忍者としての門出(3)
「退屈だ……」
旅が始まってからもう何時間が過ぎただろう。太陽が僕たちにさよならを告げようとしている。もう夕方だ。
正直に言って、この数時間は暇で仕方なかった。
イッちゃんやリコちゃんとお喋りするのは、もちろんのこと楽しかったのだが、いくら歩いても無限に広がる荒野の景色が変わることはなかったからだ。
これでは米だったときと変わらない。
「ねえリコちゃん、もう夕方になっちゃったけど夜はどうするの? どこかに宿屋とかあるのかな?」
「あるといえばあるのですが、本日到着することは難しいかと……。」
本当にあるんだ……。あとはモンスターとか出てきたら完全にRPGの世界だね。
そんなバカなことを考えているとリコちゃんが続けて、
「ですから本日は野宿を決行します!」
「の、野宿ですかっ……。」
イッちゃんが不安そうな表情を浮かべた。ここ数時間でイッちゃんのこともなんとなくわかってきた。心の気持ちが表情に出ちゃう正直な子だ。
とはいえ、イッちゃんの気持ちも分かる。
米だった頃も野宿のようなものだったが、田んぼは僕たちにとって家そのものだった。
しかしここは田んぼではない、家ではないんだ。
不安にもなる。
一人暮らしをすることになった若者の気持ちが痛いほど分かった。
そんな僕たちの内心を察してかリコちゃんが声をかけてくれる。
「大丈夫ですよ! この世界にはあなた方を襲う敵なんていないのですから! 安心して眠ってください!」
「ありがとね、リコちゃんっ!」
「……はい」
イっちゃんが優しいリコちゃんにお礼をいう。恥ずかしかったのか、リコちゃんはうつむいてしまった。表情がよく見えない。
リコちゃんって小さいのにしっかりしてて立派だなあ。たまに照れ屋な一面を見せるのがまたかわいらしいんだけど。
うつむいていたリコちゃんが顔上げる。
「さて、もうひとふんばりがんばりましょう!」
「了解です、隊長!!」
「も、もうっ、やめてください!」
「ふふ、いきましょうかっ。」
こうして日が暮れるまで僕たちは歩き続けた。
*
日が完全に沈みきったころには僕たちはテントを張りたき火を囲んでいた。ちなみにテントはリコちゃんの能力で作り出したものだ。ガイドさんであるリコちゃんは、旅に必要なものなら基本的になんでも作り出せるらしい。
見た目とは反してハイスペックガールだった。ジョウロで花を育てる程度にしか水を出せない僕とは比べものにならない。
ちなみに僕たちのような存在に食事は必要ないらしい。いくら時間がたってもおなかが減らない。
せっかく人間の姿をしているんだから、食事を堪能してみたかったけど。
「リコちゃん、わたしたちはあとどのくらい歩いたら出口にたどりつくのかなっ?」
たき火にあたっていたイッちゃんがふと尋ねた。
「そうですね……。くわしい日数は分かりませんがまだまだなのは確かです!」
「ですよねえ……。」
思わずため息が出そうになった。
苦い顔をしている僕とは対照的に、イッちゃんは楽しそうな表情を浮かべている。
「ふふっ」
「どうしてそんなにウキウキしているんですか? 忍者のおにいちゃんは嫌そうな顔をしているのに」
心が痛みます。
その一方、イッちゃんは屈託のない笑顔で答えた。
「だってね、今日みたいな楽しい旅が続くと思うとわくわくしちゃってっ。三人で仲良くするのすっごく楽しいんだもんっ!」
「忍者のおにいちゃんはいいとして……あたしといて楽しいんですか?」
「うんっ、すっごく楽しいよっ?」
ヒマワリのように明るく、元気をくれる笑顔だった。
「……あ、ありがとうございます!」
夕方と同じようにうつむいてしまうリコちゃん。表情は相変わらず見えないが、前回とは異なり嬉しそうにしているのはよくわかった。
「あ、あたしちょっと用がありますので失礼しますね! 先に寝ていてください! あたしのことは気にしなくていいですから!」
そう言い残してリコちゃんは月明りが差す闇の中に走り去ってしまった。
こんな時間になんの用があるのだろう。というか、あんな小さな女の子一人で大丈夫だろうか。
まあ、この世界にはそんな危険がないらしいけどね。
「あの、コーくんはわたしといて……楽しいですかっ?」
ややあって、イッちゃんが少し照れくさそうに聞いてきた。
心なしか少し顔が赤い。こちらまで恥ずかしくなってしまう。
「……うん、もちろん楽しいよ! 一緒に旅ができて嬉しい!」
「そう……ですかっ! よかったですっ!」
今日一番であろうとびっきりの笑顔を咲かすイッちゃん。
この笑顔はもはや兵器だ。
並みの男であれば即死級であろう。
……そういう僕はすでに瀕死状態なんだけど。
悶々とした気持ちの中、イッちゃんが小さなあくびをこぼした。
月はすっかりてっぺんにまでのぼっている。
「ふわあ、なんだか安心して眠たくなっちゃいましたっ。そろそろ寝ましょうかっ」
「そうだね。リコちゃんのことが気がかりだけど、先に寝ててっていわれたからね。テントに入……!?」
テントに入ろうか、そう言いかけたところで重大なことに気付いてしまった。
「……これ、テントが一つしかない……じゃんか」
「あっ!」
これは由々しき事態だ。
さすがに若い男女が出会ったその日の晩一緒に寝るのはまずすぎるだろう。
一つ屋根の下なんてレベルではない、一つのテントなんて問題すぎる。
……いや、僕としてはすごくウエルカムなシュチュエーションなんだけど。
悪魔:おい、さっきまでいい雰囲気だったんだから、このまま勢いで一緒に寝てしまえ!
天使:ダメだよ、女の子とそんなことしたら!
僕の中の天使と悪魔が現れ、言い争いを始めた。
くうう、僕はどうすれば……イッちゃんは僕にどうしてほしいのだろうか……?
「……イッちゃん、どうしようか……?」
「うう……」
イっちゃんの顔はさっきより真っ赤だった。
まるでお風呂あがりのようだ。
僕:この反応は……脈ありじゃない?
悪魔:そうだそうだ、いけいけ!
悪魔が僕の男心という火薬に火をつけた。
僕の中の何かが火花を散らし始める。
僕:そうだよね、これは一緒に寝るべきだよね!
悪魔:おうよ、それがいい!
天使:ダメだよ女の子とそんなことしちゃ! ……男の子としなくちゃ……。
天使がなにやら言ってるが無視することにしよう。
僕:よし、勇気を出して言ってみよう!
悪魔:おう!
僕:一緒に寝たいって!
悪魔:それがいい!
僕:あわよくば……ひとつになっちゃったり……なんて!
悪魔:ばかやろうッッ!!(バキイッ)
天使:なんでわたしにっ!?
悪魔がイッちゃんのように顔を真っ赤にさせながら、天使の顔面に一撃を浴びせた。
悪魔:そ、そ、それは……まだ、はええええよおおおおおおッ!!
ボンッ
天使:あっ、ちょっと待ってよ!
ボンッ
悪魔が消え、それに続いて天使も姿を消した。一体なんだったんだ。
とにもかくにも本題に戻ろう。
本音でいうとやっぱり一緒に寝たい。
だけど、やっぱりそれはダメだ。
自分の赴くままに行動して誰かを傷つけるなんて最低なことだから。一緒に寝るのはお互いに気を許せるようになってからだと僕は思う。
うん、そうしよう。
「コーくんさえよければ……わたしは構いませんよっ……?」
「喜んでッ!!」
秒速の返答だった。
「じゃあ……はいりましょうか……?」
「にこっ!!」
ウシオ、今日一番の笑顔がそこにあった。
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