番外編 羊野ねむりVS邪道十二星座 その⑤
裏路地を渡り、市街地の手前まで戻ってきたねむりは足を止めた。
大通りの様子がおかしい──違和感を感じとる。
物陰から大通りを覗く。夕方を迎えた通りは学校帰りの学生や会社帰りの社会人、買い物帰りの主婦でごった返している。至って普通の街並みだ。ねむりの戦士としての勘に引っかかりそうな部分は見当たらない。
とはいえ、今のねむりは邪道十二星座に命を狙われているのだ。ならば、用心しすぎて困ることはない。
だから彼女は、次の瞬間に襲われても対処できるように、コスモチュームの変身を解かないまま裏路地から大通りへ一歩踏み出した。
その瞬間。
大通りにいた少年が、少女が、青年が、男性が、女性が、老爺が、老婆が、学生が、サラリーマンが、店員が、清掃員が、主婦が──その場にいた全員が同時に、ねむりの方に顔を向けた。
「ヒツジノネムリだな」
遊び人風の茶髪の男が抑揚のない声で呟く。
「ヒツジノネムリだ」
犬の散歩中だった白髪頭の老人が淡々と述べる。
「ヒツジノネムリだわ」
つい先ほどまで隣を歩く友人と談笑していた女性が感情のない声で告げる。
「ヒツジノネムリだぞ」「ヒツジノネムリだね」「ヒツジノネムリか」「ヒツジノネムリだよ」「ヒツジノネムリかよ」「ヒツジノネムリですね」「ヒツジノネムリだって」「ヒツジノネムリですな」
視線の先にいる
彼らのざわめきは段々と大きくなり──
「だったら」
そして。
「捕まえなきゃ」
首を向けた時と同じく寸分の狂いもないタイミングで、大通りの人々はそう宣言し、ねむり目掛けて襲い掛かった。
眼鏡とスーツが似合う勤め人風の男性が横薙ぎに振るった通勤鞄を、ねむりはしゃがんで避ける。
主婦の集団がわらわらと伸ばした指先に捕らえられないよう、俊敏な動きで回避した。
部活帰りの野球少年が金属バットを振り上げたのを目視した次の瞬間には、サイドステップを完了させる。
小学校低学年に見える少女が両手を広げて突進してきたので、足裏から噴出した綿の勢いを利用して跳び上がった。
群衆の頭上を飛び越え、歩行者専用道路を示す標識の上に立つ。
視線を下ろすと、何とかして高所にいるねむりを捕らえようと手を伸ばす人々でごった返していた。まるでゾンビ映画のワンシーンみたいで、中々にぞっとする光景だ。
中には標識を登ろうとしている人も何人かいたが、細い鉄柱を何人かで一気に登ろうとして上手くいくはずもなく、失敗を繰り返している。
(どうやら彼らの共通目的は私を捕まえることらしいけど、その過程に『協力』という言葉はないようだね──というより、そこまで考えられないくらいに思考が単純化させられている?)
眼下でのざわめきを聞きながら、ねむりは考察する。
(今回の敵の能力は『人間の操作』と見て間違いない──人の心をラジコンみたいに操る宇宙夢、か。悪趣味がすぎる)
宇宙夢の大原則に則るなら、敵が使う宇宙夢の効果も『視界内』に限定されている──つまり、『視界に収めた対象に単純な命令を与える』みたいなものであるはずだが、その線は薄いと言えるだろう。
何故なら、もしそうならわざわざ群衆に催眠をかけてハンターにするよりも、ねむりひとりをに催眠をかけて傀儡に変えた方が遥かに手っ取り早いからだ。
ならば他に考えられるのは、催眠の手段が『目と目を合わせる』場合か?
その場合、敵は大通りの人々に催眠をかけた後、自分だけは遠くの安全な場所にトンズラしている可能性が高い。
もしそうなら、本体を見つけるまでの過程がかなり難儀になるのだが──と、その時点で、ねむりの考察は強制的に中断された。
歩行者専用道路である筈の大通りに虚ろな目をした運転手が操縦するダンプカーが突っ込み、一切減速せずに人々を跳ね飛ばしながら、ねむりが立つ標識に衝突したからだ。
「う、そっ……!?」
数多の人間の肉片と共に吹っ飛びながら、ねむりは驚愕した。
「……訂正しよう。私はさっき敵を指して『悪趣味』と評価したけど、『最悪』の間違いだった。まさかここまで躊躇なく一般人を巻き込めるなんて!」
血の雨を浴びながら着地する。
後方からエンジン音がした。振り返る。
迫りくる車体の正体がダンプカーではなく石油会社のタンクローリーだと知ったねむりは絶句した。
あんなものが事故を起こせば、招かれる被害は先程の比ではないだろう。
「『ウールウール』!」
広げた両手を眼前に掲げ、己が宇宙夢の名前を叫ぶ。その瞬間、ねむりの掌が膨張し、ゼロコンマ二秒後には卓球台ふたつ分はあるサイズの白綿のクッションに変化した。
どすっ。
鈍い音と共に大質量を受け止める。ねむりの足元のコンクリートに罅割れが生じた。彼女の体が綿で出来ていなければ、今頃八つ裂きになっていてもおかしくない衝撃だ。
クッションにぶつかったことでタンクローリーはエンストを起こした。
「危なかった……」
背後の人命を守れたことに安堵しつつ、ねむりは両腕をクッションから切り離した。
背後の人命は守られている。
つまりそれは、彼女を狙う人形が健在であることと同義であり──集団の中から、ベレー帽を被った美術部風の少女が飛び出し、抱きついてきた。
男性ならともかく、少女だ。それも、見たところねむりより年下に見える。ならばあまり力は強くないだろうし、抱きつかれても容易く振り解けるだろう。ねむりはそんな風に楽観していた──己に抱きついた少女の顔が、勝利を確信した喜びという、はっきりした感情で彩られているのを見るまでは。
「いえいぅっ!
ベレー帽の少女は──邪道十二星座がうちのひとり、『Qベレー』は嗤う。
「だからこうして一般人のフリをして近づいて、私の『視線を合わせた相手を単純な命令に従う人形に変える宇宙夢』、『アイラブドール』の術中に陥れれば楽勝なんだよねっ──目が合えば一瞬だ」
高らかに告げる『Qベレー』だが、彼女の勝利宣言がねむりの耳に届くことは無かった。
何故なら、目を合わせた瞬間に、ねむりの意識は闇に落ちたからだ。
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