第5話 プライバシーの侵害だ

 ぎゃあぎゃあと騒がしい聖剣を置き去りにして、俺はミサキと肩を並べて歩く。

 聖剣はミサキの腰にぶら下げられて、執拗く俺に喋りかけてくる。

 

『なんで私が適合者でもない子に使われなくちゃいけないんすか!!

 なんとか言ったらどうっすか!

 ねぇ!!』

 

 とりあえず、俺は無視を決め込んでいる。あまり熱くなっては表情や仕草に出てしまいそうだし、咄嗟に口に出てしまってはミサキに怪しまれる。

 

「この街とも、とうとうお別れだな。」

 

「そうだね。もし街に残りたいなら、ルーくんは無理して私と行かなくてもいいんだよ?」

 

 聖剣を抜いた祠の前で、両手を後ろで組んで、今度は私服ではなく鎧を身につけたミサキがクルリと振り返る。

  

「何言ってんだよ。ミサキと離れる方が嫌に決まってるだろ?」

 

 わかりきった事を聞く。俺の気持ちをわかってないのかとも思う発言だが、ミサキなりに俺の事を考えてくれているんだろう。

 おそらく無理強いをしたくないのだ。ミサキは普段周り見ずな性格だが、変なところで几帳面で真面目になる。

 

 ある意味損な性格だ。自分の事に他人を巻き込む事を嫌う。ま、それも毎回ってわけでもないんだけどな。

 

「そっか。ありがと。

 じゃあ、改めてよろしくね。」

「あぁ。よろしく。」

 

『私もいるっすからねぇ!!わ〜す〜れ〜な〜い〜で〜!!!』

 

 はぁ、マジで萎えるから。少しは静かに無機物ぶってられないのか?

 ミサキとのいい雰囲気が台無しだよ。そんなんだからまともな適合者が現れなかったんじゃないのか?

 なんでよりによってヒーラーなんて選ぶんだよ。

 

『私が選んだわけじゃないって言ったじゃないっすか!』

 

「じゃ、行こうか。

 …………ミサキ?」

 

 なんだかミサキがまじまじと俺を見つめている。

 なんだ?なんか俺の顔に付いているのか?

 

「怪しい。」

「は?」

 

 突然なにを言い出すんだ?そんな怪しまれる様な素振りをしたか!?

 

「ルーくん、私に何か隠してるでしょ。」

 

「何が?」

 

 やばい、ミサキの目が座っている。

 特に可笑しな素振りを見せたつもりはないのだが、ミサキは俺が何かを隠していると完全に疑っている。

 幸い聖剣についてバレたわけではないが、この目はやばい。

 何を根拠にしているのかわからないが、確証を持って疑っている。

 

「何を隠してるの?」

「だから何の事だよ。」

 

「……うっ。

 ………………言えない、事なの?……うっ……。

 ……ひっく…………。」

 

 だーっ!!泣きそう泣きそう!!

 早いだろ!?

 俺に思考させる間もくれないってのか!?聖剣以外で何かそれらしい言い訳ってないのか!?

 

「泣くなよ。ミサキは、何でもお見通しだな。

 隠してるって程でもなかったんだけど、気になるなら教えとくよ。」

  

 やっべー!何にも思いつかん。

 おやつをこっそり食べた。って子供か!?

 もっとマシな言い訳考えろオレ!!

 

「何を?」

『ふふ、大変そうっすねー。

 ほら、適合者だと素直に教えてあげるっすよ。』

 

 黙ってろ無機物!!

 待てよ?聖剣、適合者。触れた時の光……。

 一か八か……。

 

「実はな、俺はその聖剣に所縁のある生まれらしいんだよ。」

 

「聖剣に所縁?」

 

 全ての疑問を繋げて、これからを無事にやり過ごす為にはこれしか無い!

 

「そうさ、俺は聖剣を鍛えた刀鍛冶の子孫らしいんだ。」

 

「そうなの!?」

『そうなんすか!?』

 

 一人余計な奴がいるが、今は気にしちゃダメだ。


「ミサキもさっき、俺が聖剣を握った時に不思議な力を感じ取っただろ?」

「うん。」


「実は、あの時聖剣を通して記憶が流れ込んできたんだ。

 刀鍛冶の記憶、子孫へと残した思いが伝わってきた。

 ミサキが変に俺を適合者だなんて勘違いしたら嫌だったから、誤魔化してたんだ。

 俺は聖剣を扱うことはできないが、そこに込められた力を感じ取ることは出来るみたいなんだよ。」

 

「刀鍛冶の、子孫……。」


「だから、聖剣に認められたミサキと、刀鍛冶の子孫である俺が出会ったのは、運命だったのかなって。考えてたら嬉しくなっちゃってさ。

 隠すのは良くなかったな。でも、ミサキは俺が適合者だった、って変な勘違いをすると、聖剣を投げ出しちゃうかもしれないだろ?そんな事になって欲しくなかったから、つい……な。」

 

 我ながら良く口が回るものだと思うが、果たしてミサキは納得してくれるだろうか?

 

「変な勘違いって、もしルーくんが適合者になってたってそんな事しないよぉ!」

「どうかな?俺の話を聞かずに暴走するミサキが簡単に想像出来るぞ?」

 

「そんな事ないよぉ〜だ!」

「ははは、怒るなよ。

 ごめん、俺が悪かった。だから許してくれ。」

 

「ぶぅ〜。」

 

 ミサキは頬を膨らまして腕を組む。少し揶揄うみたいになってしまったが、面白い設定が出来上がった。

 俺は鍛治師の子孫、だから聖剣も俺に反応する。隠し事って事も、ミサキが聖剣から感じた力ってのも全て辻褄が合うはず。

 

「さ、これで隠し事はなしだ。」

「わかった。私を気にして隠してたのはわかったから、許してあげる。」

 

「ありがと。」

 

 ミサキに笑顔を向ける。

 しかし、先ほどから聖剣が話に割って入ってこない。どうしたんだろうか?


『そうなんすか……。

 適合者だと思ってたっすけど、ロズワードさんの子孫だったんすね。

 それなら何か納得するっす。封印も解けるし、私の声も聞こえる。

 なるほどっす!』

 

 ん、何かよくわからんが納得してくれたのはミサキだけでは無いようだ。

 こいつ、心が読める割に頭悪いな。

 ん?頭なんて付いてないか。まぁなんでもいいや。

 

『頭悪いって、また酷いこと言うっすね!

 ロズワードさんの子孫じゃなければ怒ってるとこっすよ!?』

 

 あ、怒ってはないんだな。頭悪いけどいい奴だな。

 

『聖剣だし、いい奴なのは当然っす!』

 

 またうるさくなったな。しかし、聖剣を作った刀鍛冶って本当にいるんだな。お伽話では神が人に作り与えたって事になってるけど、実際は違うようだ。

 ロズワードか、聞いたの事の無い名前だな。

 

「でも、ルーくんの手先が器用なのも、鞘が劇的に変化した事も何か納得したよ。

 ルーくんって凄いんだね。この鞘、大事に使うね!」

 

 ミサキも納得して、鞘の事も喜んでくれたみたいだ。これで一安心。

 俺と言う存在に一つ余計な設定が出来てしまったが、ミサキとの仲を維持する為だ。一つ二つどうって事ない。

 

「勇者として頑張るミサキに、俺は着いて行くよ。ヒーラーとしてだけじゃなくて、大切な人として守っていくからな。」

「ルーくん。」


 臭いセリフだ。でも、ミサキはこう言うのも好きだし、しっかりと受け止めてくれる。

 喉の奥にしまっておくだけじゃ伝わらないなら、思いついた事はちゃんと言葉で伝えないとな。

 余計な事までは言わなくてもいいが、こういうのは案外大事なんだ。

 

『それはそうと、本当の適合者はどこにいるんすかね。貴方が適合者でないなら、私はどうしたらいいんすか?』

 

 知らんがな。

 

『そんな〜。

 でも仕方ないっす。このままこの子に使われてるっすよ。そのうち適合者も見つかるかもしれないっすし。』

  

 は〜。こいつ本当に頭悪いのな。

 俺のでっち上げた話を信じ込んでる。まさか鍛治師の子孫なんて話を信じるとは。

 馬鹿だな。

 

『げぇ!?嘘だったんすか!!』

 

 げぇ!嘘だってバレた!って、心を読んでるんだから意識して考えた事は全部筒抜けか。

 と言うか心を読むなんて反則だろ。プライバシーの侵害だぞ?それが聖剣と呼ばれるモノのする事か。

 

『読めるんすから仕方ないじゃないっすか。それに、人を騙すような事をする貴方こそ適合者としてどうなんすか!?』

 

 だから、適合者なんて望んでないし。そもそも人を騙すって人聞きの悪い。お前は物だろ。

 

「じゃ、行くか。」

「うん!」

 

 ミサキと並んで一歩を踏み出す。

 少し強く吹いた風に、桜の花が舞い上がる。


『物はモノでも聖剣っよ!ちゃんと心があるんす!!もっと優しく扱ってほしいっすよぉ〜!!』

 

 うるさい聖剣はミサキの腰に吊るされている。コイツさえいなければミサキとのデートもスムーズに事が運んだと言うのに……。

 まぁ、引き抜いてしまった俺にも原因はあるんだ、あまり責め立てはすまい。


 風に舞った花びらは、風に乗ってどこまでも飛んでいく。まるで俺たちを未来へ案内するかのようだ。

 

「おい!聖剣がなくなってるぞ!!」

「なんだと!」

「誰かが引き抜いたって言うのか!?」


 っと、不味い。野次馬が集まってきた。

 

「あの子を見てみろ!腰に下げているのは聖剣じゃないのか!?」

「本当だ!!」


 そりゃそうだわな。聖剣が抜けたなんて一大事だ。気付いた者が騒ぎ立てるのは当たり前だろう。

 なんで俺たちはこんなトコで留まってたんだろうな。馬鹿だった。

 蜜に群がる働き蟻の様に、どんどんと野次馬が増えてくる。

 俺たちはこの街を無事に出発する事が出来るのか?

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