運命には抗えない(2)
オールバックの前髪から触角のように一本垂らした目つきのクールな……お米。
「……who are you?」
「発音下手くそだな」
「日本人だからいいんですうー」
この場合は日本製のお米ということで解釈してほしい。
突如として現れた二人目のお米。
彼はトビイロウンカに襲われても問題ないと断言した。
「君のことを知りたいけど……その前になんで問題ないって言えるの?」
「時期にわかる」
「はい?」
説明のせの字もない答えに僕は首をかしげる。
直後のことだった。
ズォ――――ッ
猛烈な風切り音が僕の耳元をかすめた。
遅れて暴風がひろがる稲の景色に波を作り出す。
目を開けると眼下のトビイロウンカの姿が消えていた。遠くのほうで鳥が鳴く。
お米のまゆがつり上がった。
「要するに、ほっといても鳥が駆除してくれるんだよ」
「なるほど……」
納得のいく説明だった。僕と同じお米であるはずなのに力の差を感じる。このお米はいったい何者なんだろう?
僕の言いたいことを察したのか。
オールバックのお米が一つ咳払いをしてからこう名乗った。
「俺の名前はユウ。お前の――――兄だ」
「……へ?」
思いもよらない自己紹介に僕は目が点になる。
このお米が僕の……兄さんだっていうのか?
「言いたいことはわかる。だが考えてもみろ。俺たちは同じ稲で育ったんだ。これを兄弟と呼ばずしてなんとする?」
「まあ……そりゃそうなんだけど」
理屈にはかなっている。かなってはいるんだけど、お米という事実がどうしても邪魔して受け入れられない。
兄だと名乗るユウ……兄さんはどうとしてないみたい様子だ。……彼はひょっとして僕の知らないことを色々知っているんじゃないだろうか。
「じゃあさ、ユウ兄さん。兄さんはこの状況をどう思ってるの?」
「この状況? 俺たちが米だってことにか?」
「うん。はっきりは覚えてないんだけどさ、僕はもともとお米じゃなかった気がするんだ。ひょっとして兄さんもそうなんじゃない?」
「まあ、その通りだが」
ビンゴだ。
ユウ兄さんは僕の知らない情報を握っている。このどうにもならない状況を打開するためにはまず知ることが大切だ。
僕は兄さんに迫った。
「……ちょうどいいだろう。お前にも話しておこうか」
「うん」
兄さんが深く息を吐いた。
まるで告白されるような緊張感に僕は襲われた。男の人に愛を伝えられることはないにしても、重大なことを告げられる意味では似たようなものだ。
一拍置いて、兄さんが口を開く。
「俺たちは米だ。だが人と同じように知識があり意思がある。ただし過去の記憶はないが」
「う、うん……」
しょっぱなから言ってることが難しくて理解するのに一苦労した。ぼ、僕たちはお米で、知識があって、意思があって……それで……。
そんな僕の様子を見て、
「余計混乱させっちまったみたいだな、すまん。まぁ要するに……」
と少し間を置き、
「俺たちは人の魂が米に宿った存在ってわけだ」
……と、これまた素っ頓狂なことを言った。
人の魂が幽霊になったり人に憑ついたりするのは分かる。でも……お米に乗りうつることってあるの?
噴水が噴き出すかのごとく、あれやこれやと疑問が湧いて出る。
これ以上考えても仕方ないのでいったん考えるのをやめた。
とりあえず深呼吸をする。
「すぅぅぅぅ、はぁぁ。すううううっおヴぇッッ、ゲホッッ、ゲホゲホ!」
盛大にむせた。
米がむせるって何事だろうか。炊飯されたみたいに聞こえる。
「なにやってんだ。大丈夫か?」
「あ、大丈夫です……」
優しさが逆にこそばゆい。
穴があったらつっこみたい(意味深)なんて思ってる中、不思議に思ったことがあったので聞いてみる。
「なんで僕たちが人の魂やらなんやらって分かるの?」
「ん?」
「ユウ兄さんも僕と同じように生まれたんだよね? だったら分かるはずもなくない?」
僕の記憶は一切なくなっている。
それはきっとユウ兄さんも同じことだろう。
しかしどうしてユウは色々と知っているのか。
ユウ兄さんは即答で、
「俺、天才だからな」
見事なまでのドヤ顔に思わず殺意がわいた。顔まで決めてやがる。
そんなこともつゆ知らずユウは、
「俺の意識が目覚めたのはほんの一週間くらい前だ。最初はわけがわからなかったよ。でも時間をかけて考えた」
続けて言う。
「そうしたらさっきの説明につながったんだ。かなり無理矢理だけどなっ!」
にひっ、と笑った。それがまた本当の兄貴みたいで僕は顔をそむけた。
ともかくだ。
ユウ兄さんのことはひとまず置き、これまでの情報を僕なりにまとめてみる。
「僕は前世が人間で、今はお米。そんで君は兄さん。……あれ、これだけでいいの?」
案外まとめてみるとシンプルだった。
受け止めきれない事実は多いけど。
「そういうことだな。まっ、俺たち二人仲良くやっていこうぜ!」
テキトーな口調で兄さんは言う。
腑に落ちないことはたくさんあるが、とりあえずひと段落ついた気がした。
――――この時から既に、僕の心を蝕む悪魔は着実に迫ってきていた。
……数日後。
「暇すぎ」
*
お米として生まれ変わってから数日感は暇すぎて死ぬことを覚悟したが、意外とそれは杞憂に終わった。
ユウ兄さんがいたからだ。
兄さんとは色々なことをした。
水平思考ゲームという遊びもしたし、兄さんお手製のクイズにも挑戦した。これがまた難しくて兄さんの頭脳にハンカチを食いしばったほどだった。
時にはしりとりで白熱したこともあったっけ。
「じゃあ俺からいくぞ。しりとりの『り』からな。『リトマス試験紙』」
「『し』だね。うーん……『しりとり』」
「……」
「……」
見つめ合う僕ら。
「……『臨床心理士』」
「……」
「……」
にらみ合う僕ら。
「……『しり』」
「『利子』」
「『Siri』」
「おい、それはありなのか!」
「勝てばよかろうなのだ!!」
「『し』と『り』からぬけだせてねぇよ!」
「え、尻から抜けない……? なにが……?」
こいつ、実はとんでもない変態じゃあないだろうか?
「とにかく仕切り直しだ。いくぞ! 『りす』」
「『スリッパ』」
「『パリ』」
「『リンス』」
「『スーパー』」
「『パルス』……って兄さんのほうが狙ってるんじゃん!」
「なんのことだかさっぱり」
兄弟げんかだって絶えなかったけど、不思議と苦痛には感じなかった。
兄さんといたからお米となった今を受け入れつつあったんだ。
――――それから一週間後のことだった。
なにやら周りが騒がしくて僕は目を覚ました。
なにごとだろうと目をこらしてみる。
「……ッ」
前方から大きな鉄のかたまりがこちらに迫っていた。僕たちのような稲が鉄のかたまりの中に吸収されていく。
「……まずい、このままじゃ僕たちまでまきこまれる!」
こんな状況で兄さんのやつはいったい何をしているんだ!
兄さんのほうに顔を向ける。
爆睡していた。
「そういえば朝弱かったわ」
ってそんな場合じゃない。
早く起こして策を立ててもらわなきゃ!
「ユウ兄さん、起きろって! やばいから……ってうわああああ!!」
機体のスピードは想像していたよりも早く僕らはあっという間に吸い込まれてしまった。ああぁ、目がまわるううううぅぅぅ…………。
目が覚めてわずか数分。
僕はまた眠りについてしまった。
*
意識が戻ると、僕は暗闇の中にいると気がついた。
ここはどこだろう。
そうだ、こういう時の兄さんじゃないか。
ちょいっと聞いて解決っと……。
……あれ、ユウ兄さんはどこにいるんだろう?
「兄さん! どこにいるのおー! いるなら返事してー!」
必死になって叫んでみるがなんの反応もない。
……どうしよう、何をすべきか全く見当がつかない。兄さんがいれば百人力なのに……。
徐々に雲行きが怪しくなっていく。
と、突然。
何かにひきずりこまれるような感覚がした。
「……いや違う! 突然穴が開いて下へ落ちていってるんだ!」
ザアアアアアアアアアアア
僕を含んだ米のかたまりが流れていく。
この現象をなぜか知っている気がした。
『精米』?
……ってことは、次に行われるのって……。
ジャリジャリジャリ
やばい、殻をむかれてる。
僕たちにとって殻は服のような感覚なのに!
「いやーんっ、身ぐるみはがされるううう!!」
この状況、女の子がいたらおいしいのにッ!
「きゃあああ!!」
願望が強すぎたのか、女の子の叫び声が聞こえたような気がした。
あー……やばい、意識が……。
視界が、フェードアウトしていく……。
*
どのくらい時間が経っただろう。
暑苦しくって目が覚めた。
いやそれどころじゃない、『熱い』。
空気が熱いのだ。
状況を察するに……もしかして……かまの中……?
この流れからするに僕……食べられちゃう?
やばいやばいまずいまずい!!
なんとかしないと!!
――――とはいえ、ふっくら炊きあがった米の僕になにができるというんだ……?
(これはもう……ダメなんじゃ……)
絶望のなか、一筋の光が差した。
……いいや物理的に空が明るくなった、ふたが開いたんだ。
しゃもじを持った手が出現した。
僕はしゃもじですくわれ、お皿に盛られてしまった。
お皿の前に、人間の女の子が座っている。
(僕はこの子に食べられてしまうのか……)
かわいいから……いいかな。
そんなふうに思ってしまった。
目前には無の世界が待っているというのに、
今は焦りどころか恐怖すら感じない。ゆりかごの中でうとうとしているような気分だ。
「おなかへったー! いただきまーす!」
元気な挨拶が聞こえる。
おはしでつかまれ、そのまま女の子の口の中へと運ばれていった。
むしゃむしゃと頬張る女の子。
歯ですりつぶされていく僕。
不思議とそれほど気分は悪くない。
自分の体がこわされているのに、変な感じだ。
こまかくすりつぶされた僕はそのまま飲み込まれてしまった。
「…………」
今僕がいる場所は胃だろうか。
だんだんと溶けていく感覚がする。
――――ああ、僕はほんとうに死ぬのか……。
こんなにいい気分なんだ。
もういいかなあー。
――――なんて思えるはずもなく。
恐い恐い恐い恐い恐い。
さみしい……さみしいよ。
いやだ、まだ死にたくない。
僕はなにもしていない。
やりたいことがいっぱいある。
ユウ兄さんにだって一度も勝ててない。
兄さんはどうしてるかな。
ちゃんと無事なのかな。
ああ、ユウ兄さんに会いたい。
「たすけ……て、……にい……さん……」
むなしくも僕のからだは完全に溶けきってしまった。
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