番外編 羊野ねむりVS邪道十二星座 その⑥
K市商業ビルの中の一室。
外の星の光やネオン光の一切を阻まんとカーテンが閉じられているその部屋は、暗闇で満たされていた。
部屋の中央には台があり、その上に羊野ねむりが横たわっていた。寝息は安定しており、暫くの間は目覚めると思えない。
ねむりが眠る台を囲むようにして、四人の少女が立っていた。彼女たちこそが、打倒ねむりの任務を受けて結成された夢遊者集団『邪道十二星座』の残存メンバーである。
「健やかに眠ってるねっ! まるで眠り姫みたいっ!」
ねむりをここまで連れてきた『Qベレー』は、頭に乗せたベレー帽を揺らしながらケタケタと笑った。
「ひっ! しーですよ『Qベレー』!」
目を白黒させながら慌てた様子で諫めたのは、分厚い瓶底眼鏡を掛けた少女だった。
「そんな大声で笑ったら、折角捕まえた羊野ねむりが起きてしまうかもしれないじゃないですか」
「何言ってるのさ『グラス・コーピョン』──私の宇宙夢で眠らせてるんだし、起きるわけないじゃん」
「『Qベレー』の言うとおりだぜ……全く、グラスの心配性には呆れさせられるよなあ」
ため息を吐きながらそうぼやいたのは、カウボーイ風のファッションに身を包んだ金髪の少女、『カウ・ガール』だった。
「それに、たとえこの英雄サマが目を覚ましたとしても、お前の『視界内に収めた対象をどんな病気にでも罹患させられる宇宙夢』、『ザ・ウイルス』を使えば、インフルエンザや肺炎、末期がんにN・S病──お前の思うがままの病人に一瞬で変えられるだろう? だからそんなに心配するなって」
「『カウ・ガール』は楽観的すぎるんですよ!」
『グラス・コーピョン』はヒステリックに叫ぶと、腕を組み、右手親指の爪をがじがじと噛んだ。その動作から、彼女の神経質な性格が伺えた。
「で、これからどうするんだ?」
『カウ・ガール』は話題を切り替えた、というより本来の路線に戻した。
彼女が意見を求める様に視線を向けているのは、『Qベレー』でなければ『グラス・コーピョン』でもなく、四人目の人物──『アストラル・レイヤー』だった。何を隠そう、彼女こそが特殊暗殺部隊『邪道十二星座』のリーダーなのである。
ワイヤーと金属製の球体で飾られた黒地の衣装を着こなしている『アストラル・レイヤー』は、口元に余裕たっぷりの微笑を湛えながら、『カウ・ガール』の質問を受け止める。
「そうだね」彼女の口から出てきたのは、聞くものに安心感を与える独特の声音だった。「せっかく生け捕りに出来たんだ。ここは
「え、殺さないんですか」
意外そうに言ったのは、『グラス・コーピョン』だった。
「羊野ねむりを捕まえるまでに、何人もの仲間が死んだんですよ? ここはけじめとして殺しておくべきなんじゃないですか?」
「とか言って、本音ではさっさと殺して『いつ起きるのか分からない』という不安から解放されたいだけなんだろ?」
「ぎくー!」
『カウ・ガール』から図星を指された『グラス・コーピョン』は肩を震わせて動揺した。
ふたりの会話を見て、己の宇宙夢の効果をまだ疑われていることを知った『Qベレー』は悲しそうな顔をした。
「えー、まだ私の『アイラブドール』の効果を疑ってるの? 心配性だなあっ」
「そう失望しないであげてください、Qベレー。グラスはあなたと一緒に行動したことがないから、『アイラブドール』の力をイマイチ信じられないんですよ」
仲裁する『アストラル・レイヤー』。
それでも『Qベレー』はまだ不服そうだし、『グラス・コーピョン』も不安そうだ。
「ぶー! 本当に大丈夫なんだって。私が『目を開けて、どうぞ』って合言葉を口にするまで、たとえ地震が起きようと、ジェット機が真横を通ろうと、王子様にキスをされようと、ねむりちゃんは絶対に目覚めないんだから」
「そうなの? だったら……ちょっぴり安心かしら……」
「そうだなあ、そんなセキュリティがかかっているなら、うっかり目を覚ますこともなさそうだぜ」
「対象が途中で目を覚ますかもしれないという憂いを持たずに任務を続行できるのは素晴らしいですね」
目覚めの合言葉を聞いた羊野ねむりは、意識が覚醒した零コンマ五秒後には自分が置かれている状況を完璧に理解し、台の一番近くに立っていた『グラス・コーピョン』の首に鋭い蹴りを放った。
ごきり。
一瞬前までほっとしていた『グラス・コーピョン』の首の骨が折れる。
ねむりは蹴りの反動を利用して真横に飛ぶ。向かう先に居たのは『Qベレー』だった。右手でピースサインを作り、目を合わせたもの全てを傀儡に変える魔性の両目に深々と突き刺した。
「ぎぉっ、いあああああああああああああ!!!」
悲鳴を上げる『Qベレー』。
上半身を仰け反らせて指を引き抜かせようとするが、ねむりは指を眼孔内で曲げて引っかけているので、そう簡単には外れない。
指の腹が眼窩を撫ぜる音が響く。『Qベレー』にだけ聞こえる、地獄のような音楽だった。
「『ワオ・ショート・エニー・ユー!』」
『カウ・ガール』が叫んだ瞬間、彼女の手元にロープが出現した。西部劇でよく見かける、先端に輪があるタイプのロープだ。彼女はそれを片手で縦方向に回す。
「アタシの能力は『ロープで捕縛した夢遊者の宇宙夢の封印』! 大人しくお縄にかかりなあ!」
「その能力って、そもそもロープで捕まえられなければ意味がないですよね?」
噴出する綿の勢いで壁・床・天井を縦横無尽に跳ねるというスーパーボールみたいな動きをしているねむりは、『カウ・ガール』が投擲したロープを容易く躱す。それだけでは終わらず、伸びきったロープの真ん中部分を掴み、『アストラル・レイヤー』目掛けて放り投げた。
先端の輪が邪道十二星座の首領の首にかかったのを確認した瞬間、思いっきり引っ張った。気道どころか血管を圧迫され、首の骨が脱臼した『アストラル・レイヤー』は一瞬で意識を手放した。ていうか死んだ。
「この野郎っ! 人の武器を利用しやがって……!」
非難の声を上げる『カウ・ガール』だが、ねむりは聞く耳を持たない。
次の瞬間には懐に這入りこみ、胸部に重い一撃を食らわせる。心臓が停止した『カウ・ガール』は白目を剝いて倒れた。
◆
「ひ、ふ、みぃ……うん、これで十二人。『邪道十二星座』はこれで全員か」
床に倒れ伏している少女たちを数え終わったねむりは、そう呟いた。
「『邪道十二星座』……恐ろしい集団だった。「あともう少しで負けていた」と思う場面が幾つあったか数えきれないぐらいだ。『獏夜』の危険性を改めて思い知らされたよ」
ねむりの脳内に『邪道十二星座』との戦いの記憶が浮かび上がる。
一日で起きたとは思えないほどに濃い戦いだった。二ヶ月くらい戦っていた気がするくらいだ。
とはいえ、戦いは終わった──もう終わったのだ。
これ以上刺客が現れないことに安堵し、帰途につくべく部屋の扉へと向かう──その時だった。
ねむりの背後から、毒牙が突き刺さったのは。
胸元に目を向ける。紫色のサーベルが突き出ていた。
「あり? もしかしてもう全員倒したと思っちゃった系スカ? 残念! ここから先は裏ボスの時間です!」
耳元で下手人の声がした。
「『邪道十二星座』だからって、構成員が十二人ピッタシとは限らないでしょ。世の中には五人いる四天王や、幻のシックスメンの例があるんだぜ? だったら、十三番目の星座が──蛇使い座がいても、おかしくないだろう?」
戦いはまだ続く。
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