第1話 姫様登場

「どうやらここで当たりのようだな、ロアン。」


「今回は今までよりも大分迷いましたね、姫様。」


「これくらい迷ったうちには入らない。」


「足元がぬかるんでおります。お気を付けください。」



 昼間なのに近寄る者の心がすっと冷たく冷えていくような、薄暗い森の中。

 霧が少しかかってうっすらと沼の様子が浮かび上がる。

 その沼のほとりに男物の青い旅装束を着た、十七、八歳ばかりのひとが姿を現した。姫様と呼ばれていたのはこのひとだ。

 プラチナブロンドのまっすぐな髪を後ろで一つにくくり、薄い水色のアクアマリンの瞳。

 ロアンと呼ばれた三十歳くらいの銀髪で銀の目の従者の男は、魔法使いが着るローブを身にまとっている。


「それにしても何百、いやもっといるな。」


 沼には黄色、緑色、水色、土色のカエルたちがうじゃうじゃいる。


「魔力を強く感じるカエル、それから姫様の直感インスピレーションでお選びください。違うものは私が袋に入れて分けておきます。これと思われるものはこちらの木の桶にお入れください。」


「わかった。時間がない。さっそく始めよう。」



 姫様は次々と沼のカエルを手づかみし、一瞬の判断でロアンに渡していく。

 ロアンは次々とカエルを袋に入れていく。

 一日目で沼のカエルは四分の三くらいに減った。


「今日は全然駄目だったな。」


「そのようですね。では宿に戻りましょう。袋のカエルは魔材屋に売り払っておきます。」


 姫様に見つけてもらいたい。でも、もしかして僕は売り払われてしまう運命なのか…。


 二日目も同じ作業が淡々と繰り返される。

 姫様は一匹の黄色いカエルをつかむと、ロアンには渡さず木の桶に入れた。

 僕はまだ選ばれていない。


 三日目、姫様は『ん?』という顔をして一匹の青いカエルを桶に入れる。


 四日目、残るカエルはあと少し。

 土色の目立たないカエルの僕もついに姫様につかまる。

 袋行きか――。「ロアン、これ。」「かしこまりました。」

 ロアンは僕を袋ではなく、桶に入れた。



「どうやらこの三匹の中にいる。」


「人間に戻してみますか?」


「う――ん。こいつは違う、始末して。」


 姫様は二日目に見つけた黄色いカエルを指さす。カエルは逃げようとするが、ロアンが杖を向け呪文を唱えると眩しい光と共に消滅した。


「残った二匹に口づけしてみる。」


 姫様は全く迷いの感じられない様子で淡々と水色のカエルに口づけする。

 カエルは少し光り、金髪碧眼の見目麗しい王子様になった。

 偽物ダミーだ。

 その後僕を手に取った姫様は、小さく何かをつぶやいた後で僕にそっと口づけしてくれた。

 何年かぶりに人間に戻った僕は、少しほっとした。

 体の感じは、カエルにされる前と同じ、十七歳のままのようだ。

 そのままなら黒い髪と黒い瞳のはず。


「姫、ジークフリートと申します。わが呪いを解いて下さってありがとうございます。私が姫の運命の相手でございます。どうか姫の手に口づけすることをお許しください。」

 優雅なしぐさで礼をするのは、水色のカエルだった偽物。


 僕はお礼だけ言う。 

「アルバートと申します。呪いを解いて下さって感謝いたします。」


 姫様は静かに二人を見比べた後、口を開いた。


「二つ三つ、質問してよいか。」


「「はい、何なりと。」」


「そなたらは私に何をくれるか。」


「私は姫が望むものならすべて差し上げます。」

 水色のカエルだった偽物のジークフリートは、よどみなく答える。


「姫様は欲しいものは自分で手に入れる方のようです。私は、私しか差し上げるものはありません。」

 僕は答える。


「そなたらは私をどうやって幸せにしてくれる?」


「どんな災難からもお守りし、どんな願いも叶えます。」

 偽物のジークフリートは言う。


「それは、姫様と一緒に考えていかなくいてはわからないことです。でも安らぎを感じられるように努力いたします。」

 僕は答える。


「そなたらは私に何を約束してくれる?」


「この上なく幸福な人生と、姫が約束して欲しいことは何でもお約束いたします。」

 金髪碧眼のジークフリート王子は言う。


「今のところ何も約束できません。逆らえない運命もありますから。姫様は私に何を約束して欲しいのですか?」

 僕は答える。


「よし、わかった。」


 姫様はまっすぐ僕とジークフリート王子を見る。


「私の運命の相手であれば私の名を知っておろうな。申せ。」


「エ、エリザベス様でしょうか。」

 偽物は真っ青になって答える。


 僕は姫君の名を知っている。口づけする前聞いた、あの名前。

「ソフィア…。」


 その瞬間ロアンの杖から出た強い光が偽物ダミーを包み、その姿を光の彼方へ消し去った。

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