セルリアン

三十分程、歩き続けただろうか。

方角は判らない。ただ、正確とまではいかないが、時刻は判っていた。

太陽が一番高い所で地上を照らしている、恐らくは正午に近い時間だろう。



「もう少し、太陽が沈みかけるまで・・・待って居た方がよかったかな?」



少なくとも、西と東の判別は付く、だがそれがなんだというのか。



「ううん・・・それじゃ駄目、何とかして・・・日が暮れる前に休める所は見付けないと」



自分で自分の判断を肯定していく、そうでもしないと不安に押しつぶされてしまうから。

最悪、元の場所に戻る事も考えなければいけなかった。気候は穏やかで、このまま草むらに寝転がったら気持ちがいいのだろうなと思わせてくれる程に、天気には恵まれてはいたが、野宿をするのは極力避けたかった。

これほどまでに豊かな自然の中では、野生動物も沢山生息しているだろうし、もし天気が崩れようものなら、とても危険だ。



「雨なら、降ってくれれば飲み水は確保出来るんだけど・・・」



出来るだけ思考を良い方向に持っていこうとするが、そんなに甘い話ではない事は重々に承知していた。

雨水を溜める手段が無い事とと、仮に溜めたとしても、それを煮沸して消毒する術を持っていないのである。

そのまま飲用し、体調を崩したらどうなるのであろうか、雨に濡れ、体調を崩したらどうなるのであろうか。



考えるまでも無い事であった。



「時間配分を考えて歩かないと・・・最悪、戻る事も視野に入れて」



あの建物に再び戻る事を考えると、気が滅入る。

雨風が凌げるとは言え、何時崩れてもおかしくないという不安もそうだが、なりより、あの場所は・・・寂しさで溢れている。


もう、この世界に存在しているのが自分だけだと、

まるで、この世界に生きて居るのがもう自分しか居ないと、思い知らされるような気持ちになる。



「カバンの中には、水筒とパンも入ってたし・・・少しの間なら、大丈夫」



それでも諦めずにいられたのは、カバンの中に少量だが物資が残っていたからだ。

匂いを確かめた限り、まだ鮮度が保たれており、食べても問題は無いと思う。

そう考えると、自分が眠っていた時間はそれ程長い歳月では無かったのだろうか?

それにしては、建物の損壊が激しい・・・謎は深まるばかりである。



「――!!あれは!?」



不安を考えない様に努めてはいるが、それでも湧いてくる不安を頭の隅に追いやりながら歩いていると、ある物を見つけた。

それは、目指していた水辺もくてきちでは無かったが、ある意味では水辺よりも嬉しい物だった。



「道だ!舗装はされてないけど・・・あれは、確かに道!!」



それは、道路と呼ぶには些か心許無い造りではあったが、明らかに手入れのされている人工物であった。



「道があるっていう事は、人が・・・造ったんだよね?なら、この先に・・・」



道の続く先には、人の暮らしている場所があるかもしれない。いや、きっとある筈。



「良かった・・・本当に・・・でも・・・・・・」



どちらに進むべきか、選択を迫られる。

どちらに進むのが正解なのか、そんな事を知る術はない。



「ううん・・・考えても始まらない。どんなに遠くても、この道の先にはきっと・・・」



希望が、待っている。

どうせ・・・当ての無い旅だ、折角見つけた道に賭ける方が良いに決まってる。

たとえその先で、見たくも無い現実ぜつぼう待って居たとしても。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



道を辿る足取りは、それまでの歩みに比べると、とても軽かった。

勿論、歩きやすさも要因の一つではあったが、行く先がハッキリと示されている事が、一番の理由だろう。



「そういえば、お腹・・・空いたな」



安心からか、空腹感も自覚出来る様になっていた、この道の先がどれ程続いているのかと言う問題は依然残ったままだが、今までの問題に比べたら、些細な事であるとも言える。


道の端に座り、カバンの中に手を伸ばす。



「よいしょっと・・・パンは・・・一つだけ食べよう、水も大切に飲まないと・・・」



思い返してみれば、目覚めてから初めての食事であった。

眠っていた間は食べなくても平気だったのだろうか?そういえば、自分が居たカプセルだけは他のカプセルに比べて綺麗な状態だったなと、考えを巡らす。



「あの光ってた物・・・初めて見た気がする」



カプセルの中に溢れていた、見た事も無い光る四角形の物体が、その秘密の鍵を握っているような気がしてならないが、答えは見つからない。



「考えても・・・仕方の無い事だけど」



いくら考えた所で、分かる筈もなく、今自分が置かれている状況に関係がある訳でも無かったが、そんな余計な事を考えられる程に、心に余裕が生まれていた事が嬉しかった。




――大丈夫、大丈夫。きっと、大丈夫。




強がりである事に変わりはないが、その視線は、道の先を真っ直ぐに捉えていた。



「・・・?あれは?」



道の先で、砂埃が立っている事に気が付く。



「もしかして・・・車!?」



胸が高鳴るのが分かる、心臓は鼓動を高め、座ったばかりだと言うのにパンを手にしたまま、思わず立ち上がってしまった。



「良かった・・・!他にも人が居たんだ!!おーい!ここです!ここ!!」



聞こえているとは思えない距離から声を張り上げ、懸命に両腕を振る。

安堵からか、自分が泣いている事に気が付いた、泣いているが、笑っている事にも。



少しづつ、前方に上がっている砂煙が近づいてくると、徐々にそれが何なのか見えて来た。



「車・・・だけど、なんだろう」



形は、車と呼べる物であったが、何やら様子がおかしい。

運転席には誰も乗っておらず、正面には、なにか『眼』の様な物がギョロギョロと動いていた。



「凄いスピード・・・でも、あれって・・・」



先程までの安心感とは裏腹に、その『車』の様な何かを見ていると、強い不快感に襲われた。



「気味が悪い・・・まるで、生きてるみたい・・・」



無機物である車が、まるで意思を持っているかのように勝手に動くその様は、奇怪な生物の様に思えた。

見るみる内に、自分と、その『何か』との距離が縮まっていく。



その場を離れて隠れたい衝動に駆られるが、広げた荷物をしまわないとならない。水は、貴重だ。

そして、隠れるとしても、辺りには身を潜めるような木も、岩も無い。

万が一、”アレ”が友好的な物だとしたら、人と会うチャンスを逃す事にもなる。



様々な思考が頭をよぎるが、身体は何一つ反応しない。ただただ、奇怪な車が眼前に迫って来るのを傍観していた。



「・・・・・・。」



気が付くと、その奇怪な物体は目の前まで迫っていた。

あんなにもスピードを出していた筈なのに、自分の手前、およそ10メートル手前の時点でピタリと止まるその様は、自分が知っている『車』では無い事を雄弁と語っている様であった。



「あの・・・」



ギョロギョロと、目玉のような物がこちらを眺めているのが分かる。

この距離まで近づけば嫌でも理解出来た、あれは、『眼』だ。これは、車にとてもよく似た生き物だ、と。



「・・・・・・。」



砂埃を見つけた時は歓喜したが、今はとてもそんな気持ちにはなれなかった。

自分の知らない何か、自分の知る『車』によく似た・・・ナニカ。

言いようのない不安感が、自分を満たしていくのが分かる。これは、危険だと。一刻も早く、距離を取るべきだと。



「あっ・・・」



しかし、そんな感情とは裏腹に、身体は動かない。

目玉は、こちらの様子をギョロギョロと観察している。




ブオン・・・!ブオーン・・・!!




エンジンをふかす様な音で、我に返る。

機械なの?いや、生物だよね・・・?そんな下らない疑問が頭に浮かんだが、はっきりとした事が一つある。



「あっ・・・あっ」



目の前に居る『ナニカ』は、自分を引くつもりだと。





ブオーン!!!




カバンを片手に取り、横に飛ぶことが出来たのは自分でも驚いた。

だが、碌な受け身も取れずに、ゴロゴロと地面の上を転がる。



「痛ッ・・・パンが!!」



我ながら、どうでもいい心配をするものだ。いや、食料は極めて重要だが、今は命の危険が迫っているというのに。

慌てて、その『ナニカ』に視線を戻すと、そのナニカは既にこちらに向き直っていた。



「あはは・・・嫌だな・・・折角・・・・・・」



逃げようにも、相手は車だ。加えて、脚が震えて動かない。



「折角・・・助かったと・・・・・・思ったのに」



悲しかった、自分の置かれている状況が。目覚めてから、ここに至るまでの状況が。

どうせ死ぬのなら、あのまま死なせて欲しかった。目覚めぬまま、気づかぬまま、瓦礫に埋もれて。



「うわぁぁぁぁん・・・!!」



泣いた。泣いて叫んだ。

目の前のナニカは、まるで獲物を狙う獣みたいに、獰猛なエンジン音を鳴らしている。



「助けて・・・誰か!助けてよ・・・!!お願いだから・・・」



もう、限界だった。これまで無理をして押し殺して来た感情が、一気にあふれ出る。

それは慟哭となって、身体を、頭を支配した。

エンジン音が鳴り響き、思わず目を瞑る。避けようとする気持ちさえ、頭には無かった。












「・・・・・・。」






「・・・・・・。」




身体が、宙に浮く感覚があった。しかし、痛みは感じない。



「・・・・・・。」



眼を開けるのが怖い、痛みを感じないのが、ただただ不気味で、怖かった。



「大丈夫でござるか?」



ふと、自分の耳元で、声がした。

恐る恐る、目を開く。



「助けるのが遅くなって申し訳ないでござる。もう、安心でござるよ」



今度ははっきりと、耳に届いた。



「えっ・・・?えっ・・・?えぇーっ・・・!?」



自分が、宙に浮いているのが分かる。

浮いているというよりは、何かに抱えられているようだ。



「ど、どうなってるの?」



しかし、自分を抱えている何かが見えない。



「すまないでござる。拙者、姿を消すのが得意なので」



理解が追い付かない、自分を助けてくれた人?は何を言っているのだろうか。



「今、姿を見せるでござるよ」



そう言うと、目の前に忍者の様な恰好をした少女が現れた。



「えっ・・・えぇーっ・・・?」


「自己紹介は後でござる。今は、この場を離れるでござるよ!」



自分と背丈が左程変わらない少女は、自分と言う大きな荷物を抱えているにも関わらず、軽快に走り出した。



「やっぱり、向こうの方が早いでござるな。ちょっと飛ぶでござるよ、ごめん!」



後方から迫る車に似たナニカの突進を、チラリと振り返り、すぐさま横に飛ぶ。



「ンンッ――――――!!」



思いもよらぬ急な動きに、舌を噛み、その痛みで涙が滲んでくる。



「大丈夫でござるか?しっかりと捕まっていて欲しいでござる・・・てい!」



少女は軽やかな動きで、車の突進を避けていた。



「あなた・・・は?」


「お話は後でござる!あと少し・・・あと少しで・・・」



少女の視線の先に目をやると、そこには大きな岩があった。



「岩に乗って、車をやり過ごすんです・・・か?」


「うーん、ちょっと違うでござる。あのセルリアンを、やっつけるんでござるよ」



セルリアン?やっつける??意味が分からない、どうやって?尋ねたい衝動に駆られたが、少女の邪魔をしてはいけないと、口を噤む。



「おーい!釣れたでござるよー!!」



岩に向かって、少女が叫ぶ。

すると、岩陰から鎧を身に纏った少女が姿を現した。



「止まりな――――サイ!!」



迫りくる車のバケモノに立ちはだかるように、鎧の少女が身構える。



「――危ない!!」



思わず声を上げて、少女に向かって叫ぶ。





ガガガン!!!





「うぐぐぐぐぐ・・・!!」



車と衝突した少女は、驚いた事にその場に踏みとどまっていた。

しかし、車も完全に止まるった訳ではなく、少女に負けじと車輪を回転させる。



「も、もう限界ですわ~・・・」



じりじりと押され始めた少女が、弱音を吐くが、目の前で起きている光景に理解が追い付かない。



「よくやったぞ!シロサイ!!カメレオン!!」



ふと、岩の上から声がした。視線を移すと、角の様な物を生やした少女が武器を片手に仁王立ちしていた。



「そんな事はいいですから・・・早くしてくださいませぇぇ・・・!!ふぎぎぎ・・・!!」


「うむ!すまんな!とうっ!!」



掛け声を上げると同時に、角の少女は、岩から車を目掛けて跳躍した。



「これでぇぇ!!トドメだぁぁぁぁぁ!!!」



跳躍の勢いを残したまま、車のバケモノに武器を振り下ろす。

ギュム・・・とした音に少し遅れて、車のバケモノがキラキラした物体に細かく分かれ、はじけ飛ぶ。



「怪我はないか!二人共!!」


「だ、大丈夫ですわ・・・」


「拙者も、無事でござる!」


「それは良かった!皆、ご苦労だったな!」



キラキラと降り注ぐ、砂の様な物の中ではしゃぐ少女達を、ただ呆然と眺めていた。

気が抜けたからだろうか、疲れからだろうか、瞼が重く、徐々に目の前が昏く染まっていく。



目が覚めたら、お礼を言わないと・・・それに、聞きたい事も・・・・・・沢山・・・

ゆっくりと、”僕”は意識を手放した。

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アムールトラちゃんを救いたいだけの物語 うどんこ @uyoriudonko

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