがよろしくお願いします!」


 一度聞いたことのあるフレーズだ。

 相変わらず初々しくてかわいい。


「あなたも案内人だったんだ~」

「あなた、も?」


 何か含みのあるような言い方だった。

 他の案内人のことでも知っているのだろうか。


「私たちもここに来た当初は案内人くんがいたんだけどね、なんか行方不明になっちゃってさ~。その子を探してる途中であなたたちに出会ったの!」

「そうだったんですかっ」

「ねえ、リコちゃん。その行方不明になった子はリコちゃんのお友達だったのかな?」


 僕はリコちゃんにさりげないことを聞いてみた。

 しかしリコちゃんはまたもやうつむいていた。

 恥ずかしがることなんて一つもないのに。


「……リ、リコちゃんっ?」


 イッちゃんも違和感を覚えたのか、リコちゃんに呼びかけた。


「……は、はい!?」


 ふと我を取り戻したリコちゃん。

 僕たちは心配になった。


「リ、リコちゃん……。大丈夫?」

「は、はい! あたしは元気です!」


 とりあえず、嘘ついていることははっきりと分かった。


「無理しないでねっ?」

「そうだよ、しんどい時はちゃんといいなよ?」

「……ありがとうございますっ」


 何度目だろう、またまたうつむいてしまう。


「ええっと、本題に入ってもいいかな?」

「あっ、お願い!」


 ナツミちゃんがこれからの目的についての話題に切り替えてくれた。クラスの委員長って感じだなあ。


「私たちは私たちの案内人くんを探すために行動してきたんだけど。実際、リコちゃんがいるからもう案内人には困らないんだよね~」


 ……とてもサバサバとしていた。


「だけどあの子おどおどしてて心配だから、見つけてあげたいの!」


 なんだ、やっぱり委員長なのか。

 それと、そんな案内人で大丈夫なの……?


「そこであなたたちにも手伝ってほしいの!」

「うーん……」


 ここは協力してあげたいところなんだけど……。

 すこし……めんどくさいかなあ。


「はいっ、喜んでお手伝いしますっ!」


 イッちゃんが快く引き受ける。

 よし手伝いましょう。


「僕も協力するよ」

「ありがと~! リコちゃんもいいかな?」

「……はい、大丈夫ですよ」


 少し元気のない返事だった。ほんとにどうしたんだ。

 ナツミちゃんが声を張り上げる。


「じゃあとりあえず――――どうしよ!?」


 一同ずるむけ……じゃなくてずっこけ。


「あははははっ、細かいことまで考えてなかった~!」

「え、ええっ……」


 さすがのイッちゃんもあきれてしまっている。


「……こんなやつなんだ。早く慣れることだな」

「ったくも~、うるさいな~」


 リュウの一言にぶーぶーくちびるをとがらせるナツミちゃん。仲いいよね、この二人。

 そんなやりとりの中、いまいち調子の出なかったリコちゃんが言い出した。


「もうすぐでこの森を抜けられます! そうしたら街に出ますので宿屋に向かいましょう! そこで詳しい作戦を決めませんか?」


 一通りのプランをガイドしてくれるリコちゃん。 おっ、こういう話になると調子が戻るんだね!


「よ~し、じゃあひとまず宿屋に向かうぞ~!」

「「「おーっ!!!」」」


 こうして、僕たち一行は歩き出して宿屋へと向かった。

 僕は相変わらずひきずられての移動だが。


「だから痛いよ! 地面に引きずらないで!」

「……ならこれでいいか?」

「ほわあああああああああああああっ!! 地面がダメだからって木から木に飛び移らないでー!!  高いところこわいいいいいいいいいっ!!」

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