忍者としての門出(4)

 さてさて、僕の目の前には一つの布団が敷かれている。

 隣にはゆるふわ系女子、イッちゃんがいる。

 現在、ふくろうが鳴くようなおやすみの時間帯だ。

 これらの条件から導き出される答え。それは明確なものだった。

 熱い一夜を過ごせ。


「神様、ありがとう」


 これから精一杯真面目に生きてゆくことを誓います。

 こんな幸福を与えてくれた神に感謝を表し、誓いをたてた。

 ……なんてね、やっぱりイッちゃんを悲しませるようなことはしてはいけない。 ここは賢者となるのだよウシオ。

 そう自分に言い聞かせ賢者タイムへと突入した僕。そこに露出気味なナース服を身にまとったイッちゃんが、前かがみになって僕のことを心配そうに見てくる。

 まずいッ、そんなことされたらッ!!


 シュババババババッ


「ど、どうしていきなり印を組み始めるんですかっ?」


 イッちゃんがさらに顔を曇らせる。より心配をかけたからだろうか、僕の顔を覗き込んできた。

 ダメだ、その姿勢でそんなに近づかれると……ッ!!


 ブシャアアアアアアアアアアアッッ!!


「だいじょうぶですかっ、コーくんっ!?」

 

 真っ赤な一輪の花を咲かせた僕はそのまま気を失ってしまった。





「……っ」

「……んっ?」


 誰かが僕を呼んだのか? その声で僕の意識は戻ってきた。

 僕はどうなって……ああ、イッちゃんの特大プリンのせいで気を失ったんだっけ?


「あっ、気がつきましたかっ?」

「ん?」


 視界がぼやけてよく見えなかったので目をこすった。

 クリアになった視界の中には、黄色いイヌのイラストが描かれた薄い赤色のパジャマ姿のイッちゃんがいた。

 うぬッ!? ぐううううううッ!

 真っ赤な噴水が込み上げてきたが、なんとか抑える。

 このかわいさ、反則だよ! カメラがあればいいのにッ、とこれほど思ったことはない。


「あ、あの大丈夫ですかっ?」

「う、うん、なんとか。その恰好どうしたの?」

「あの、パジャマに着替えたいなあ、なんて思ってたら服装が変わったんですっ! これも不思議な力のおかげなんですかねっ?」

「へえ……」


 まさに魔法だ。

 念じただけで服装が変わるなんて…。

 僕もやってみようかな。


「よっ!」


 ボンッ


 忍者の服装から一瞬でパジャマへと変化した。

 す、すごい、僕にもできた!!

 しょうもない術しか使えなかった僕にとっては飛び跳ねるほどの感動だった。しかも黒の服に白いフクロウがプリントされている。

 イカスゼ。


「素敵ですっ、コーくんっ!」


 目をキラキラさせるイッちゃん。


「イッちゃんもすっごいかわいいよ!」

「……あ、ありがとうございますっ」


 一転して照れるイッちゃん。

 表情が次々に変わる、とてもかわいい女の子だ。


「あ、あのそろそろ寝ませんか……?」


 目をそらしながらイッちゃんが提案してくる。

 そうだね、もう時間も遅いだろうし。


「うん、そうしよう! ……ってどうやって寝ようか」

「……コーくんさえよければ……わたしは構いませんよっ、一緒のお布団でも」

「はい、喜んでッ!!」


 こんな幸せなデジャヴ体験したことがあっただろうか、いやないだろう。

 僕は明日、とんでもない目にあうんだろうなあ。そう思ってしまうくらいに幸せだった。


「あの、コーくん……えっと、よろしくお願いしますっ!」


 意味深なあいさつですね、期待しちゃうじゃないですか。


「あはは……よろしくね」


 苦笑いしながらも一応返事を返す僕。

 まあ、そんなこんなで……。

 僕たちは今、同じ布団の中にいる。お互いにそっぽを向いた形になっているが、 心臓のドキドキ具合が半端じゃない。イッちゃんにまで聞こえているような気がして、さらに顔を朱に染める。

 ……彼女は今どんな気持ちになっているのだろう。僕と同じ気持ちなのかなあ。

 次々にあふれてくる疑問。

 知りたい知りたいとそう思うようになっていた。 

 そうして、暴走してしまった列車はもう僕の手には負えなかった。

 イッちゃんのほうにからだを翻る

 同時に彼女もこちらへと振り向いたらしい。


 つんっ


 そんなかわいらしい効果音とともに僕たちの鼻先と鼻先とが触れあった。


「「ッ!?」」


 頭が真っ白になった。何も考えられない。

 ど、どうしよ!! ぬわああああああああああああああ!!!

 僕がパニックになる一方で、イッちゃんは不思議と落ち着いているように見えた。

 と、とりあえず顔を離そう。そう思ったときイッちゃんの口が開いた。


「……コーくん……わたしでよければ……いいですよ……?」

「……!?」


 信じられないことに気づいてしまった。

 そのせいで、イッちゃんの言葉は僕に届いていなかった。

 なにやらやわらかい感触が上半身のあたりから感じられるのだ。

 僕の列車が変なレールへと切り替わった。

 ……女の子って普通寝るとき……つけているのだろうか?

 だってこの感触、尋常じゃないほど柔らかいんだもの……。

 もう限界だった。


「ごめん! 僕ランニングマンしてくるね! 先に寝てて!!」

「あっ、コーくんっ……」


 シュバッ


 チキン野郎などと好きなように罵倒すればいいッ!

 だって、あんなの純情ボーイの僕には耐えられないよ!!

 テントの外に出ると冷たい風が僕のくびもとをなめた。

 しばらくすると沸騰していたマグマも落ち着きをみせる。


「……はあ。イッちゃんには失礼なことをしてしまったなあ」


 必ずあとで謝ることにしよう。

 これからどうしようかなあ。テントの中には戻れなさそうだし。


「……仕方ない、今日はテントの前で一夜を過ごすとするか」


 もしかするとなにかが襲ってくるかもしれないからね!

 パジャマから忍者服へと変身しなおした僕は、日が昇るまで番をした。

 こうして波乱万丈の一日目は幕を閉じ、新たな日々が始まるのだった。


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