第6話 絡み合った蜘蛛の糸が。

「あーあ、つまんないわね。」

「……」

ゆっくりとお茶を口に運びながら、月華が呟く。

「何もないのって、本当につまらないわ。朱也の言ってた通りね。」

この間までは、そんなこと全く言わなかったのにどうして。

「彼らが来る前に戻っただけではないですか。」

そう言って倉魔はお茶を継ぎ足す。しかしまだ、不満げに月華はため息をついた。

「ねえ、本当に2人はもう帰ってこないの?」

「さあ、私は存じ上げませんが…使者たちとの戦い以来姿は見てません。」

遠回しだが、倉魔の言いたいことはわかっている。2人は死んだ。もう、戻ってこない。

「私が悪いの?」

「なぜ、そう思われるのですか?」

「だって…使者は、私を追ってきたのよ。」

月華が俯くと耳にかけていた黒い髪が顔を隠す。まるで雲に隠された月のようだ。と、倉魔は感じた。こんな姿を見れば、使者はなんとしても月華を手に入れたいはずだ。

「私が、戻ってしまえば彼らは死なずに済んだかもしれないわ。」

「月華様、それは違います。」

月華の翡翠の瞳に溜まった涙を指先で拭う。手袋の先が僅かに湿った。

「違いますよ、月華様。」

どうしたことか、彼女の瞳に映っていると思っただけで体中が痺れるような感覚に襲われる。

「……わかってるわ。」

月華は、小さく呟き倉魔の胸に頭をぶつけた。倉魔は、その背を優しく撫でた。愛おしむように。

「もう、済んだことは仕方ないの。止められなかった運命だったのよ。」

それはどこか自らに言い聞かせるようだった。

「月華様、」「倉魔、」

月華の小さく細い手が、自分より大きな倉魔の体を抱きしめる。

「倉魔は、いなくならないで。私の側にいて。」

それは懇願。悲痛な叫び。小さく震える肩をそっと抱きしめながら、倉魔は答えた。

「大丈夫ですよ。月華様、貴女の側にいます。どんなことがあっても離れはしません。だから、ご安心ください。」

天の衣を奪われた貴女を、下界に繋ぎとめるためならば。今宵の月を汚しても構わない。

もう、誰も探さないで安らかに眠ってください。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る