第2話 絶対に言えない!

「どう?今日は修行は無しって言ったから、少しはおしゃれをしてきたのよ?」

 

 ミサキはいつもの青い鎧姿ではなくレモン色の服の上に水色のカーディガンを羽織り、白いスカートをなびかせながらクルリとその場で回ってみせた。

 頭には兜の代わりに大きめの麦わら帽子を被っている。

 手に持つのは青銅の剣ではなく、小さな白い鞄だ。

 

 こんな日が来る事を、俺は一年半待ち望んでいた。

 

「最高に可愛い!」

 

 まさに俺の天使だ。俺には勿体ない程の彼女。今日この日を、俺は忘れはしないだろう。何という素晴らしい日だ。

 

『この子っすか!?本当に、自分で引き抜かないつもりなんすか!?』

  

 後ろのアイツがいなければな・・・。

 

「えへへ。こうやって出かけるのは、はじめてだね。」

 

 ミサキの笑顔が眩しすぎる。一生守ってやるよ。

 

「そうだな。こんな日が毎日続けばいいのに。」

 

「むぅ!それって、私と旅をしたくないって事?

 一緒に世界を守るって約束したのは嘘だったわけ!?」

 

 おっと、失言だった。


「そんなわけ無いだろ?ミサキをサポートする事が一番大切だよ。

 ミサキが世界に完全な平和をもたらしてくれると思ってるから言ったんだよ。

 平和になったら、幸せに暮らそうな?」


「な〜んだ、そう言うことか!」

 

 あまり本音を言うと暴走の一途を辿り始める。俺を置いて勝手に一人で旅立つかもしれないし、泣き喚いて取り返しがつかなくなるかもしれない。

 

『変なこと言ってないで、早く私を抜くっすよ!その子もアナタの事を見直すっすよ!!』

 

 あー、うるさい。見直すとか、的外れもいいとこだよ。

 もし俺がミサキの目の前でそんな事をしてみろ。おそらくショックのあまり行方不明になるぞ?

 間違いなく勇者を辞めてしまうだろうし、下手すれば自分を悲観して自殺だ。

 

 ミサキはそう言う奴なのだ。

 

『そんな訳ないじゃないっすか!?そんなに簡単に人が命を落とすなんて、ありえないっすよ!』

 

 なんでさっきから人の心を読んでるんだよ、プライバシーの侵害だぞ?

 それなら、望み通り引き抜いてやる。

 

『ふぅ、やっと抜く気になったっすか。』

 

「どうしたの?」

 

 無言が続いたからかミサキが不審がっている。さっさと聖剣こいつの望みを叶えてやろうじゃないか。


「いや、ミサキが聖剣を抜きたがっていたのを思い出してね。どう?卒業記念にチャレンジしてみない?」

 

「そう言えばそうね、私も大分強くなったし。

 せっかくだからやってみようかな?」

 

『ち、ちょっと待つっす!!話が違うっすよ!?』

 

 ミサキは持っていた鞄を俺に渡して、聖剣へと歩み寄った。両手でしっかりと握って力を込める。

  

 おぉ、やる気満々だな。身体から溢れる闘気オーラが凄まじい。

 すまんな聖剣、いくら少女の声で語りかけようとも所詮は無機物。俺の決心は微動だにしないぞ?


『な、なんすか!?この子の力は!!』

 

「でぇりゃあぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 ミサキは全身に飛び上がらんばかりの力を込めていた。

 

 あ、飛んでった・・・。

 

《トスッ》

 

 聖剣を見事に抜いて、華麗に地面に舞い降りた。どうやら聖剣が言っていた事は本当らしい。

 抜けちゃったよ。

 それにしてもよく飛んだなぁ。

 二階の屋根は超えてたぞ?

 

「ぬ、抜けた!?」

 

「抜けちゃったな!!」

 

 俺も驚きを顔に作って一緒になって喜ぶ。


『本当に抜かせちゃったっす。こんな事をしても、この子の為にならないっすよ・・・。』

 

 聖剣あいつはそんな事を言っているが、ほかの誰かが抜くよりよっぽどいい。

 ミサキ以外の誰かが抜いてしまった時のことなんて、考えたくもない。

 

「やった!私はとうとう、聖剣に選ばれたのよ!!

 やっぱり、世界を守る使命を背負っているんだわ!!」

 

「本当だな。俺も、すごく嬉しいよ。」

 

 これだけ喜んでくれると、俺も譲った甲斐があったってもんだ。

 この後のデートも、上がりきったテンションで羽目を外せるかもしれない。何なら今までする事の出来なかったキスも……。

 そう思うと心も体も弾むようだ。

 

「こうしちゃいられないわ。着替えて早速旅立ちましょう!世界が私の助けを待ってる!!」

 

「えっ!?デートは!?」

 

「何言ってるの?世界が平和になったら幸せに暮らすんでしょ?

 その為にも、今ここで足踏みなんてしてらんないわよ!!」


『ねぇ!』

 

 そうだった・・・。この展開は容易に予想出来た筈なのに、聖剣の処遇をどうするかでここまで頭が回っていなかった。

 そりゃあ誰も抜けなかった聖剣を引き抜いたとあっては、正義感の塊であるミサキが黙っている筈はない。

 真の勇者となるべく行動を開始するのは明白だった。

 

 ここで反論しても、ミサキを不機嫌にするだけ、それなら俺は従う他ない。

 

「そうだな、じゃあ準備してくるよ。

 一時間後にここでいいか?」


『無視しないで!?』

 

「もちろん!さっそく帰って準備してくるね!」

『ねぇ、ねぇってばぁ!!』


 ミサキは引き抜いた聖剣を振り回しながら、あっという間に帰って行ってしまった。

 

「はぁ、デートはお預けか・・・。」

 

 卒業式後の昼下がり、俺はとぼとぼと家に向かって歩き出した。


「あ、鞄・・・・。」

  

 帰り道、手に持った鞄を返し忘れた事を思い出した。ミサキも聖剣が抜けた喜びで忘れてしまっている様だ。

 小さいのにやけにずっしりと重たい。何が入ってるんだ?

 

 ミサキには悪いとは思いながらも、鞄を開けてみた。

 そこには一つ、木箱が入っている。

 

「なんだこれ?」

 

 その木箱を手にとって開けてみると、宝玉と紙が入っていた。

 俺の杖に使っているの物よりも、随分と立派な宝玉だ。

 紙を開いてみると『卒業記念!大好きだぞ!』の手書きの文字。

 それを見て、そっと木箱の蓋をして鞄を閉じた。


「俺も大好きだよ!!」

 

 こんな事をされたら、デートの一回くらいなんて事はない。

 

 足取りは軽くなり、俺の決意も固まった。早く平和を手に入れて、ミサキと幸せに暮らしてやる!


 家に帰った俺は旅支度をしていた。冒険をする上で必要な準備なんかは、学校のカリキュラムにも入っているのでわりとすんなり終わった。

 しかし、持って帰ってしまった鞄をどうしようか?これを持って旅に出る事は無いだろうから、一度ミサキの所まで持って行こうか。

 

 ある程度の支度を終えたので、俺は鞄を持って玄関を出た。

 ミサキは学校の女子寮に住んでいる。故郷はここから少し離れた小さな村らしいが、俺も行ったことはない。

 学校を卒業すると、不要な荷物は学校経費で実家まで送ってくれる。

 明日から旅立つ予定だったので、おそらく殆どの荷物は纏めていることだろう。

 

 俺も寮に入っているが、女子寮とは学校を挟んで反対側だ。少し距離はあるが、走ればまだ間に合うだろう。

 

 寮を出ると、ミサキが道沿いの塀に寄りかかって立っていた。

  

「これか?」

 

 おそらく鞄の事を思い出して取りに来たのだろう。聞かなくてもなんとなくわかる。

 男子寮なので、中に入れずに待っていたのかな?


「ありがとう!準備は終わったんだけど、鞄の事思い出しちゃって。

 中身、見ちゃった?」

 

 ミサキは後ろ手を組んで、上目遣いで此方を見る。


「いや、流石に勝手には見ないよ。

 何かあるのか?」


 言ってて背徳感が募る。


「じゃあ、開けてみていいよ。」

 

 ミサキはちょっぴり恥ずかしそうに笑顔を見せて、鞄を開けるよう促す。

 俺は何も知らない事を装って鞄を開けた。

  

「木箱?これ、開けてみていいのか?」

 

「うん。プレゼント!」

 

「嬉しいな。」なんて言いながら、勝手に見た事を後悔する。知らないまま受け取れば、計り知れない喜びだった筈だ。

 

 木箱の中には先ほどと変わらず、立派な宝玉と紙が入っている。

 紙を開いて文字を読み、『大好きだぞ!』の文字は内容を知っていても気持ちが高ぶり嬉しくなる。

 

「ありがとう!俺もミサキが大好きだ!」

 

 鞄とプレゼントを持ったまま、ミサキに抱きつく。

 

「ありがと」

 

 本当に、ミサキと出会えてよかった。

 

「俺はもう準備できたから、このままミサキの寮まで行くよ。荷物をとってくるから、ちょっと待っててくれ。」

 

 部屋へ駆け戻って荷物を背負う。さっき帰りがけに買ってきたミサキへの卒業記念も忘れずに持って、俺は5年間暮らした部屋を後にした。

 

「おまたせ!」

 

 ミサキは先ほどと同じように、塀にもたれかかって空を見ていた。

 

「どうかした?」

 

 ミサキが天を仰ぐのは、何か悩んでいる時が多い。暴走し始める前に、早めに聞いておいた方がいいのだ。

 

「ん〜、聖剣の事でちょっとね。」

 

 まさか、適合者になれなかった事に気付いたのか?いや、それなら既に暴走していてもおかしくない、まだ大丈夫のはずだ。

 

「何かあったのか?」

 

「学校で教わったんだけど、聖剣って意思を持ってるらしいのよね。

 でも、私にはその意思が全く伝わってこないの。」

 

「そうなのか?」


 そんな事を習うのか?それは誤算だった・・・。とにかく、なんとか誤魔化さないと。

 

「もしかしたら、私は聖剣に選ばれてなんかないのかも・・・。うっ・・・・・・。」

 

 不味い、既に泣き出しそうだ!このままだと暴走する!!


「まぁまぁ、よく考えて見ろよ。聖剣を抜いたんだぞ?

 そもそも選ばれてなかったら抜く事だって出来ないじゃないか。ミサキの手元に聖剣があるのが何よりの証だろ?

 聖剣はミサキを認めているが、まだ本当に力を貸すべきなのか見定めているんじゃないのか?

 それなら、ミサキがより勇者らしく振る舞えば聖剣も意思を示すような気がするぞ?」

 

 なんとか治まってくれ・・・。

 

「うっ・・・ひっく・・・・。

 そうかな・・・?うっ・・・・・・。」

 

 もう一息だな。


「そりゃそうだろ?ミサキは見ず知らずの人の言う事を簡単に信じるのか?

 どんな人物かもわからない奴に、いきなり命を預けてくれって言っても簡単には預けられないだろ?

 それと同じさ、聖剣もミサキが力を貸し与えるべき存在なのか、見定めているはずだよ。」

 

 確信した。事実を言ったら大変な事になる。いつだったか、修行帰りに子供から「勇者見習いだー!」と言われた事に落ち込んで、修行とかこつけて迷宮を一つぶち壊した事を思い出した。

 

 別に勇者見習いと言う表現自体は間違っていないのだ。まだまだ勇者としての実力が足りていないと変に落ち込んで、あの時も大変だった・・・。

 

「そうかな・・・?

 ・・・そうよね!・・・そうに違いないわね!

 ありがとう。ルーくんのお陰でモヤモヤが晴れたよ!

 じゃ、早く聖剣に認められるためにも、世界を守る冒険にでかけましょ!」

 

 俺のモヤモヤは大きく膨らむ一方だが、さっきまでとは打って変わって嬉々とした笑顔を浮かべて、ミサキはスキップをしながら女子寮へと向かい始めた。

 

 俺はそんなミサキを追いかけながら、これからのふたり旅に心を躍らせる反面、降りかかるであろう苦労を想像して少し肩を落とした。

 

 聖剣の持ち主を隠し通す旅が始まろうとしている。しかし、ミサキにそれが知られる事はあってはならない。どんな事が起ころうとも……。



 ヒーラーの俺が聖剣を引き抜いてしまったなんて、勇者の彼女には絶対に言えない!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る