第4話 永い回廊に声が響いた。

雨宿りがてらに入った古びた洋館。

「なんか、ここ不気味じゃね?」

開けた扉は、お約束のように錆びたような音をたてた。

「うわ、真っ暗…怖。」

中は予想通り暗く、僅かに埃っぽい。

「うぃ、寒い…暖炉とかねぇの?」

「知るか!」

確かに濡れた服が、肌に張り付いて凍りそうだ。

「寒い…」「……、」

薄暗いはずなのに、妙にクリアに感じる室内。間取りから家具の配置まで俺はわかる。いや、知っている?

「暖炉、は、たぶん…」

凍えてかじかんだ体を動かして頭よりも先に腕が動く。薪を掴んでマッチを摩っていた。火が燈る。

「すげーな、お前!」

「あったけー生き返る。」

暖炉の光で辺りの景色がクリアになる。思った通りの家具の配置に頭が混乱した。部屋に何かの香りが満ちる。懐かしい、香りだ。

「なんかで見たのか?」

頭はズキズキと痛みだしたような気がする。もっと明るいこの部屋で誰かと話していた。いや、暮らしていた?

「何なんだよ、一体…」

得体の知れない何かが心の中を支配する。不安?いや、違う。そうじゃない。そんなじゃない。

『……会いにきたの?』

聞こえてきた声は幼く、けれど何故か懐かしい。その矛盾が恐ろしく正体を掴みたくて慌てて顔を上げる。

「…あ、れ?」

暖炉の明かりで妙にクリアになった視界には、誰もいない部屋が映った。一緒にいたはずの、友人たちもいない部屋。

「なんだよ、おいっ」

俺を驚かせようとでもしてるのか、と痛む頭をごまかしながら歩き出す。

「全く、困った奴わっ」

途端、何かに躓く。すると今まで気付かなかったのがおかしいほどに散乱した本が目に入る。その中の1冊にどうやら足を取られたようだった。躓いた時に開いたページの上を蜘蛛が歩く。1匹、2匹。その蜘蛛を勝手に目が追う。指に蜘蛛の糸が絡む。床を突き当たり壁を這う。カサカサと不快な音をたてる。何かの儀式のように滞りのない動きの中に1つだけ、

「違う、?」

暖炉の上に置かれた砂時計。砂は降りきっていたが、違和感が心を擽る。

「……?、」

ズキン、痛みだした頭に声が響く。

『思い出すの?』

懐かしい声が、尋ねる。それはきっと警告。もう止まらなければならない。ここを出なければいけない。そして全てをなかったことにしなくては。

「……思い出す、よ。」

痛みでぼんやりしだす意識を必死に繋ぎとめる。このまま忘れているのは嫌なんだ。そう、記憶の奥の誰かに告げる。何か大切なことを忘れたままでいるなんて出来ない。視界に捕らえた砂時計が上がり出す。重力に逆らって戻る、時間。

「お茶にしようか。」

口から零れた言葉に、君が笑う。目を閉じていた手を外して。


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