第19話夫婦喧嘩は犬も食わない
珍しくクミと主人が喧嘩をしていた。
_主人でも怒るのか。
初めて怒っている顔を見た気がする。
勿論実家ではしょっちゅう母親と喧嘩もするし、怒ってはいるんだろうがその顔は確認できていなかった。
_隣の部屋だしな。
実家では丁度賞状の飾ってあるその下の襖にはものすごい形相の神様が描かれており、その奥から怒声が響いてくるので伝わるものはあった。
_正直怖かった。
しかしここは主人のアトリエだ。
狭いワケでもなく仕切るものもない。
少し盗み聴いてみようかと思う。
恋人同士のそれを。
「好きだったんじゃないの!?」
うぃ?話が見えないな。
「エリィが私のこと好きだって言ってくれたんじゃん!」
流れる涙を振り乱してクミは叫ぶ。
おぃどうした?
「それとこれとは別だよ」
主人?
いちから説明してくれないか?
「クミちゃんが子供が欲しいとか言うから」
あぁ何となく見えたぞ?
クミは抱いて欲しいワケだ。
肌に触れて欲しいし、見ても欲しい、その声さえも、、
だが、主人はまだこの生活を続けたいらしい。
ペットと彼女を愛でる生活を。
主人にはオスとしての本能が少ないのかもしれないな。
別に邪魔ならいつでも出ていくから言ってくれればいいのに。
私としても主人とクミの子供は見てみたいからな。
それに色々勿体ないじゃないか。
主人にはあの体の魅力が伝わらないのか?
なかなかのボディだと思うぞ?
クミが人間だからやらないが犬だったら間違いなく私が貰っている。
クミはずっと我慢、、してはないか。
わりとアピールしてたな。
_いっぱい罠まで張って。
主人が梃子でも動かないのはこの件についてもなのか。
「愛してる。愛してるからもうちょっとだけ待って」
主人はクミを抱きしめてキスをした。
二人のキスが長いのは知っている。
だけど、今日はそれよりさらに長くなっていた。
私は犬だ。
だからいつかこんな燃えるような恋もしてみたい。
しかし、今のところ猫しかついてきていない。
私はいい犬に巡り逢えるのか二人のキスを眺めながら思った。
主人そこは服の上からではなく中に手を入れてだな、、
犬にナビゲートされないと彼女とできないとはどういうことだ。
私の知識は一応主人の所持品からしか得ていないんだぞ?
つまり、、そういうことか。
主人はクミの体に興味がないワケではない。
ということだな?
クミ?聴いていたか?
「ナイスプレーだよ?ソロ」
来ないならこっちからいってやる!
トサッ
ちょっダメだって、、
_なら抵抗しろよ。
ホントは嬉しいんじゃないのか主人は。
クミの見事な体が露わになる。
あの時の水着とは違う本当の姿が。
_実況してしまっていいのか。
「灯り消すね?」
しかし私には夜目が利く。
キレイな曲線の白い肌と無骨な男の肌が重なり合うのが見えて、、
「集中出来ないから実況切ってくれる?」
_あぁそうだろうな。
これ以上は私も何と表現したら差し障りないか検討もつかない。
表で待っている。
今度はウロウロしないからゆっくりしてくれ。
私は再び外へ出ることになった。
しばらくぶりに祖父の話をしてみようかと思う。
土の匂いは好きだ。
嗅いでいると落ち着いてくる。
これは私が犬である以上にこの名前を賜ったせいもあるのかもしれない。
元々建築家だったソロリック・エデューソン氏は完成した自分の建築物を見ては売りたくなり、周りの協力を得て売り捌いていたそうだ。
そう聞くと悪いことのように聞こえてしまった私は、それは犯罪ではないのかと聞いたところ、
「大丈夫だよ。おじいちゃんは不動産屋さんだから」
何だと?
こういう仕事のことを言うんだよ?
私が物思いに耽っていると、
「ソロ?」
どうしたんだ?まゆ、こんな山奥まで!
「ソロぉ!」
まゆが言うには学校行事で近くの山に遠足に来ていたらしい。
そこで昼食を食べることになり、途中で迷子に、、
ちょっと待て。
間に何かあったんじゃないか?
昼食は普通一箇所に集まるだろ?
蝶々が飛んでた。
それを追いかけてたら皆いなくなってた。
まゆの説明では要領を得なかったため私は
こう進言してみた。
遠足の栞とかはあるか?
ペラ
最初のページには見慣れない山の写真が飾られていて、、
おぃ。二つも山越えてんじゃないか!?
ご主人様は?
変な言葉を覚えるな。
主人はその、、アレだ。
何かあったの?
いや、何もないんだが、、
それより蝶々がどうとか言ってたな?
少し聞かせてもらえるか?
いいよ。
まゆは途中でお弁当を食べながら蝶々を追っていたという。
_おかしくないか?
それだと蝶々はまゆを待っていたことになる。
うぅん。待ってはくれなかったの。
だから私は歩きながら食べたの。
上を向いてか?
違うよ。
そんなことしたら落ちちゃうから足元見ながら。
_変なとこだけ冷静だな。
私のお弁当ちっちゃいからすぐ食べ終わるし、、
そこじゃないだろ?
気づかなきゃいけないのは。
しかし、どうしたものか頼みの主人も今はいないし、、
いないの?
ちょっと待て。
どうしてお前は私の言葉がわかる。
うん。前にクミさんから動物の声は××したらわかるって教わってたから、それにソロは喋る時に変なクセがあるからわかるって。
そ、、そうか。
それで追っていたらここについたということでいいか?
うん。大体そんな感じ。
この山に入って少ししてから見失ったけど。
あとは迷ってた。
「まゆちゃん!?」
丁度いいところに来たなクミ。
クミは虫の声はわかるか?
後ろに立っていたクミを振り向かず私は声をかけた。
そのクミにまゆが思わず声をかけた。
お姉ちゃん?どうしたの?
「うぅん。何でもないよ」
私にもハッキリと聞こえた。
クミの震えた声が。
「それより虫の声ならわかるよ少しだけなら」
例えば蝶々とか、、
「わかるよ」
動画を撮っていたらしくそれを見せてもらうと、
「この蝶々ケガしてるね」
その上知らない人に追いかけられて怖かったみたい。
何か言っているのか?
「たすけて」
あ、と首をすくめたまゆが
「ごめんなさいちょ「うぅん違うみたい」
きらきらとした鱗粉には何かが引っかかっているように見えた。
糸?
「一回蜘蛛の巣に引っかかったみたい」
!
よくそれで逃げられたな!
隙をついてそこは逃げられたけど、糸が邪魔でうまく飛べないところをまゆちゃんに見つかって、焦った蝶々は無理やり飛んで自然外のところに着地、今はそこで羽根を休めてるみたい。
「でも、もう、、「何とかならないんですか!?」
その自然外とはどこだ?
ここは山の中だぞ?
「この栞には二つ山が載ってる。
たぶん、ここにも来る予定があったんだと思う」
それでは主人のアトリエが、、
「それは大丈夫。小学生にここまで登らせるような学校はないから」
一度、街に出た蝶々は蜘蛛のいなさそうな人工物を探した。
そこに公園で人目の多い団地に目をつけて誰もいない花に腰を下ろした。
山と山の間の団地って、、
「私のウチかもしれない!」
うん。そうだね。
団地って言っても小さいのが一つだけだったし、そこかもね?
「私が下まで送るよ」
主人はいいのか?
「ごめん。今は顔合わせられないや」
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