番外編 羊野ねむりVS邪道十二星座 その③

「終わったな……♀」


 廃ビルの屋上にて。

 『邪道十二星座』のひとり、『パイシース・クール』こと豆井戸まめいど 雨追うおいは、下界で噴き上がる爆煙を眺めながら呟いた。

 彼女が着ているのは海兵風のセーラー服である。小柄な肉体にはやや大きすぎるが故に余った袖が、ビル風ではためいている。


「わたくしの宇宙夢『フィッシャーズ』の能力は『物体に潜航する魚雷の具現化』!! ……ふふ、着弾する直前まで地中に潜っているそれを避けるなど、流石の羊野ねむりでも不可能でありましょう」


 得意げに語る雨追。

 しかし、爆煙が晴れた後、彼女は驚愕に目を丸めることになる。何故ならそこには羊野ねむりが五体満足の姿で立っていたからだ。


「な……!」


 何故立っているのだ。あの爆発の威力なら、回復にも暫く時間がかかるはず。

 困惑しながらも、彼女の戦士としての本能は第二の魚雷を作成し、撃ち放っていた。


「噂に違わぬ再生力でありますな! だが関係ないであります! ──羊野ねむり。あなたがどれだけ不死身であろうとも、 わたくしの宇宙夢にはそれを可能とする物量があるであります!」

 

 そう叫んでいる間に発射した魚雷がねむりのそばまで届いた。 

 標的の直前で地面から飛び出したそれは、次の瞬間には起爆する──しかし。

 その直前──ねむりは体から綿を噴出させ、己の身に迫る魚雷を柔らかく受け止めた。赤子を抱く母親のように優しく、繊細な動作だった。

 そして身を捻るようにして魚雷を後方に投げ飛ばした。軌道を強制的に変更された魚雷は、何もない空間で爆発した。

 その光景を見た瞬間、雨追は全てを理解する。先ほどの一撃目も、今と同じ手段で無効化されたのだと。

 その後いくつも魚雷を撃ち込んだが、それら全てが失敗に終わった。一度に複数の魚雷を出しても、全身が綿のねむりはそれらを同時に容易く処理してみせた。

 何度目かの攻撃が終わった後、ねむりは廃ビルの方に顔を向ける──目と目が合った。

 合ってしまった。


「 そ こ か 」


 ねむりの口がそう動いたように見えた。


「ひっ……!」


 雨追は慌てて目を逸らすが、もう遅い。

 攻撃の発生源を視認したねむりは、廃ビルに向かって全速力で駆け出した。迷いのない足取りだ。

 雨追の宇宙夢である『フィッシャーズ』は近距離戦に強いとはいえない。そもそも攻撃時に大きな爆発を生み出すそれを近距離で使用すれば、本体である雨追もただでは済まないだろう。そうなった場合、生き残るのは再生能力を持つ羊野ねむりだけだ。

 なので、雨追にとってねむりの接近は絶対に避けるべき事態だった。

 しかし、屋上にいる以上、逃げ場はない。階段を降りようものなら、その途中でマッチングするのは確実だろう。

 そうこうしてる間に、ねむりは廃ビルまで辿り着く。

 慌てて逃げようとした雨追だが、接近戦ではねむりの方が遥かに上手である。

 瞬く間に組み伏せられてしまった。


「ひ、許してでありま──」

「ごめん、無理。あなたみたいに危険な人は絶対に殺すと決めてるから」


 心の底から申し訳なさそうな顔で謝りながら、ねむりは拳を振りかぶっ頭上から高温の光の帯が降り注ぎ、ふたりが居る廃ビルを飲み込んで、その全てを吹き飛ばした。



「『パイシース・クール』の狙撃は粗末なものだったよ。その点、私の『視線はまるでレーザービーム』による触れるだけで焼け焦げるビームなら、軌道を変える余地すら与えないからな」


 K市全域を見渡せるほどの遥か上空にて、ホバリングしているヘリコプターがある。

 そこから顔を突き出している凍蔵いてくら 口乙くちおつは冷ややかながらも熱のある視線で地上を見下ろしていた。

 彼女の眼下には轟音を立てて崩れ、火の手を上げている廃ビルがある。とっくに棄てられたとはいえ、鉄筋でできた建築物がこの様なのだ、いくら再生能力を持つねむりでも黒焦げだろう。雨追なら細胞ひとつ残さず焼滅しているに違いない。

 あっ、そうだ。

 『おいおい、ビーム系宇宙夢なんてウールウール原作にいる水不見白雪ちゃんの宇宙夢「ビーチビート」のパクりなんじゃないの?』と疑ってる方もおられるかもしれないが、安心してほしい。

 白雪ちゃんのビームは銃に見立てた指先からだが、口乙のビームは目から発射される。

 だから被ってない。被ってないってば。いいですね? はい、被ってない。

 

「そもそもビルの屋上なんていう中途半端な高さで満足した時点で、『パイシース・クール』の敗北は決まっていたようなものなのだよ。彼女に足りなかったもの、それは情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ。そしてなによりも──高さが足りなかった」


 全てを見下すかのような尊大な口調で、口乙は語る。


「相手から絶対に手の届かないところにいるものだけが最強の狙撃手スナイパーになれるのだ──その点で言えば我はどうだ。上空ゥン百メートルを滞空しているヘリコプターには近づくこともできまいよ。ははは」


 と、その時。

 彼女の視界の先で、瓦礫の山が崩れた。その中から現れたのは羊野ねむりだった。

 全身が黒く焼け焦げており、片腕は何処かに忘れられている。顔面の半分は瓦礫に潰されて原型を失っていた──なんともまあ酷い格好だ。ウールはウールでもスチールウールのような煤け具合である。


「…………『ウールウール』」


 己が異能力を発動し、ねむりは体を脱ぎ捨てた。新たなからだには火傷どころか擦り傷一つ付いていなかった。

 

「……まあ、そうするだろうな」


 ねむりの完全回復を実際に目にし、少し驚いていた口乙だが、次の瞬間には目を細めて余裕を取り戻していた。


「だが羊野ねむりよ──飛行能力を持たない貴様はどうやって我と戦う? 答えは『不可能』以外ないはずだ。貴様はそのまま地上で蟻のように這いつくばりながら、我の光線を一方的に浴び続けるしかないのだよ」


 そう言うと、口乙は右目に添えた右手で横ピースを作り、


「『視線はまるでレーザービーム』!!」


 と叫んだ。

 それが合図であったかのように、彼女の目は金色に輝いた。光量はみるみるうちに増幅し、やがて収まらなくなった燐光が眼球から溢れ、一筋の線と化して地上に落下する。

 すれ違う空気の熱量を上昇させながら進行した熱戦が地面に直撃した途端、爆発が起きた。小さなキノコ雲まで出来ている。

 

「む……次は避けたか」


 ねむりは直撃ギリギリのタイミングで退避していた。それを確認した口乙は顔を顰める。

 『視線はまるでレーザービーム』は強力だが、その分発動から発射までにかかるラグが長い。その上、発射までの溜めの時間中にちょっとした一等星に匹敵する光が目から発せられるのだから、目立ちまくりである。相手からすれば、攻撃のタイミングが丸わかりなのだ。だから、攻撃の発生源さえわかれば、避けること自体はそう難しくない。


「だからといって貴様が有利になったというわけではあるまいよ!」


 再び横ピースのポーズを取り、三回目の準備をする。

 その時、口乙は気づいた。 

 地上のねむりが、爆発で生じた小さなコンクリート片をいくつか拾っている。

 そして彼女は、集めたコンクリート片のひとつを、上方に向かって投げ飛ばした。

 投石のような遠距離攻撃かと思ったが、飛距離が全然足りず、ヘリコプターと地上の間の半分にも届かずに推進力を失っている。

 いったい何をしたいのか──口乙は首を傾げた。

 次の瞬間。

 ねむりは足裏から綿を噴出させる勢いを利用して、空高くジャンプし、先ほど投げたコンクリート片の上に立った。

 それだけではない──彼女は次から次にコンクリート片を投げ、それに飛び移ったらまた投げて……と一連の作業を繰り返すことで、徐々にヘリコプターへと近づいているのだ! 


「何ィィィィイイ!!?? ば、馬鹿な……!!」


 宇宙夢『ウールウール』を発動して肉体が綿に変化しているねむりの体重はとても軽い。

 そんな超身軽になっているなら、空中にあるコンクリート片を足場にしての空中移動など、可能に決まっているのである。

 燕の如く空を駆け抜けたねむりは、すぐさま付近の空中に到着し、ヘリコプターの内部に向かって突進する。

 窓から出されたままの口乙の頭を掴み、推進力を利用して180°に捩じる。首の骨が稼働領域外まで動かされた狙撃手は絶命した。彼女の右目に溜められていた光熱は誰もいない天空を貫くだけに終わった。

 

「よし」


 対象の絶命を確認し、ビームの不発もしっかり見届けたねむりは額の汗を拭く。

 彼女の宇宙夢はあらゆる傷やデバフを消去する完全復活を使用者に約束するが、その際に消費される宇宙夢エネルギーまでは補填されない。短時間で何度も復活すれば、それだけエネルギーがどんどん減っていくのだ。

 流石に疲労の色が見えてきたが、ここで立ち止まるわけにはいかない──己を狙う『邪道十二星座』はまだいるのだから。


「だから、ほら──早く出ておいで。そこにいるんでしょ」


 ヘリコプターの前方を睥睨し、ねむりは言う。

 視線の先にある操縦席には、このヘリコプターの第三の乗員である少女が座っていた。

 次なる戦場は……引き続き空!

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