アムールトラちゃんを救いたいだけの物語

うどんこ

旅の始まり

――ビーッ!ビーッ!



システム ニ イジョウ ハッセイ



――ビーッ!ビーッ!



アンゼン ノ タメ セイメイ イジ ソウチ ヲ カイジョ イタシマス



――ビーッ!ビーッ!



けたたましいサイレンの音が、老朽化した建物の中に鳴り響く



――ビーッ!ビーッ!



ソセイ シークエンス 50%...65%...82%...



――ビーッ!ビーッ!



ショウガイ ガ ハッセイ シマシタ キンキュウ ノ タメ

ソセイ シークエンス ヲ チュウダン



――ビーッ!ビーッ!



サイキドウ フカ キケン キケン

アンゼン ノ タメ システム ヲ シャットダウン シマス



――ビーッ!ビーッ!



ショクイン ハ スミヤカ ニ セキニンシャ ニ ホウコク シテクダサイ



――ビーッ!ビーッ!





――ビーッ!ビーッ!








――ビーッ!ビーッ!








※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



――目を覚ますと、暗闇の中に居た。

自分が横たわっていた『カプセル』の中に、うっすらとした光を放つ謎の四角い物体が無ければ、目を開けているのか、閉じているのかすら分からなかっただろう。



「――つッッ!!」



酷い頭痛と、眩暈がする。

此処が何処なのかも、自分が誰なのかも思い出せない。


記憶はないが、知識は残っていたようで、それが『記憶喪失』と呼ばれる状態である事は理解出来た。

尤も、それが理解出来たからと言って、解決方法等は知る由もないのだが・・・。







――しばらくの間、頭痛に耐えて蹲っていると、次第に痛みも引いてきた。

どうやら、痛みは一時的な物だったようでホッと胸を撫でおろす。



改めて辺りを見渡すと、カプセルの中にはいくつかの私物と思われる物と、自分が居る場所が何かの建物の中である事が分かった。

幸いにも、光を放つ四角い物体のお陰で、周囲の光源は確保出来ていたので、先ずは『カバン』に手を伸ばす。

もしかしたら、自分が誰なのか、答えがあるのかも知れないと言う期待を込めて。






※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



――結論から言うと、カバンの中には自分が何者であるのかを知る手掛かりは無かった。

無かった、と言うには語弊があるが、『名前』が判った程度では目的を達成したとは言い難い。



次に、周辺の探索だが、これには大きな進展があった。

カバンの中に、『懐中電灯』が入っていたからである。勿論、使える事は確認済みだ。

最悪、この光る物体を光源として使えば良いのだが、灯りとしては心許無いので、非常に助かった。



自分以外の誰かに会いたかった。自分を知る人物であれば尚良いが、自分の事を知らなくても、誰かに。

一人で居るのは不安だと、遠い記憶が、言っていた。



「っと・・・これで・・・」



懐中電灯のスイッチを入れ、辺りを照らすと、目に映ったのは酷く老朽化した建物の内部だった。

壁はひび割れ、床には瓦礫が散乱し、およそ人が管理しているとは思えない。

自分が眠っていた物と同じ形をしたカプセルが、辺りには点在していたが、そのどれもが、壊れ、ひび割れ、長い間使われていない様に見えた。



胸の奥から耐え難い吐き気が込み上げ、懐中電灯を持つ腕が震える。



――もう、自分の他には・・・誰も、居ない。



そう思わされるのに、十分な景色がそこには広がっていた。

思わず目を瞑り、再び開く。



先程と変わらない景色、変わらない静寂。

それでも泣き出さずに済んだのは、扉を見つけたからだ。



扉を開けば、きっと――



扉を開けた先には、きっと――



僅かな希望に縋って、歩みを進める。

足元に散乱する瓦礫を、覚束ない足取りで避けながら注意して進む。



――自分は一体、どれだけの期間眠っていたのだろうか。



――外は一体、どうなっているのだろうか。





そんな不安を、押し殺しながら。









※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「――!!」




扉を開けてまず目に飛び込んだのは、強烈な太陽の光だった。

先程まで暗闇の中に居たせいか、あまりの眩しさに目が眩む。


腕を目に強く押し付けて、少しずつ目を慣らしていく。

早く見たいと思う気持ちと、見たくないと思う気持ちが交差する。



――廃墟が広がっていたら、誰も居なかったら



呼吸が早まる。腕の中で、目を開く。

腕を外すのが怖い。

呼吸が荒くなる。胸が苦しい。

まるで、酸素を取り込めていないようだった。息を吸っているのに、逆に苦しい。



一度息を止め、大きく吸って、吐く。



――大丈夫、大丈夫。きっと、大丈夫。



そう自分に言い聞かせ、深呼吸を繰り返す。



――大丈夫、大丈夫。きっと、大丈夫。





何度かそれを繰り返し、呼吸を落ち着かせる。

視線を降ろし、ゆっくりと腕を解いていく。


地面から、少しづつ、少しずつ、視線を上げる。



「・・・えっ?」



眼前に広がる景色に、思わず呆然とする。


そこには、何もなかった。

果てしなく広がる青い空、何処までも続いている地平線。

広大な自然だけが、ただただ、悠然と広がっていた。



「うーん・・・と」



思いもしなかった光景に、困惑する。

それは、不安に思っていた景色でも、希望した景色でも無かった。

ふと我に返り、辺りを見渡す。



「・・・・・・。」



自分が出て来た建物以外に、人が造ったと思われる建造物は見えなかった。

むしろ、自分の居た建物こそが、周囲の景色と比べて、明らかに浮いていた。



「どうしよう・・・」



前に進むべきか、留まるべきか、思案する。

宛も無く、目の前に広がる自然を闇雲に歩くだけでは、碌な結果にはならないだろう。

かと言って、この場に留まった所で事態が好転するとはとても思えない。

なにせこの場所には、食べ物も、水もないのだから。



ガラッ・・・



「わっ!?」



突然の物音に、思案を放棄して振り返る。

どうやら、建物の壁が少し崩れただけのようで、ため息に似た息を深く吐き出す。



「もしかして・・・この建物って、何時崩れてもおかしくない・・・のかな?」



安心も束の間、背筋が凍りつく。

もし、目覚めるのがもう少し遅れて居たら、目覚めても、外に出ようとしなかったら生き埋めになっていたかも知れないのだ。

崩れる・・・と言う確証はないが、崩れない保証もない。拠り所にするには、余りにも頼りのない拠点。



「進むしか・・・ないよね」



まるで、自分に言い聞かせるかのように呟いた独り言で自らを奮い立たせ、歩き始める。



「こういう時は、水がありそうな所を探すのがいいんだっけ・・・?」



酷く朧気で、曖昧な知識を元に、行動指針を定める。

生き物が活動する上で、水は絶対に必要な資源だ。このままでは、そう遠くない内に動けなくなってしまうだろう。それに、水辺には食べられる食物が自生している事が多い。

なりより、この周辺に人が居るのであれば、水場の近くを拠点にしている可能性は高いだろう。



何故、自分にこのような知識があるのか、それは自分の正体に関わる大きなヒントとなる事ではあるが、今は現状を少しでもいい方向に進める事に感謝していた。

ただ、それには大きな問題も抱えている。



「水場を探すにしても・・・どうすればいいんだろう」



それは、水場のある方向を知る術が無いと言う事であった。

自らの行動指針を決めるのに役立つ知識があっても、その目的を達成する為に必要な知識が不足している為、前途は多難だろう。



「それでも、このまま此処でジッとしている訳にもいかないし・・・ね」



思わず座り込みたくなる衝動を抑えて、足を踏み出す。

多くの不安を抱えたまま、見知らぬ土地の旅は幕を開けた。

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