第4話 なんとか誤魔化せ
ミサキは俺に促されて、一旦部屋へと戻っていった。走り抜けていく様は疾風迅雷と呼ぶに相応しい勢いだった。
すぐ戻ってくるね。と言ったミサキは土煙を上げて寮の敷地に走っていった。初動の踏み込みが強すぎて、地面には大きめの足跡がめり込んでいる。
そこから寮の入り口の扉が開くまでが二、三秒。ここからあそこまで百メートル近く離れているんだが、ミサキだからと納得する。
勢い余って開けた入り口の扉は
扉を壊した事も信じられないが、一瞬のうちに元に戻す早業も常軌を逸している。
そこからダッシュで階段を駆け上がって自室へと向かった事だろう。
入った事はないが、二階の右端の部屋だと言っていた。無事に他人を怪我させる事なく戻ってきてくれるよう祈ってるよ。
しかし、待ち呆けるつもりだったがすぐにでも戻ってきそうだ。あの勢いなら数分とかからないだろう。
しかし、とうとうミサキとふたり旅が始まるかと思うと感慨深いものがある。出会った時はここまで関係が続いていくなんて思ってもいなかった。
彼氏彼女の付き合いというより、パーティや相棒といった感覚のほうが強いから、俺も変なボロを出す事はなかったのが要因かな?
ひたすら修行や戦闘で身体を動かす日々だったので、男女との付き合いといった雰囲気ではなかった。
行き帰りの少ない時間に世間話や自分達の近況を話し合っていた程度だ。
「これからは、もう少し距離を縮められるといいなぁ。」
難しく悩んではいないが、ここ最近ミサキの癖が感染った様にふと空を見上げてしまう。
しかし、空を仰ぐ様になってその意味も少しわかった気がする。視界に映る青い空と白い雲は、のんびりと流れる時を演じて見る者の心を落ち着かせる。目を背けても飛び込んでくる太陽の日差しは、まるで俺を励ましているかの様だ。
時には心を掻き立てる様に激しく変化する事もあるし、容赦の無い暑さに現実を叩きつけられる事もある。
だが、そうした後も必ず今日の様な穏やかな表情を見せてくれる空。
進んでいけば何とかなるさと語っているかの様だと、俺は一人で納得している。
空は心の写し鏡だ。晴れているだけで気持ちも軽くなるし、曇れば暗く落ち込む事だってある。ミサキは空を見ながら、何を思っているのかな。
「お〜ま〜た〜〜〜……せっ!」
今度は扉を壊さないように寮から飛び出してきたミサキが、颯爽と現れた。
「待つって言うほど時間なんて経ってないぞ?
って、
見ると、ミサキは聖剣を鞘に納めずその手に握っている。
「あのね、なんかちゃんと機能しないの。
壊れちゃってるのかな?」
「え!そんなまさか!?」
せっかくミサキに喜んでもらおうと購入したのに、不良品を摑まされたってことか!?
勘弁してくれよ。安くは無いんだぞ?
『適合者でも無いのに私に鞘なんて付けようなんて無理っすよ。
ほら、君がつければ鞘は私にピッタリサイズに変わるっすよ?早くこの子から私を取り返すっす!!』
先ほどミサキに譲った聖剣が、またも話しかけてくる。
これ、本当にミサキには聞こえてないのか?
『適合者にしか聞こえないっすから。
早く私を取り返すっすよぉ!!』
なるほど、俺にしか聞こえない声。そして人の心を読み取る聖剣。ある種
迷惑極まりないぞ?
しかし、マジックシースが機能しなかった事は予想外だ。どうにかしてやれないものか……。
『カースソードとは失礼っすよ!?
由緒正き勇者の聖剣である私に、あろう事かカースソード?ひどいっす!
それでも適合者っすか!!』
だから人の心を読むなよ。それに、適合者になりたくはないんだって。
ミサキにその座を譲ってやってほしいと言っただろうに。
『だーかーらー!譲れないっすよ!!』
「ルーくん。どうしたの?」
「あ、すまん。ちょっと考え事してたんだ。
…………その、聖剣と鞘を貸してくれないか?直ぐに返すから。」
適合者であれば鞘が姿を変えると言うなら、俺がつければどうにかなるはず。あとはミサキをどう誤魔化すかだが……。
「いいけど……。でも、私がやってもダメだったよ?」
『そのまま私を掻っ攫うっすよ!』
掻っ攫うって、その言葉の選び方はどうなんだ?とりあえず無視だ。うるさい。
「あぁ、実は俺の魔力を込めなきゃいけないことを忘れてたんだ。
少し細工をしてたんだ。聖剣と鞘がピッタリ合うようにね。」
『無視するなっす!』
「細工?」
「ま、見ててくれ。これが完了すれば、晴れてミサキへのプレゼントになる。」
『まだ私を使わないつもりっすか!?なんて人っすか!』
聖剣を無視してミサキから剣と鞘を預かる。すると、聖剣が淡く光始めた。
「え!?聖剣が光ってる!!」
なんでいきなり光ってんだ!?
やっべぇ!!ミサキが驚き過ぎて目を見開いてる!!
やばいって、完全に怪しまれるじゃねぇか!!なんとか誤魔化せ俺!!
「あ……あぁ。今聖剣と鞘に魔力を送ってるんだ。精密な魔力操作だからあまりわからないかも知れないけどな。
ほら、鞘も同じように光ってるだろ?」
咄嗟に回復魔法を発動させ、魔力による光を発生させる。右手と左手から同時に放つことで、それぞれ同じように薄緑色の光を帯びている。
「あ、ホントだ。鞘も光ってる。ルーくんも聖剣に選ばれたのかと思ったよ。びっくりした〜。
これ、何してるの?」
ミサキは光った鞘を見て少し胸を撫で下ろしていた。しかし、これは危なかった。
早い事剣を鞘にしまってしまおう。
「剣と鞘を同期させてるんだ。より聖剣に相応しい鞘に仕上げるためにね。
ほら、俺ってものを作るの好きだったろ?これくらいの細工は出来るんだ。
伝えるのを忘れててゴメンな?」
少し無理があるかもしれないが、俺が物作りが好きなのは本当だ。ミサキさえ納得してくれればなんでもいい。
「そうなんだ。ルーくん凄いね〜!」
よし!
『よし!じゃないっすよ!!せっかく適合者の光を放って上げたのに!
そんな誤魔化しいらないっす!!』
なんだと!?まさかこいつがわざと光を出したってのか!!?
なんて事をしてくれやがるんだ。俺を陥れるつもりか!?
ミサキにバレたらどうするつもりだ!
『いいじゃないっすか!』
全く良くないわ!人の言う事聞けよ!!もう知らん、とにかく構ってる暇はない。
「いくぞ!」
鞘の光を強くして派手な演出を見せつつ剣を差し込む。すると俺の魔力とは関係なく、それらは更なる光を放ち始めた。
目が眩むほどの強い光に俺は目を閉じてしまう。薄目を開けてそれを見守っていると、次第に光が弱まっていった。
「わぁ〜!本当に鞘が変わっちゃった!?
これ本当にルーくんがやったの!?」
「勿論さ、びっくりしてくれた?」
本当に変わっちゃったよ。半信半疑ではあったが、しっかりと鞘に収まった聖剣。
ネズミ色だった鞘は白く染まり、白銀色に輝く柄としっくり馴染んでいる。
『やっぱ鞘に収まってると気持ちがいいっすねぇ。このまま腰につけちゃって下さいっす!』
断る。あと、勝手に話しかけてこないでくれ。
せっかくのミサキとの時間が台無しだ。それにお前は俺を陥れようとした。
当分お前の望みが叶うことはないと思うんだな。いや、俺に使う気がない以上、お前の望みが叶う事は皆無だ。
『なっ!!ひどいっす!どこまで捻くれてるんすか!!私を使えるなんて、それだけで名誉なんすよ!?』
「びっくりしたよ!!なんだか聖剣から不思議な力が溢れてたような気がしたんだけど、気のせいだったかな……。」
ミサキが俺の持つ聖剣をまじまじと見つめながら首を傾げている。これ以上こいつを握っているのはリスクが大きすぎるな。
聖剣の適合者なんて称号は人によっては喉から手が出るほど欲しいだろうが、無機物の分際で自信を過大評価するのはどうかと思う。
俺はどちらかといえば謙虚な方が好きだ。
「俺の魔力で鞘と聖剣を同期させてたから、案外聖剣に蓄えられたエネルギーが反応したのかもな?
俺もよくわからないけど、俺のした細工は成功だ。
これで、ちゃんとしたプレゼントになっただろ?」
「うん!ありがとう!」
ミサキに聖剣を差し出す。
なぁ聖剣、本当に自分で光ったり出来るのか?
『出来るっすよ?』
嘘つけ、どうせさっきのもマグレだろ?
『そんな事ないっす!見てるっすよ!?』
ミサキに聖剣を手渡すと同時に、聖剣が光り輝く。
「え!?」
よし!ナイスタイミング!
「ミサキ、聖剣がお前に反応してるんじゃないのか!?」
『図ったっすねぇえええ!!!!!?』
いや、俺は本当に光れるのか疑問に思っただけだぞ?
「そ、そうかな?やっぱり、私は聖剣の適合者で間違いないのよね……?
もしかしてルーくんがそうなのかもって思っちゃったけど、そんな訳ないわよね。だってヒーラーだもんね!
よーし!早く聖剣に認められるように、ガンガン強くなって、バンバン人助けをするわよ!!」
「その意気だ!」
『さっきナイスタイミングって言ってたじゃないっすか!絶対図ったっすよぉ!!』
いや、そんな事口に出して言ってないし。
『卑怯者ぉぉおおおお!!!』
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