第2話 赤は右。青は赤の左に。

「こちらです。」

そう言って執事は回廊に灯を燈していく。何も見えなかった暗闇がはっきりとした輪郭を持ち始める。

「あの、えっと、」

さして大きな声を出したつもりはないのに廊下に俺の声が響く。闇が動いた気がした。

「なんでしょう?」

「あ、や‥何でもないです。」

「そうですか。」

僅かに執事が笑った気がしたけど、それだけ。あちこちに蜘蛛の巣がある。壁にかかった絵はもう人なのかすら怪しい。床にはなんだかわからない模様が刻まれている。

「‥?」

不意に通り過ぎた扉に引っ掛かりを感じ振り向く。壊れた扉。ノブがない。

「俺の、部屋?」

真っ赤に塗られたドア。左隣には青い扉。その隣は割れた大きな鏡。その風景には見覚えがある。

「どうなさいました?」

執事の声に呼ばれ現実に引き戻される。ここは、

「あの、俺前にもここにきたことってありますか?」

「……さあ。私はわかりかねますが…?」

よく見れば執事も見覚えがある気がする。なんだか、近くで話をしたような他にも誰かがいたような曖昧な何かが記憶を擽る。

「…戻られますか?」

尋ねられた言葉の意味を、記憶の片隅が理解する。

「いや、大丈夫です。」

今しか戻れない。今、戻らないともう一生忘れられない。忘れたままでいるほうが、良いのかもしれない。けれど、忘れているのが幸せなのかもわからない。それは永遠に答えがでない、謎だ。

「俺は、知りたい。忘れたままなんて、嫌だ。」

告げて、扉に触れる。ひんやりとした感触が掌に伝わる。力を入れて扉を押した。ゆっくりと重い扉が、開く。

ぎぃーっ、

部屋の中は廊下と同じように真っ暗だった。けれど、何故か部屋の中の配置が全てわかる気がした。そうして何故か机の上で割れているティーカップを見て涙を流していた。

「月華、」

菫の揺り椅子に座る彼女が、笑っているだろうか。と、泣きたくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る