第6話 期待と重圧
「君が聖剣を抜いたのか!?」
野次馬の一人がその他大勢を代表するかの様にミサキに詰め寄ってきた。
「はい。そうです。」
ミサキも正直にそれに答えるが、そこは誤魔化してさっさと街を出た方が良かったと思う。が、後の祭りだ。
『おぉぉぉぉ!!!』
周りの野次馬達が歓声と驚嘆の声を上げる。
「すごい!とうとう聖剣が抜かれたのか!!」
「世界の救世主さまの誕生だ!」
「世紀の瞬間だぁぁ!!」
辺りで口々に大騒ぎをし始める。どんどん集まってきた人々がごった返して、俺たちは完全に取り囲まれてしまった。
「君、これは凄い事だぞ!」
「はい、ありがとうございます。」
何処の誰だかわからないおじさんがミサキの肩を叩く。
気安く俺のミサキに触ってんじゃねぇぞ!!ぶっ殺すぞ!!
『怖〜!!それは流石に短期すぎるっすよ!』
俺の形相がどうなっていたかわからないが、多分物凄い顔をしていたんだろう。
おじさんがそんな俺を見て一歩後ずさった。
「皆さんすみません。彼女はこれから旅立ちます。
どうか、世界の平和のために盛大に見送ってあげて下さい!!」
はやくこの場を去りたくて、両手を上げながら大きな声を張り上げる。皆が一同に此方を向いて、納得したかの様に暖かい拍手を送り始めた。
「よし、行こうミサキ。」
それを見てミサキの方を振り返ると、ミサキの姿がなかった。
「あれ、ミサキ?」
慌てて辺りを見回すと、ミサキは取り囲んでいた野次馬達の後方に移動していた。
いつの間にあんなところに……。
ま、脱出したならいいか。
「あれ?女の子がいないぞ!?」
「救世主さま!?」
取り囲んでいた人達も一瞬の出来事に面食らう。
俺はそんな彼らをかき分けて、ミサキの所へ走った。
「すみません。」
「通して下さい。」
人混みをかき分けてミサキのところにたどり着くと、ミサキが移動した理由がわかった。
「俺も手伝うよ。」
ミサキは野次馬達に押し倒されたのであろうお爺さんの手を取って、優しい笑顔を見せていた。
お爺さんの周りには少し大きめの荷物も転がっている。
俺はその荷物を拾いながらミサキの側へと寄っていった。
「あ、ルーくんありがとう。
お爺さんがこけちゃったみたいで、腰とか膝が心配なの。
診てあげてくれない?」
「あぁ。」
荷物を側に置いて、お爺さんの前にしゃがみこむ。
俺の後ろから気が付いた野次馬達も着いてきているが、とりあえず今は放っておこう。
「どこか痛みますか?」
お爺さんへと心配そうな顔を作って問う。実際魔法である程度の診断は出来るが、本人に確認するのも大切だ。
印象と信頼は生きていく上で重要度が高い。強制的に何かを施すだけではダメなのだ。
「いえ、大丈夫ですよ。
もともと足が弱いのでね。ご心配をおかけしました。」
お爺さんは笑顔でそう言ったが、歩こうとする足があまりに弱々しい。無理をしていなければいいのだが。
「ちょっとだけ失礼しますね。
《メディカルチェック》。」
診断魔法で傷や怪我を確認すると、お爺さんが無理をしている事がわかった。
右足大腿骨に軽いヒビが入っている。これは相当な痛みのはずだ。
「無理をしないで下さい。
このまま放っておけば、歩けなくなりますよ?お若くはないんですから、若い者にも頼って下さいね。」
「いや〜、面目無いねぇ。
あまり迷惑をかけたくなかったんだが。」
お爺さんは申し訳なさそうに頭を下げた。ミサキもそんな会話を聞いて心配そうに俺を見る。
「大丈夫?」
「あぁ、治せるよ。」
幸いにもヒビが少し入っただけだ。この程度なら簡単な回復魔法ですぐに治る。
「よかった。お爺さん、ルーくんが治してくれるから、ちょっと待っててね。」
ミサキは優しい笑顔でお爺さんを励ます。やっぱり、笑ったミサキは天使の様に可愛いな。俺には勿体ない、というか申し訳ない。
「ありがとうございます……。」
俺の方を向いて拝み始めるお爺さん。なんで年寄りはこうも拝み倒すんだろうか?
悪い気はしないがちょっと恥ずかしい。
「《キュアー》」
お爺さんに回復魔法をかけるとすぐに良くなった。
「はい、これで大丈夫です。でもまだ治ってすぐですから、無理はしないで下さいね。
この荷物、どこまで運ばれます?手伝いますよ。」
治したとはいえ老人の足だ、またいつ怪我をするともわからない。だけど、手の届くところにいる人くらいは助けてあげたいと思う。
『いや〜、人を騙したりで印象は最悪でしたけど、貴方はいい人っすね!
それにこの子もいい子っす!』
「いや、これは直ぐそこまでですよ。
ご心配をおかけしました。あなた方に、神のご加護があらん事をお祈り申し上げます。」
「よかったですね。ルーくん、こう見えてもなかなか頼りになるんですよ?
また転けたりしないように、気をつけてくださいね。」
『えぇ〜!!褒めても無視っすか!!?』
お爺さんを見送った後、ミサキを見る。なんか別の声も聞こえたような気もするが、気の所為だろう。
『ひどいっす!』
「こう見えてもって、どう見えてるんだよ。」
ちょっと酷くないか?見た目は頼りないと言った風に聞こえたんだが。
「ルーくんはちょっとやる気が無さそうに見えるんだよ。だから、知らない人から見たら頼りなさそうに見えるかなと思って。
でも、私は頼りにしてるよ。」
「ぐっ、俺ってそんな風に見られてたの?」
思った事をまっすぐとぶつけてくるミサキだが、別に悪気があるわけじゃない。そっとフォローを入れてくれているが、そんなにやる気なく見えてるのか?知らなかった……。
「「勇者さま!頑張ってください!」」
俺が少し落ち込んでいたところに、小さな子供達が駆け寄ってきた。ミサキの近くまで行くと、拳を握って声援を送ってくれている。
「ありがとう。頑張って、世界を守るね!」
「「うん!!」」
ミサキが子供達の頭を撫でてやると、嬉しそうに笑っていた。
「よし、じゃあ行こうか。」
「そうだね。」
タイミングを逃すといつまでも出発出来そうにない、集まった人達が成り行きを見守っている今がチャンスだ。
ミサキが街の外へ向かって歩きだすと、集まった人達も道を開けてくれる。
「頑張ってくれ〜!」
「世界に平和を〜!!」
それぞれが思い思いの声援を送り、手を振ってミサキの出立を見送ってくれた。ミサキも大勢の人の期待を浴びて、笑顔を作り一身に受けとめている。
少し足止めを食らってしまったが、ようやく俺たちはミルノリアの街を旅立ったのだ。
盛大な見送りに、ミサキもちょっと満足そう。変にプレッシャーになったらどうしようかと思ったけど、先ほどからニコニコして上機嫌だ。
常人が感じるようなプレッシャーは、ミサキには微塵もないのかもしれない。気負い過ぎたり、重圧に負けるような事は無さそうで安心した。
「さっきから嬉しそうだな。」
「え、あぁ。……うん。
勇者として旅立つのに、あんなに沢山の応援を貰えるなんて思っても見なかったから。
みんなに勇気をあげられるのなんて、実績を積まなきゃとうぶん先だと思ってたから嬉しくて。
聖剣に選ばれた勇者として、恥じない活躍をしなくちゃね!!」
両の拳を握りしめて、ミサキはその顔に決意を表して前を見る。
『私は全然嬉しくないっすけど。』
ん〜、空耳がきこえる。
『無視するなっす!』
聖剣の癖に寂しいのか、ちょいちょい口を挟んでくる。こいつがいなければ、ミサキとの辛くも楽しい冒険になっていたと言うのに……。
いつになったら俺はこの聖剣の小言から解放されるのだろう。
『小言とは失礼な!』
「ぎゃあ!!」
!?
街を出て早々に男の悲鳴が聞こえた。
俺たちが歩くの街の南側の街道は密林へと続いている。街を出てすぐそこに広がるのはベッティス密林。
鬱蒼と木々の茂った場所ではあるが、割と安全な場所に街道が通っているため魔物の被害は少ないはずだが。
声はそちらから聞こえてきた。
「行かなきゃ!」
ミサキは声を聞いて密林へ向けて走り出した。
「ちょ、待てよ!!」
「先行ってるね!」
ベッティス密林へと入るなり、あっという間に俺の視界から消えてしまった。ミサキは青い鎧を身に纏っているのに、全く追いつける気がしない。
「くそ!」
俺の身体能力はそこまで低くはないが、ミサキと比べてさしまうとなんとも弱々しく感じてしまう。そんな力の差を目の当たりにしながら自らに吐き捨てた。
「どこ行った!?」
密林へと入ったが、すでにミサキを見失ってしまった。男の悲鳴もそれ以上は聞こえなかったため手探りで探すより他ない。
《ドォォオオン!!!》
街道から外れた場所から大きな衝撃音が聞こえた。
「そっちか。一体なんだって言うんだよ!?」
『やばいっすって!この子やばいっす!!』
聖剣の声が頭に響く。寮にいた時は聞こえなかったから、近くにいないと聞こえないはず。然程遠くはなさそうだ。
俺は音の聞こえた方へ走りだすと同時に、聖剣へ状況を確認する。
何があった!
『魔物避けの罠にかかった男の人がいたんすけど、魔王の幹部がどうとか言って周りの木をなぎ倒したっすよぉ!!
どうなってんすかこの子!?』
なっ!?魔王の幹部!?
まさか……いや、まず間違いない。
プレッシャーを感じてないなんて事無かったんだ。あれだけの声援を受けて気負わない者なんて早々いないだろう。
罠にかかった人、魔王の幹部。
勝手に過剰に解釈して、ミサキの妄想のなかの魔王の幹部が男の人を罠にはめた事になってるんだ。
めんどくせー……。
『そんな事有り得るんすか!?ただ罠にかかっただけっすよ!?
トラップの魔法陣だってしっかり浮かんでるし、罠注意って張り紙まであるのに!?』
あのな、ミサキはそう言う奴なんだよ。お前の物差しで測り切れる奴じゃないんだ……。
俺がそこへ駆けつけると、剣を構えて殺気立つミサキが佇んでいた。
周りの木々はミサキを中心に三百六十度に十五メートル程度が軒並み倒れている。
ほんと、どうしたもんかな……。
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