第3話 儀式の前に

 朝がきた。

 人間として朝日を浴びることが、こんなにもうれしいことだったなんて。

 儀式の前に何か手を打てることがないか考えてみるが、相談できる人もいないし時間もない。ついこの前までカエルだったしな。

 お助けアイテムになりそうなものがないか、部屋中を探してみたけどなにも手に入れることはできなかった。

 はぁ、でも少しの間だったけど、幸せだった。

 カエルのまま生き永らえるより、ソフィアのために儀式の生贄になろう。

 城中はなにか、あわただしい雰囲気だ。儀式の準備をしているのだろう。


 昼過ぎにロアンがやってきて僕の準備が始まっていく。


「アルバート様、湯あみの支度ができました。」


 そりゃあ洗っとかないとまずいだろう。沼のカエルのまま来ちゃったし。


「アルバート様、こちらの衣装をお召しください。」


 真っ白い衣装を着せられる。

 悪魔じゃなくて、神への生贄なのか。

 その他にも髪を整え、あれこれ世話を焼かれる。

 この人はカエルじゃありません、確かに王子です、といえるような仕上がりになった。


「儀式の前の舞踏会で姫様と一曲踊っていただきたいのです。失礼ですが踊れますか?」


「難しいステップは…。簡単なワルツ位でしたら。」


「いいでしょう。姫様にリードしていただきますのでご心配なく。その後で儀式の間にご案内いたします。」



 夜、舞踏会の会場はとても贅を尽くしていた。

 シャンデリアのローソクが部屋の装飾の金に輝きを加える。ああ、懐かしい。

 カエルになる前はこういう所で生活していたっけ。

 フロアの人々の衣装は一番格が高そうなものだが、みんなの表情は硬い。

 儀式前だからな。


 ソフィアがロアンを従えて現れる。

 彼女は、青に銀が混じった鈍く光るドレスを身にまとっている。

 プラチナブロンドの髪は編み込んで高く結い上げ、アクセサリーは月光が凍ったような真珠。

 アクアマリンの瞳によく似合う。ああ、美しい。


 僕が手を差し出すとソフィアは迷わず手を伸ばしてきた。

 ワルツが流れている。

 彼女の腰に右手をまわして、体を引き寄せホールドする。

 一つ息を吐いて、左足のかかとから一歩を大きめに前へ踏み出す。

 流れるようなステップ。

 体は密着していても、顔はお互い反対方向を見ているので、話はできない。

 生贄になる僕に、最後にいい夢を見させてくれているのだろうか。


 夢のような時間はあっという間に終わった。


「ソフィア、最後に少しだけお話しできませんか?」


 僕はバルコニーにソフィアを誘った。月光の下で見るソフィアは月の精のようで、じっと見るのをためらうほどだ。


「どうしてカエルだった僕に名前を教えて下さったのですか?」


「うーん、なんというか直感かな。」


「もしかしたら私が偽物で、あちらが本物だとは思わなかったのですか?」

『貴女は絶対に騙される。』


「偽物なら偽物でそれでいい。私には関係ないこと。ただアルバート、あなただという気がしただけ。」

『私は絶対に騙されたりはしない。』

 

「迷いませんでしたか?」

『貴女はきっと迷う。』


「迷わなかったな。私はアルバートが必ず救ってくれると信じている。」

『私は絶対に迷わない。』



「姫様、お時間です。」


 ソフィアは僕に少しだけ微笑むと、ロアンと立ち去った。

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