第5話 空白に浮かぶ瞳。

「心配するなって、必ず戻って来るから。」

さらさらと月華の長い髪を梳かしながら、朱也が笑う。薄い唇から犬歯が覗く。

「けど、量が多いって倉魔が言ってたわ。もし、万が一でも負けたら・・」

「おいおい、俺らの強さは月華だって知ってるだろ?」

「わかっているわ。けど、」

綺麗な人形のような顔がわずかに曇る。眉が悲しみを露わにする。

「月華は、心配症だな。大丈夫だ、俺たちはお前を置いて行きはしない。」

すっかり冷めた紅茶を飲み干すと、勇牙は立ち上がった。

「それに、雑魚だけなら万が一にも負けることはない。問題は、あいつだ。」

月華の髪を梳かしていた朱也もその手を止めて勇牙を見つめた。

「確かに、あいつがくるとやっかいだなぁ。2人がかりでやっとってとこか。」

「あぁ。」

たまらず、月華は立ち上がった。黒い髪がまるで絹糸のように菫色の椅子を滑る。朱也はそれを不思議な気持ちで眺めた。

「やっぱり、ここにいた方がいいわよ。この屋敷の中にいれば安心なんだから。外になんて一生出なきゃいいのよ!」

「そうはいかないだろう?」

「平気よ!」

泣き叫ぶようにそれだけを言うと、勇牙の大きな身体に飛びついた。僅かに、獣のような匂いがした。温かい生き物の体温を感じる。少し躊躇ったあと、勇牙の大きな手が月華の背中に触れる。

「月華、」

「お願い、一人は嫌なの。もう、嫌なの。」

困ったように笑う勇牙を見つめ、朱也もほほ笑んだ。離れたくないのは、誰も一緒だ。けれど、いつまでもここに隠れているわけには行かないんだ。2人は顔を見合わせるとゆっくりと頷きあった。

「じゃぁな。月華、」

朱也が、月華の目をそっと塞いだ。次に会う時まで目を開けないで。

もう何も、見なくて済むように。

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