第3話 まだ遠い薬指

 俺の斜め前で、ミサキは修行をしながら女子寮に向かっている。どうやら急に思い立ったようで、目隠しをしながら歩いている最中だ。

 

 なんでも無機物の気配を感じ取る修行らしい。聖剣の意思を感じ取るためなんだとか。

 女子寮までは俺の寮から少し離れている。駆け足で十分程度の距離だ。

 目隠しをしながら歩くには少し距離が長い。

 ミサキは開始直後こそ石に躓いたり溝に足を落としそうになったりしていたのだが、物の五分と経たないうちにしっかりと地に足付けて歩き始めた。

 

 もうすぐ女子寮に着く頃だが、まるで前が見えているかのように軽快に進んでいる。しかもわざわざ道からはみ出して、整備されていない場所を歩いているのだ。

 

 こう言う所を目の当たりにすると、ミサキが常人とは違うんだなとつくづく感じる。まさに天才、しかしそんな一言で片付けてやりたくはないのも事実。

 彼女も血の滲むような、それこそ血反吐を吐いて来たからこそ今の様な境地に至っている。

 ま、天賦の才能がある事は言うまでもないのだが。それはそれだ。

  

 しかし、修行を始められた所為で準備していたプレゼントを渡し損ねてしまった。いつのタイミングで渡そうか。

 

「ルーくんちゃんと着いてきてよ〜?ちょっと離れてるよ。」

「あぁ、ごめん。」


 っと、考えてたら少し距離が開いたな。でも、何で目隠ししながら歩いて且つ後ろの事までわかるんだ?不思議、と言うか理解が出来ない。

 俺も少しやって見ようかな……。

 

 目閉じて、ペースを落とさない様に一歩踏み出す。しかし、十数歩程度で道から外れる。なかなかまっすぐ進めないし、見えないってのは相当怖い。

 一度前を確かめてから歩き始めても、進む毎に不安が大きくなっていく。

 何かを感じ取るとかそんな話じゃないし、そもそも俺ではこんな事を続ける勇気はない。

 ミサキは凄い。

 

「お、そろそろ着くかな〜?」

「正解。凄いな、俺には絶対無理だよ。」

  

 ミサキは真っ直ぐ女子寮の前までやってきた。素直に驚くべき偉業だと思う。

 

「えへへ。」


 ミサキは嬉しくて照れた時は決まって「えへへ」と笑う。そんな癖も、ハニカム顔も俺は大好きだ。

 

「あ、ミサキ。そのままそこで待っててくれないか?」

「え〜。目隠しとっちゃダメ〜?」


 折角だし、今プレゼントを渡す事にする。目も瞑っているしサプライズにならないだろうか?


「ダメ〜。」

「ぶぅ〜。」

 

 頬を膨らませてぶぅ垂れてはいるが、言われた通りに大人しく待ってくれている。納得しない事は絶対にやらないミサキだが、俺のお願いは割と聞いてくれる。

 それだけでも、俺を信用してくれているのだろうと言う気持ちになる。


「俺が何するかわかる?」


 そっと魔法の鞄マジカルバッグからプレゼントを取り出したが、俺には理解できない気配を感じ取りながらここまで歩いてきたミサキだ。目隠しをしていてもバレるかもしれない。

 マジカルバッグは異空間へ繋がった魔道具の一つだ。大容量の収納を有している。

 ある程度の物はこれに仕舞っておく事ができる優れ物で、現代の旅人においては必需品である。


「何かな?後ろで何か長い物を持ってるのはわかるけど、詳しくはわかんないよ。」

 

「そこまでわかるだけでも凄いな……。」

 

 驚いた。そんな事までわかるだなんて想定外だ。いや、具体的な事まで分からなくて良かったと言うべきか。

 

「よし、じゃあ目隠しを外して。」

「は〜い。」

 

 ミサキはゆっくりと目隠しを外し、俺の方へと振り返った。俺もすかさず笑顔を作り、ミサキへとを差し出した。


「これ、俺からミサキへの卒業記念。

 ほら、聖剣がむき出しだっただろ?魔法の鞘マジックシースだよ。

 ミサキの後出しみたいでカッコ悪いけど、ちゃんと別の物も準備してたんだぞ?」

 

 ミサキへのプレゼントが頭になかったなんて言ったらそれこそ一貫の終わりだ。もちろん、伏線として俺は別のプレゼントも準備している。

 急遽物を変えたと言うアピールが重要なのだ。


「えぇ!?ちゃんと準備してくれてたの?

 うれしぃ!!」

 

 ミサキは魔法の鞘マジックシースを両手で受け取ると、嬉しそうに抱きかかえて喜んでくれた。

 魔法の鞘マジックシースはその名の通り剣の鞘だ。普通剣と鞘はセットなのだが、稀に鞘が壊れたりした時に代用の品として開発された。

 特殊な魔力を含んだ鉄鉱石で作られており、鞘に収めた剣の形状に変化する魔道具だ。

 

 滅多に使う事は無いのだが、武器屋に行ったらいつから置いてあるのか分からない本品を発見した。

 武器屋の親父さんに事情を話すと、割と安く譲ってくれた。向こうも売り手が付かなくて困っていたらしい。

 

「んで、こっちが元々渡す予定だった物。」

「本当に準備してくれてたんだね。二つもありがと。」


 ポケットから小さな箱を取り出して、ミサキの前で開けた。

 取り出したのは親指用の指輪、サムリングだ。邪魔にならないように石の付いていないシンプルな物を選んだ。

 

「左手の親指に指輪をはめると、目標を達成できるらしいぞ?ミサキのやるべき事が達成して落ち着いたら、薬指にも……な?」

 

 さも当然準備をしていたように振る舞うが、鞘を買った時に後出しになる言い訳を考えた末の決断だった。

 あんな立派な宝玉を貰ったのだ、半端な物では喜んでくれないどころか、逆に怒らせてしまうかもしれない。

 

 物の値段を埋めるためには、それ相応の意味合いを持たせなければならない。

 彼女を喜ばせるためならこのくらいの嘘は本当の事に変えてみせる。

 それくらい出来なきゃミサキと一緒に旅なんて出来ないだろうさ。

 

「ルーくん…………だいすき!」

 

 ミサキが涙を浮かべて抱きついてくる、というか飛びかかってくる?あ、これヤバイやつ。

 

 《継続回復リバイブ》!!

 

「ぐふぅあ!」

 

 ミサキの容赦ない抱きつきが俺を襲う。そう、ミサキの加減知らずはまさに降り注ぐ彗星の如し。

 普段意識して抑えてはくれているのだが、感情が高ぶった時はそのリミットが外れる事がある。

 事前に回復魔法なりを唱えておかなければ生死をさまよう事請け合いだ。

 

 経験者の俺が語るのだから間違いない。同じ様な事は何度かあった。怒った時、感極まったとき。あとは、寝てるときとか……。

 

「み、ミサキ!!?ぎぶ、ギブ!!」


 身体の中からミシミシと音が聞こえる、間違いなく何本か折れてるって……。

 

「あっ!ごめん!!

 だ……大丈夫?」

 

 いや、だいじょばないです……。

 これはアレか?俺が吐いた嘘への罰って事か?

 いや、本チャンの暴走に比べればかわいいもんだ。それに痛みで魔法を唱えられない状態になる前に継続回復リバイブを使ってある。

 しばらくすれば元どおり回復するはずだ……。

 

「嬉し過ぎて、ルーくんが弱いの忘れちゃってたよ……。

 本当にごめんなさい。治る?」

  

「もぅ……ちょっ、と。…………」

 

 俺が弱いと言うより、ミサキが強すぎるんだよ……。なんで抱きつくだけで戦闘不能に持ち込めるんだ?

 身体に当たる胸の感触を楽しむ暇さえなかった……。

 

 ヒーラーの俺は治癒やサポートに長けているとはいえ、俺が使う肉体強化の魔法程度ではタガの外れたミサキを凌ぐ事は出来ない。

 なので、強化より回復を優先しているのだ。でも、間に合って良かった。

 致命傷にならなかったのが不思議なくらいだ。もしかしたら、少しの自己抑制はしていてのかもしれない。

 

「あのな、ミサキ、俺は怒ってないぞ?でももう少し優しく、な?

 ハグと締め付けの違いを覚えて行こうな!」

 

 回復して、ようやくまともに喋れる様になった。怒るのではなく注意する事は必要だ。

 怒るとそれはそれで面倒くさい事になるから、このあたりも難しい。

 

「ルーくん怒ってるでしょ……。」

「怒ってないって。」

「怒ってるもん!」

「だから、怒ってないって。それに見ての通り全回復、俺のミサキへの対応力を舐めるなよ?」

 

 俺は精一杯の笑顔で手を広げて、再びミサキにハグを求める。

 

「本当に?」

「いいから、もっかい!」

 

「ん。」

 

 今度は力を抑えて適度なハグ、これを恐怖して拒んじゃダメだ。

 ミサキを少しでも安心させて、機嫌を保つ。失敗の後の成功は、少なからず次に繋がるはずだから。少しずつ覚えてくれればいいんだ。

 

 どんどん誤魔化しが増えていくが、気にしたら負けだろう。恋愛なんてどちらかが引かなきゃダメなんだと思うし、見返りを求めすぎては長くは続かない。

 たまに無理して苦しくなる事もあるが、ハグなんてちょっとした事でもそれを忘れられる。

 

「じゃ、指出して。左手。」

 

 ミサキが落ち着いたのを確認して、薬指ではないがサムリングを親指にはめてやる。

 建前で意味合いを持たせたサムリングだったが、本当は薬指にはめてあげたいのだ。しかし、それはまだ先の話だろう。

 

 そろそろ荷物を取ってくるようミサキに促して、俺はしばらく待ち呆ける事にしよう。

 鞘に収まった聖剣を装備したミサキの喜んだ顔も早く見たいしな。

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