番外編 羊野ねむりVS邪道十二星座 最終回

 数年前、K市の夢遊者の間でとある特殊な武器が流通していた。

 ただの武器ではない。夢の力を宿した、特殊で、強力な武器である。

 宇宙夢自体が貧弱な夢遊者でも、それさえ使えば軍勢を相手に無双でき、一本あるだけで戦局をひっくり返せたほどの代物だ──その名も『夢中シリーズ』。

 たった一人の夢遊者の宇宙夢スリー・ツー・ワンダーランドによって製作された武器たちは、数こそ希少であれ、常にK市の戦況を支配していた。

 シリーズのひとつに、『アンタレス』という名のナイフがある。

 見た目こそよく研がれたナイフだが、その刃先には常に毒が滴っており、切り傷から侵入すれば、ほんの少しの量で敵を死に至らしめることが出来るという恐るべき武器である。

 『アンタレス』の持ち主は春眠の情報収集班に所属している夢遊者だ。凶悪な凶器にどっぷりと依存している彼女はそれを手放したことが無く、当然ながら、『アンタレス』が他者の手に渡ったことは一度もない。

 獏夜の上層部は『アンタレス』に目を付け、奪い取ろうと幾人もの刺客を送り込んだ。しかし、その全てが返り討ちに合い、毒殺された。

 四十四人目の刺客の訃報が本部に届いた時、彼女らは或る事を思いつく。

 「『アンタレス』を奪えないのであれば、奪わずに奪えばいいのだ」と。

 つまり、本物を手中に収めるのではなく、そっくりそのまま性能をしている模造品コピーを作ることに決めたのだ。

 不幸中の幸いか、獏夜の技術製作班には『アンタレス』から生じた毒物のサンプルが四十四個もあった。

 十分なデータと技術班の努力の甲斐があり、『アンタレス』の模造品は数週間で完成した。


「それが今てめえの胸に刺さってる代物だ。名付けて『オリオンスレイヤー』。英雄殺しにはピッタリな名前だろ?」


 けらけらと笑いながら、『邪道十二星座』の十三番目の刺客、コードネーム『ヌー・ドレッド』、本名『蛇籠じゃかご 赤靴あく』は羊野ねむりの胸に突き刺していたサーベルを引き抜いた。


「がっ、げはあっ……!」


 ねむりの口から血が溢れる。その色は鮮やかには程遠い黒みがかった赤だ。彼女の血中が何らかの毒物に侵されていることは明らかだった。


「ケイローンやヘラクレスを例に挙げるまでもなく、バケモンみたいなスペックをしている英雄サマには卑怯卑劣な毒物が効くのが常套なのさ。今の気持ちはどうだい? ……って、ああ、その口じゃまともに話せねえか」


 『オリオンスレイヤー』の先端が再び閃いた。頭部目掛けて飛んできたそれを、ねむりは寸でのところで回避する。だけでは終わらず、クロスカウンター気味にパンチを繰り出した。しかし、その動きは読まれていたようであり、軽く頭を動かすことで避けられてしまう。

 

「私が思うに、てめえが今まで戦った『邪道十二星座』のメンバーは全員宇宙夢に頼ってばかりだったんだよ──異能によって生み出されるメタに、有利に、特攻に慢心していた。だから足元を掬われたのさ」


 対羊野ねむり部隊というコンセプトそのものにいちゃもんを付けるようなセリフを口にする『ヌー・ドレッド』。

 しかし、彼女が言うところも確かであった。

 これまで立ちはだかった邪道十二星座の刺客たちは、その殆どが宇宙夢頼りで戦っており、いざその戦法が崩されればあっさりと敗北していた。


「ならどうすれば良かったか? 答えは簡単。宇宙夢なんてなくても羊野ねむりを殺せればいいんだよ」

「それが貴方ってこと?」


 『ヌー・ドレッド』は肯定の返事代わりにサーベルで空を二度切り、ねむりに向かって突き付けた。


「私はアイツらと違う。そこんところを肝に銘じるといいぜ、英雄サマよ」

「仲間のことを『アイツら』呼びするなんて、仲が悪かったのかな」

「ハッ」鼻で笑う。「そりゃそうだろ、夢遊者と非夢遊者が仲良しこよしなんて出来るわけがない。文字通り見ている次元が違うんだからな」


 その言葉にねむりは目を丸めて驚いた。

 非夢遊者? それはつまり、赤靴が何の異能も持たずにこの場に居るということであり……


「『無遊者』と言うらしい。代理石カバーストーンによる調整の揺らぎを受けず、夢遊者になることもない激レアの人間だとよ。言わば、人の形をした代理石カバーストーンみたいなものだ──遊びもなく、地に足ついた、詰まらねえ人間さ」


 まさかねむりでも知らない存在を獏夜が抱えていたなんて──いや、そんな希少な人材だからこそ、獏夜はそれの扱いに困り、こうして爪弾きものの部隊に送り込んだのだろうか?


「そんなわけで、己の異能を誇りに思っている『邪道十二星座』共は私をバリバリに見下してやがったぜ。激レアなんかじゃなく、できこそないとしてな──きっと、これまでの奴らとの交流で私が登場する伏線らしきものすら語られてなかっただろう? 誰だって嫌いな奴の話はしたくないもんなあああああ」


 まあ私もそんなアイツらが嫌いだったけどよ、と付け足す。


「とはいえ、アイツらの屍が積み重なったことで、こうしててめえに一太刀浴びせられたわけだし、そこは感謝しねえとな」

「たった一太刀、でしょ?」


 ねむりはとっくに肉体の脱ぎ捨てを終了していた。新たに再誕した肉体は毒と程遠い健康体である。


「私はまだ戦える。たしかにあなたが振るうサーベルは凶悪かもしれないけど、宇宙夢もなしにそれ一本で戦い続けられるかな?」

「一本? 一本だって?」


 くつくつと笑いながら、赤靴は聞き返した。


「随分おめでたい脳みそしてんだなあ。『オリオンスレイヤー』の毒が脳に残ってるんじゃねえか?」

「いったい何を──」

「私の獲物は一つだけじゃねえ」


 そう言って、赤靴はサーベルを床に突き刺した。

 フリーになった両手には、いつのまにか赤い手甲を纏っていた。


「『ポルックス』」


 右手を開き、横に振る。すると、瞬き一つの間に鉄球が収まっていた。


「『スピカ』」


 そして左手には手榴弾が握られていた。


「『ボテイン』」


 剣が「『アルデバラン』」鎧が「『アクベンス』」弓が「『ルクバト』」矢が「『レーヴァティ』」ハンマーが「『レグルス』」鎖が「『ブラキウム』」杖が「『ダビー』」どう使うのか想像もつかない禍々しい何かが「『アルバリ』」──まるで手品みたいに武器をポンポンと取り出す。

 否、それは実際に手品だった。宇宙夢のような異能に頼らない、純粋な技術によって齎された光景である。

 しかし、それで出現した数多の物品は──

 

「獏夜が所有する『夢中シリーズ』の中でもとびきり凶悪な十二個だ。そして、私はこれら全てを十全に使いこなすことが出来る。この意味が分かるか?」


 ねむりは返答代わりに唾を飲み込んだ。


「しかもわたしは出し惜しみしねえ。これら全てを同時に使用する──全力の攻撃ってやつだ! 果たしててめえは滅びずにいられるか!?」


 言うが早いか、赤靴は十二個の『夢中シリーズ』を携えてねむりに突撃した。

 腕の動きが凄まじい。十二個の得物を並列しているその動きは、まるで何本にも分裂しているように見える。

 そんな竜巻のような勢いで突っ込んできた赤靴に向かって──ねむりはパンチを繰り出しただけだった。

 勝負はそれだけで終わった。

 拳をもろに受けた赤靴は後方まで吹っ飛ばされた。


「ギニアアアアア、ば、馬鹿な!」

「馬鹿なのは貴方の方だよ──異なる武器を並列して使用するその手腕は見事だった、きっとでそれをやられてたら、私は勝てなかっただろうね」


 だけど。

 

「あなたはそれを一本だけでも強力な武器を、それも十二個も束ねた状態でやってしまった。その結果、我の強い武器同士がぶつかり合い、致命的な隙を見せてしまったの」

「そんな……あの状態の私は最強だったはずなのに……どんな夢遊者にも馬鹿にされない、最強の……」


 言い訳出来ない敗北を味わい、赤靴はがくりと項垂れた。



 後日談、というか今回のオチ。

 邪道十二星座を倒してから一週間が経った。

 しかし、ねむりの元に平穏な日常は訪れていなかった。


「ふんっ」


 力を込めて、足元に転がっている刺客の頭を踏み潰す。拷問して聞いたところによると、『真・邪道十二星座』のメンバーらしい。真なのか邪なのかはっきりしてほしいものだ。

 背後に人の気配を感じた。振り返って確かめるまでもない。ねむりは後頭部に仕込んだコンクリ片を綿の圧力で射出し、後ろの誰かを撃ち殺した。

 

「どうやらまだ敵は何人かいるようだね──上等だ。元々『たとえ獏夜全員で襲ってきても戦ってみせる』と決めていたんだし、何人来ようが返り討ちにしてみせるよ」


 戦いは終わり、戦いが続く。


〈了〉

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