いるはずもない悪魔(1)

 神様が与えてくれたハッピーデイが終わり朝を迎える。ずっとテントのそばで見張りをしていたのだが、なにも起こらなかった。


「少し寝ればよかったかな」

 なんてつぶやいたとき今まで用事で出かけていたリコちゃんが帰ってきた。


「一晩中、見張りのお仕事お疲れさまでした!」

「ありがとう、リコちゃん。さすがに眠たいよ」

「あははっ、今晩は必ず寝てくださいね!」


 苦笑いしながら僕を気遣ってくれる。


「リコちゃんは何の用事だったの?」

「……女の子の秘密です!」

「意味深すぎる……」

「ふわあ、おはようございますっ。あっ、リコちゃんおかえりっ」

「ただいまです!」

「イッちゃん、よく眠れた?」

「はいっ! コーくんが守ってくれてたおかげでぐっすりですっ!」


 は、恥ずかしい。バレてたのか……。

 僕が照れくさくしているとリコちゃんが出発を促した。


「さて、みなさんおそろいのようですし出発しましょうか! 今から出ると今夜は宿屋に泊まれそうです!」

「やった、今日はぐっすり眠れそうだ!」


 今夜こそさすがに一つのベッドってわけじゃないよね……?

 か、勘違いしないでよねっ! べ、別に期待してるわけじゃないんだからね!


「…………」


 誰得なんだよと思うようなツンデレキャラを演じていると、リコちゃんはとんでもない情報を提供した。


「しかも宿屋には温泉があるので、ぜひ期待してください!」

「やったっ、嬉しいですっ!いくら汚れないとはいえ気持ちが悪いですっ」


 言い忘れていたが、この世界では食事を必要とはしないうえ体はにおわない。けがや病気などもないのだが、ひとつだけ普通の世界と共通することがある。

 それは疲れを感じるということだ。

 疲れるという言い方は少しずれているかもしれない。元気がなくなる、エネルギーがなくなるといったほうが的を得ている。

 精神エネルギーが消費されるのだ。精神エネルギーは活動したり、魔法を使ったりすると無くなる。ダメージを受けてもなくなるらしい。

 逆に、リラックスしたり寝たりすると回復する。

 心の持ちようによって僕たちの力は左右されるのだ。

 偉そうに説明したが、全部リコちゃんの受け売りなのでした。


「おにいちゃん、行きますよ!」

「は、はい……」


 リコちゃんには頭が上がりません。


「では参ります!」

「あいさ!」

「はいっ!」


 こうして一晩過ごした荒野をあとにしたのだった。





「森が見えてきましたね。ここを抜ければ宿屋に着きます!」

「よし、もうひと踏ん張りだね! がんばろイッちゃん!」

「はいっ!」


 荒野をあとにしてから数時間が過ぎていた。時刻でいうともうおやつの時間だろうか。

 この調子だと余裕をもって宿屋につけそうだ。


「では森に突入です! おじゃましまーす!」

「「おじゃましまーすっ!」」


 声をそろえて森の中へと入っていった。

 思ったより暗い場所で、何かが出てきそうな雰囲気だ。


 ガサガサッ


「「ッ!!」」


 女の子たちが音にびっくりする。ふたりともかわいい表情だ。

 こんな女の子たちに囲まれている僕は、もしかして幸せ者だったりするのだろうか。

 ……ぬふふ、こんな日々が続けばいいのに。


「何をにやにやしているんですかコーくんっ! わたしたちのビクビクした姿がそんなにおもしろいですかっ!?」

「そーですよおにいちゃん! ひどいです!」


 にやにやしている僕に対して恐怖心をぶつける女の子たち。

 別にそんなつもりじゃなかったんだけどなあ。


 ガサガサ


「「ッ!!」」


 またもや肩をびくっとさせる女の子たち。確かに、これはにやにやしてしまうくらいかわいい。

 それにしても、さっきからなにがガサガサしてるのだろう。動物でもいるのかな。

 そんな軽い気持ちで音源に近づいてみた。

 音源まであと少しというそのとき。

 突然何者かが姿をあらわし僕を襲った。


「ッ!?」


 忍者である僕はなんとかその一撃をかわすことができたが、相手の姿を見て絶句する。

 その者の首から下は僕たちと同じ人間の姿をしていた。古びた白いTシャツの上にボロボロの黒いパーカーを羽織り、ボロボロに破れたジーンズを身に着けている。

 スラム街に住む荒れたムキムキの青年、そんな感じだった。

 しかし決定的に僕たちとは異なる。

 顔が獣の、ライオンのつくりをしているのだ。

 ライオンの獣人。まさにそのものだった。

 鋭い牙を見せつけながら、ライオンの獣人が口を開く。


「お前ら冒険者だな? だったらオレに食われろ」


 一瞬、理解が遅れた。

 僕たちを食べる、なにを言ってるのだ、と。

 そんな中もう一人、奥のほうから姿を現した。


「ライオネル、この人たちうんともすんとも言わない。恐い思いをさせないうちに食べ切ろう」


 ライオネル、そう呼ばれるライオンの獣人と同じ格好をした者だった。

 違う点といえば真逆の色の服装であり、顔がタカのようであるということだ。言葉遣いや雰囲気からするにものごしが柔らかそうな人だ。


「イーグル、お前はだまってろ」

「あ、あなたたちはいったい!」


 僕たちの中で最初に口を開いたのはリコちゃんだった。

 そんなリコちゃんをライオネルは軽蔑の目で見つめる。


「てめえみたいなクズに用はねえ、あるのはそいつらのエネルギーさ!」

「なっ……!」

「てめえらのような存在はこの世に生まれるべきじゃねえんだよ!」


 リコちゃんが表情をゆがめる。

 瞳に滴が生まれた。

 さすがの僕も今のやり取りには憤りを覚えた。

 ふつふつと怒りが込み上げ、それが僕の勇気となり力の源となった。


 シュババババババッ


「それ以上口を開くなあああッ!」


 バリバリバリッ!!


「うッ、ぐウウウウウアアアッ!!」


 どうしようもない術しか使えなかった僕が、高ぶる心の働きによって信じられない力を発揮した。

 恐ろしいほどに強い怒りが一撃必殺の雷となりライオネルを食らう。

 無の世界へと誘う一撃をまともに受けたライオネルは、真っ黒焦げになり大地に伏せた。


「コーくんっ!?」

「おにいちゃん!?」

「……へ?」


 無我夢中だった僕は不思議な感覚にさらされていた。まるで自分を外から眺めているような幽体離脱しているような……。

 我を取り戻した僕は目の前の光景を目の当たりにして驚く。


「あれ僕……ってえええええええ!? ひどいことを言った敵とはいえなんてことを!」


 目の前で、ライオン人間の倒れている姿が視界にうつり焦る。

 こいつらが出てきてから全然展開についていけない! だってつい昨日の夜にはラブコメみたいな雰囲気だったんだよ!

 世界が百八十度変わりすぎでしょ!


「と、とにかく、えっとあの……あれ? し、死んでるううううううううううううッ!?」

近づいて見てみればこの獣、白目をむいていた。

「あ、ううっ……」


 パタン


「イッちゃん!?」


 僕が人を殺めてしまったことにショックを受けたのだろうか。

 イッちゃんは気を失い倒れてしまった。

 それに対して、亡き人の仲間であろうイーグルは微動だにしない。亡きがらになんて目もくれず、ただただリコちゃんを凝視していた。

 ……なんてよそ見している暇はない。

 とにかく気絶したイッちゃんをどうにかしないと。

 そう思って倒れているライオネルから離れようとした。

 次の瞬間。

 殺気を感じた。

 奥の影からは死がこっそりとこちらをうかがっていた。

 本能が警告した。

 その場から離れろと。


「やばいッ!」


 条件反射に近い反応速度でその場から離脱した。

 だがコンマ何秒の差で遅かった。

 何者かの鋭く太い爪先が僕のわきばら付近を貫きひきちぎった。


「ぐぼおっ!?」


 内臓は飛び出さなかった。

 だが、自分という存在の一部分が消滅した気がした。

 いや、実際にはそうなのだろう。

 全身に力が入らない。

 傷口からはエネルギーのようなものが流れ出ている。

 リコちゃんは恐怖におびえ震えていた。


「あーあ、けっこうきいたぜ」


 死んだはずのライオネル、そのものの声だった。

 ライオネルは何事もなかったかのように立ち上がる。


「な、……っ……で……ッツ」


 なんで。

 たった一言ですら声にならないほど僕は弱っていた。

 にやあっと、どうもうな牙を見せつけながらライオネルが得意げにする。


「オレはよ、とんでもないほど治癒力が高いんだよ! オレを殺したいなら消し炭になるくらいにしてもらわないとなあ」


 そんなの、反則級じゃないか。

 僕には弱々しく下唇をかむことしかできなかった。


「……そんなことより早く食べちゃおうよ」

「ったく急かすなよ」

「……」

「……じゃあ食っちまうか。まずはお前からにしてやるよ、エビ野郎」


 そう宣告し、僕に太い人間のような手を伸ばしてきた。


「お、おにいちゃん!」


 もうだめか。ごめんイッちゃん、リコちゃん。

 たった二人の女の子さえ守れない、情けない男で。

 生まれ変わったら必ず……強い男になるから。


「いただくぜ」


 そうライオネルが言葉を発し、僕がすべてを受け入れた。


 シュッ


 どこからか手錠が飛んできた。

 ライオネルの両手は拘束され食事が中断される。


「誰だ!」

「……」


 ライオネルとイーグルが手錠の飛んできた方向をむく。

 僕も力を振り絞って見てみた。

 視界に入ってきた光景は、囚人服の青年と警官姿の少女が高い木の枝に立っているものだった。

 囚人服の彼がこうつぶやく。


「……お前が誰だよ」

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